12月29日 1675年の本日イギリスにコーヒー禁止令が出されました

そもそもコーヒーと言う飲み物の発祥の地はアフリカのコロンビアなのだそうです。そこから徐々に中東に広がり 1600年代にヨーロッパにも伝わり 1640年ごろにイギリスにも伝わったのだそうです。当時のイギリスのコーヒーハウスと言うのは 知識階級などが集まって 情報交換をする場であったりして 結構重要な役割を果たしていたのだそうです。但し当時のコーヒーハウスは女人禁制だったのだそうです。その為に女性を中心にコーヒーに対する反対運動を高まり とうとう国からコーヒー禁止令が 出されるにいたってしまいました。
現在のイメージとしてはイギリスと言えば紅茶のイメージがありますが コーヒー文化の方が 時代的には 先に花開きかけたのですが 何故がコーヒーハウスは女人禁制と言うしきたりがあったために 禁止令が出てから 仕方なくかもしれませんが 紅茶文化が定着してのだそうです。現在のイギリスは 紅茶が無ければ 一日が始まらないような生活様式になっているのだそうです。私の大学の研究室の教授が イギリス留学が長かったみたいで かなりイギリスの生活文化が染みついているみたいでした。朝まず大学の研究室に顔を出すと 必ずお茶を飲みながらのゆったりとしてお喋りにつき合わされます。もしその場でコーヒーでも飲もうものなら そんな野蛮な飲み物は 止めてくださいと とぴしゃりと注意されてしまいました。
誰にとっても朝のひと時は貴重なのに 授業の始まる前の十五分間ぐらい 教授との紅茶を飲みながらのお喋りにつき合わされるのは かなり苦痛でしたが その教授の研究室で卒業研究をしたかったので致し方なく お付き合いしておりました。まあおかげで授業に遅刻することは全然ありませんでしたから 本当は有難かったのかもしれません。只先生が紅茶好きでコーヒー嫌いなのはご自由なのですが 嗜好品の好みを 学生に押し付けるのは もし現在ならパワハラと言われていたのかもしれません。私は昼食後に のんびりとした気分になりたいときにはコーヒーを飲みたくなっていましたが その研究室にいる間は コーヒーブレイクできませんでした。まあその分結構上等の香り高い紅茶を御馳走になっていましたから 文句は言えませんでした。
私も一時期は サイホンを購入して ミルで自分でコーヒー豆を挽いて 何とかコーヒー通になろうと頑張ってみた時期がありましたが どんなに頑張っても 豆の種類の違いを区別することが出来なくて コーヒー通になることを諦めました。その次に では紅茶の茶葉の産地の違いを感じ取れないかと チャレンジしてみましたが 勿論香りの違いは何となく分りますが どの香りがどの産地の茶葉かを判別することはやはり出来ませんでした。悲しい事ですが私は 味音痴に生まれついてしまったのでしょう。なのに現在の楽しみが 食べる事と乃木坂しかないというのは 凄く残念な人生かもしれません。
さすがに現在までイギリスでコーヒー禁止令が 生きているとは思えませんが 後発のはずの紅茶文化が根強いために 今でもコーヒーの人気は寂しい限りなのかもしれません。それにしてもコーヒーハウスが女人禁制になる位に 女性の地位が高くなかった時代に 女性たちから沸き起こったはずのコーヒー禁止令が 成立したのは ちょっと不思議な気がします。十七世紀に 男女平等とは言えないまでも 女性が巻き起こした運動が禁止令を成立させてしまったのですから ヨーロッパのレディーファーストの歴史には感服いたします。日本の様に アメリカファーストの猿真似をして 都民ファースト等と言う愚かな真似事が 一時的にでもまかり通ってしまったのですから 日本人の国民性の底の浅さ加減には 凄く悲しい気持ちになってしまいます。
イギリスの紅茶一辺倒文化が 実は女性たちが成立させたコーヒー禁止令から来ていたことは全然知りませんでしたので 本日ちょっと調べてみて いい勉強になりました。

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