3月27日 1969年の本日 テレビドラマ「男はつらいよ」の最終回が放送されました

私が小学校の五年生でしたから その頃まではかなり早い時間に寝ることを義務付けられておりましたので このドラマを全然見たことがありませんでした。友達の話でも このドラマの話題が出てきたことが全然ありませんでしたから そもそも関西エリアで放送されていたのかどうかさえ疑問に思われます。しかし よく耳にするエピソードとしては このドラマの主人公が「車寅二郎」といって 渥美清さんと言うかなり個性的な男優さんが演じておられたキャラクターなのですが 異常なくらいに人気があり 最終回で死んでしまう設定になっていると 放送される前に 何故かしらファンの間で広まってしまい 助命嘆願運動が相当な勢いで起こってしまったそうで 急遽ストーリーを変更して 死亡ではなくて 行方不明と言うように設定が変更されたのだそうです。
この連続テレビドラマが 当時どれだけ人気があって その主人公である寅さんがどれだけファンに愛されている存在だったのか 全く知りませんのでそんなエピソードをきいても 殆どピンときません。まあ歴史上の人物と言う訳ではありませんし ファンがあってのテレビドラマですから ファンの要望に沿ってストーリー と言うか設定が変更されることもありなのかもしれません。更に昔の話だそうですがNHKの大河ドラマで 源義経が主人公として描かれた年があったそうで 義経を演じられた役者さんが何方かまで存じ上げませんが 特に女性に異常なくらいに人気があったそうなのです。いよいよ十二月になり 最後は勿論平泉で討ち死にすることが 歴史的には決まっている事なのですが あまりの人気でNHKに助命嘆願の葉書が 山のように届いたのだそうです。NHKとしても少なからず途惑われたのかもしれませんが さすがに歴史的事実を曲げる訳にはいかなかったのだそうです。
さて テレビドラマでは 最後に行方不明等と言うあいまいな終わり方をしてしまった寅さんが 映画と言うメディアで復活してしまいました。本来松竹と言う映画会社では「男はつらいよ」と言う映画は東映のやくざ映画のパロディとして 鶴田浩二 高倉健等の超一流の役者が出演して 制作される企画があったのだそうですが 同名のテレビドラマで超人気者の主人公が行方不明になっているものですから そちらの復活版で 車さん主演の人情コメディ路線に切り替えたのだそうです。
その映画が 三十年以上にわたり 実に48本ものギネスブックにのるほどの長編シリーズに 発展していったわけです。私は みてくれが非常に悪いので 勿論性格がよくなかったからもあることは自覚しておりますが 女性に全くモテませんでした。勿論今でもアイドル大好き人間ですから 身近にいる女の子を直ぐ好きになってしまいますが 一寸だけ冷静になって考える事が出来ていたみたいで とても相手の女の子が自分の気持ちなど受け入れてくれるはずが無い事は 分り切っていましたから 殆どが告白する以前の段階で 失恋に終わっておりました。寅さんの場合 稀には寅さんがカッコよく身を引く設定の場合もありましたが 殆どが告白する前の段階で実質的にふられてしまったり ほかの男に持っていかれてしまったり 失恋してしまいますから もてない男同志で心が通じ合えたみたいな気持ちになりましたので この映画が私は大好きでした。
尚シリーズとしては 007シリーズの方が期間としては長いのだそうですが 主役を演じる役者さんが何代にもわたっていますから 動く違和感を感じてしまいあまり好きな映画ではありませんでした。やはりジェームスボンドと言えばショーンコネリーのイメージが 凄く強すぎますから 他の役者さんが演じていても ショーンコネリーよりも男前の役者さんもおられたことは認めますが いかにも偽物臭くて 拒絶反応が起きてしまいました。
篤美さんがお元気なころには お正月映画と 夏休みのお盆休み映画として 年間二本ずつ制作されていましたが 渥美さんの年齢が進んでしまうと お正月映画だけの制作になってしまいましたので 寂しく思っておりましたが 晩年は肝臓がんを患っておられて 肺にまで転移してしまい かなりきつい状態で撮影に取り組まれていたのだそうです。言われてみれば 最後の方の映画では 立ちながらとか歩きながらの演技が殆どなくて 座ったままセリフを言う場面が多かったような気がします。
撮影現場でも 座っているのがやっとだったことも少なからずあって ファンの人から声をかけられても 答えられずにいるために 愛想が悪いという評判がたっていたようです。スタッフや共演者は勿論渥美さんの状態を分っていましたから 撮影の時にも出来るだけ一般のファンを近づけないように心掛けておられたのだそうです。最後の何作かは どうでもいい甥っ子の満男と彼女の恋愛模様などに比重がかかっていたのは寅さんの出演場面を減らすための苦肉の策であったのかと 大分後になって納得しました。
映画の中での寅さんは 肉体的には衰えていることを隠せなかったのかもしれませんし 最後の作品は 完全にドクターストップがかかっている状態で作られたのだそうですが いつもと変わらぬ元気で明るい寅さんを演じておられた篤美さんの卓越した演技力には 尊敬を通り越して 愛情すら感じてしまいます。お亡くなりになられてから 国民栄誉賞を授与するなんて 役人の怠慢としか思えません。ご本人に直接 名誉ある賞を手渡してほしかったと思います。まあ篤美さんが生きておられたら 辞退されたかもしれませんが。
寅さんの映画を観ていてふとつまらない事が気になったことがあります。日本人で寅さん と言うか渥美清さんを御存知ない方は 少ないと思いたいけれども 68歳で亡くなられたのが20年以上も前の話ですから お若い方々が御存知ないのは無理からぬ話かもしれません。少なくとも篤美さんがご存命の時代には 渥美さんと言うか「寅さん」を知らない日本人は恐らく非常に稀な存在だったはずです。なのに 映画のストーリーの中では 寅さんは勿論 日本人なら誰でも知っている女優さん 例えば吉永さんや大原さんが極普通の一般人として登場しています。描かれている世界は 日本に非常に似ているけれども 間違いなく日本とは異なる世界の話なのです。まあこんなつまらんことは どうでもいいですね。
私は毎回登場するマドンナ役の女優さんの中で 一番好きなキャラクターが 浅岡さんの演じたチェリーさんです。登場回数も断トツに多いですから 恐らく山田監督もお気に入りだったのでしょう。私は本来派手な顔つきの女性は好みに合いませんが 何故かチェリーさんには 何時も独特の哀愁を感じてしまい大好きでした。ある作品でチェリーさんが 寅さんと一緒になってもいいような意思表示をしますが 寅さんがカッコつけて辞退してしまいます。あの場面は何度見ても泣いてしまいます。寅さんのチェリーを思う優しい気持ちが 悲しすぎます。
今夜はレコーダーに何本か録画されて 消さずに残っている作品がありますから 久し振りに鑑賞して 寅さんの世界に浸ろうと思います。お若い方にすれば 昔の日本の情緒や優しい人情なんて 古臭くて見ていられないのかもしれませんが 一度暇を持て余した時や すごく落ち込んでしまった時に 寅さんの映画を観てみることをお勧めします。きっと元気になれると思いますよ。

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