2月23日 困った飼い主が来院しました

午前中に食欲と元気のない柴犬が来院しました。柴犬と言う犬種は 獣医師が一番警戒して診察に当たる種類です。生まれて数か月の子犬の場合は他の犬種と似たり寄ったりぐらいに 好奇心があり可愛らしいのですが 生後一年を過ぎていると 耳触りの良い表現を使えば 非常に警戒心の強い 普通に表現すると 非常に怖がり過ぎて 普通に診察しようとしただけで 暴れたり噛もうとしたりして大騒ぎになる子が多い種類のように思います。
そんな警戒心の強すぎる子が 食欲元気ないのですから 普段以上に神経質になっていることは こちらとしては容易に想像がつきますので 最初から慎重に扱おうと考えていました。何しろ初診で 初めてその犬と相対するので 犬の性格はどの様であるのか尋ねました。「怖がりですか 非常に警戒心が強くありませんか」と質問すると 飼い主は「大人しくて 凄く賢い子です」と答えました。その言葉をうのみにするほどこちらも馬鹿ではありません。「知らない人が触ろうとしたりしたら 嫌がって暴れたりしませんか」と聞くと「すごくいい子なので 少なくとも私には絶対咬みません」と返答が帰ってきました。つまり飼い主以外の人間は噛むことを飼い主が教えてくれました。
飼い主と話ばかりしていても 診察が始まりませんから 取り敢えずは診察台の上にあげてもらおうとしました。「とりあえず抱っこして診察台の上にあげてもらえませんか」とお願いすると「この子は抱っこされるのが凄く嫌いなので 抱っこできません」と予想通りの答えが返ってきました。「飼い主さんは絶対に咬みつかないのなら、あわてなくてもいいので 慎重に診察台にあげてください」とお願いすると「この子が嫌がることをすると咬みますからできません」といきなり最初の言葉が嘘であることが分りました。大人しくて賢い子なら抱っこぐらいさせてくれるはずですし 飼い主さんを絶対に咬まないのなら そんなに怖がる必要はないはずです。
「これまで連れて行っていた動物病院では 診察台にあげるのは どのようにしていましたか」と質問すると「病院の先生が上手に台の上にあげてくれていた」と答えましたので 「どんな状態で診察台の上にあげたのですか」と訊ねると 「最初に口輪をはめてからあげてもらっていました」と答えました。どっち道そんな事だろうとは予想していましたが 分っているのなら 何故最初に「触ろうとしたら咬みますから口輪をはめてください」と言えないのでしょうか。
私が肘まである皮手袋をはめて 首筋を捕まえて 顔を固定してから 奥様に口輪をはめてもらいました。その時に飼い主は 嫌そうな顔をして 全く手伝おうともしません。「あんまりきつく口輪をはめたら 苦しそうだから もっと緩めてください」と飼い主が言い出すので 「口輪は鼻と口を覆っていませんから 苦しくありません。緩めると前足をかけて口輪を外してしまいます。もし一旦外してしまったら 口輪をもう一度装着するのは非常に難しくなってしまいますが 飼い主さんにできますか」と訊ねたら 「そのままでいい」と返事をしました。
取り敢えずは 体重を測り 目や耳 口や歯、耳の状態をチャックしました。年齢は八歳なので かなり歯石がついているし 目の白内障も少し始まっていました。次に聴診すると 食べ物はドッグフードを与えても全然食べないので いつも自分たちのものを与えているそうなので 予想通り心雑音がかなり大きく聞き取れました。その時点でも喉が詰まったような咳をしていましたから この咳は心臓が悪い事から始まっていることを説明しましたが 二三日前から風邪をひいていて咳をしているだけだと主張して譲りません。次に血圧を測定してみると 収縮期血圧は三回 測っての平均値が188 拡張期が136でしたから 正常値が人間と同じであることからして 凄い高血圧であることを知らせましたが 「この子はデリケートなので 緊張しているし口輪をきつくはめられているから 血圧が高くなっているだけだ」と自論を展開して譲りません。
若い頃の私なら 私の診断を全く信用しないのなら うちでは診察も治療もできないから帰ってくれ と大声でどなり散らしていましたが そのような態度をとっても 気分はスッとするかもしれませんが 一銭のお金にもならないし 病院の評判を落とすだけですから 今年還暦を迎える私はグッとこらえました。体温も40度近くに上がっていましたので 取り敢えずは採血をして血液検査をすることにして 飼い主の了解をもらいました。後ろ足から採血するので 飼い主に顔を押さえてもらおうとしたら 可愛そうでそんな事は出来ないと言いながら 診察室の外に出てしまいました。只でさえ 体調が悪くて不安でしょうが無いはずの自分の飼い犬が これから採血されるのに その犬を診察室にほったらかしにして 自分だけ待合室に逃げ出すなんて これまでの似たような飼い主との経験から一応想定内の反応でしたので かなりむかつきましたが 平然と対応しました。
どっち道まるっきり信頼などしていない飼い主がいなくなって 犬の方はかえって諦めがついたようで 大人しく保定されてくれましたから 簡単に採血して 血液検査しました。検査結果を飼い主に説明して 治療方針を話してから 点滴をして薬を側管から投入して 飲み薬の説明をしてから手渡して お帰りいただきましたが 私の態度は相当につっけんどんであったことは言うまでもありません。何か飼い主に尋ねても 不愉快な返事が返ってくることは目に見えていましたから 取り敢えずこちらから必要と思われることを 全てサラサラと話して 診療を終わりました。
こちらのそんな冷ややかな態度に 飼い主は文句を言いたげでしたが 私が相当に不愉快そうな顔をしていたので その雰囲気を察してか黙って帰っていきました。
私としては 出来る限り誠意のある態度で 診療したつもりですし 食欲元気のなかった犬は明日には 少しでも食欲が回復して 元気も戻ってくれるように と精一杯の事をしたと思っています。しかし 飼い主にこの犬が根本的には 心臓弁膜症がかなり進行しているので 直ぐに食べ物を中心に生活習慣を改めないと 長生きできないことを 一生懸命に伝えようとしましたが 全く聞く耳を持ってもらえなかったことと それを根に持って凄く冷ややかな態度で対応してしまったことを反省しなければならないと思います。
私は きれいごとのように聞こえるかもしれませんが 病気やケガで苦しんでいる動物のお役にたちたくて 仕事をしているのです。たとえその飼い主が 自分の説明や発言を信用しなかったとしても それは自分に説得力がなかったことに原因があることを自覚しなければなりません。飼い主がもっと聞く耳を持ってくれるような 話の組み立て方などに問題が無かったのかと 考え直しましたが 今の所思い当たるような事は見つかっていません。只確かなことは 私の冷ややかな態度に対して 腹立たしく感じた飼い主が当然うちの病院を貶めるような発言を繰り返すであろうと言う事です。インターネットが普及してしまった現在は ツウィッターやフェイスブック、インスタグラムなどで 個人が感じたことがあっと言う間に拡散してしまいます。
別に私は好い評判をとりたくて仕事をしているわけではありません。現在の生活と老後の蓄えに足る分を稼ぐために仕事をしているのです。それなりに真面目に 一生懸命に取り組んでいるつもりですが こんな不愉快な思いをして 悪い評判をたてられるのは 正直凄く不愉快だし辛いです。なんなら本日を限りに仕事を放り出しても それなりに優雅でのんびりした老後は過ごせますけれども あと数年は頑張った方が よりリッチに過ごせるはずですので もうちょっとだけ頑張ろうと思います。
仕事なんて どんなに誠実に 正直に 一生懸命に頑張っていても 納得のいかない事 全く筋の通らない話 他人には理解してもらえない悩み事などを 少なからず抱えるものだと思います。まあ仕事のおかげで 生計をたてられるわけだし 将来の夢に近づけたりもしますから 「ならぬ堪忍するが堪忍」の気持ちで もう少しだけ頑張ろうと思います。

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