11月30日 夜中に尿道結石で来院した急患が残念ながら死亡してしまいました

深夜の十二時近くに 電話がかかってきて 飼いネコがトイレに座りっぱなしなので 診て欲しいとのことでした。今年も大分寒くなってきましたので 尿結石によるおしっこ詰まりがボチボチ始まる季節です。初めての患者さんでしたので 診察台で初めてその猫の状態を診たのですが まず驚いたのは がりがりにヤセ細っていて 体重が成猫なのに2キロしかありませんでした。年齢は十歳で それ程高齢ではありませんでしたが 聴診すると心雑音がかなり強く聞こえていましたので おしっこが出ない状態以外にも あっちやこっちにかなり問題を抱えている猫の様でした。
飼い主さんは 今朝からおしっこをしていないと話していましたが 最後にトイレ掃除をしたのが昨日の夕方 という事でしたから 既に丸一日半位は恐らく一滴も排尿できていない状態の様でした。ご存知の方も多いと思いますが 三日間排尿できなかったら 殆ど全ての動物は死にます。つまりこの猫ちゃんは かなり緊迫した状態にあることを 先ずは飼い主さんに説明しました。数か月前までは 体重が3キロ以上あった という事でしたから 人間でいうと体重60キロ以上あった人が ほんの数か月で40キロになってしまったようなものです。体重がこれだけ急に減少してしまうと 洋服などのサイズも全く合わなくなるはずですし体調的にまともな状態であるはずがありません。この猫も急激に肉量が減少したからでしょうが 皮膚が相当にたるんでいました。
その上心臓の弁膜症もかなり進行しているようなので 麻酔をかけて 尿道カテーテルを挿入する処置は かなりの危険性が伴う事が予想されます。とは言っても カテーテルを挿管して 排尿させてやらないと もってあと二日足らずの命ですから 危険性が高いのどうのと言ってる場合ではありませんので その辺りの事情まで飼い主さんに説明して 納得して頂きました。全身麻酔をかけての処置なので 承諾書にサインを頂いてから お預かりしました。
おちんちんを触ってみると かなり小さくて 作業がかなり難しそうでしたので 深夜の事でしたが 奥様に電話して駆けつけてもらい お手伝いいただきました。以前にも何度か書きましたが 奥様の方が私よりも上等の人間に生まれついている事は間違いないみたいで 何をやらせても私よりも物事を上手にこなせるのです。以前も同じように尿道カテーテルを挿管する作業をしている時の事でした。取り敢えず麻酔が安定してかかったので 挿管の作業を始めました。所が尿道に詰まった結石が 凄くかたくて大きいみたいでしたので そのまま力押しでカテーテルを挿管することを諦めました。
普段は歯石取りに使う超音波のスケーラーの先端に細い管を装着して 細かく振動させた水を尿道に詰まった結石にぶつけて 削岩機の様に石を砕いて 尿道に道を作る手段がありますので そのスケーラーの準備を始めました。本来なら 挿管の作業を始める前に スケーラーの準備もしてから始めるべきなのですが スケーラーが必要となる割合は 二から三割位なのでつい先に準備をしないで作業を始めてしまうのです。
スケーラーの準備には 二三分で済みますが その間オペ室から離れますので 奥様に猫の状態をみていてもらいます。所が奥様が待っている間に 見よう見まねで尿道カテーテルの挿管を試みてみたようなのですが 私が二十分位も悪戦苦闘して 結局そのまま挿管することを諦めたのに 奥様がトライしたら あっと言う間に膀胱まで挿管できてしまったのです。このような出来事が一度だけなら ビギナーズラックのようなものかとも 考えられますが 同じような出来事が何度も起きてしまったのです。
私は 生き方そのものも 不器用な人間だと思いますが 勿論指先も人一倍不器用だと自覚しております。そして奥様が 本当に何をやらせても 器用に巧みにこなせる 特異な才能の持ち主であることは これまでの生活の中でも 散々思い知らされてきました。病院の仕事 それもカテーテルの挿管 という一般人とは 全く縁もゆかりもないはずの作業のはずなのに 私はこれでも臨床獣医師を二十年以上も務めているのに 器用な奥様の方が 結果的にはずっと上手にこなせてしまうのです。悲しい事ですが 人間には持って生まれた 才能と言うか器の大きさがあるのは 認めざるを得ません。
そんな訳で 援軍の奥様が到着してから 作業を始めました。取り敢えずは心臓に問題を抱えた猫ちゃんでしたから 慎重に麻酔をかけて 安定しましたので 挿管処置を開始しました。普通はお尻の下の部分にタオルを折りたたんだものを敷いて 股間をせり出させると そんなに苦労しないでも陰茎の部分を突出させることが出来ます。所がこのネコちゃんは 幾ら包皮を開いて陰茎を突出させようとしても サッパリおちんちんが登場してくれないのです。仕方がないので 包皮の穴に 先の細い鉗子を突っ込んで 開口部を広げてやると どうにか陰茎が頭を覗かせました。
普通は 左手で御ちんちんをつまんで 右手にカテーテルを持って 尿道に挿管を試みるのですが この子の場合 どんなに包皮を押さえつけても 陰茎の部分がほんの二三ミリしか出てきません。仕方がないので 私が両手を使って包皮からおちんちんを突出させて 奥様にカテーテルを挿管してもらいました。陰茎の先端から二センチ位の所で カチカチに詰まっていましたが 奥様が器用にカテーテルをくるくる回してドリルのように動かすと ほんの数秒でその結石を砕いてしまいました。更に奥でもう一か所 結石が詰まった部分がありましたが 奥様が上手にカテーテルを操って その結石も砕いてしまい何とか膀胱までカテーテルが届きました。
かなり苦労してカテーテルを挿管しましたので 直ぐにカテーテルの羽根を包皮に縫い付けて カテーテルを留置することにしました。作業全体としては一時間足らずで膀胱を洗浄して終了しましたので 麻酔を切りました。普通は 麻酔を切って三十分ほどで 完全に麻酔状態から醒める筈なのですが この子は一時間たっても 全然起き上がる気配がありません。麻酔をかけている間は 呼吸停止などのトラブルも起きませんでしたが あまりに回復が遅いので 採血して血液検査をしてみました。
検査結果としては 二日近くも排尿できていませんでしたから 腎機能を表す項目がかなり高いのは 想定内でしたが 肝機能の値も三項目とも凄く高いので 肝機能障害がある事も分りました。クスリと言うのは殆どが 肝臓で分解されて 尿と言う形で排泄されるのです。所がこの子は 心臓 腎臓に加えて 肝臓まで悪いので 体に吸収された麻酔薬がなかなか分解されないために 麻酔状態から覚醒するのに時間がかかっていることが分りました。処置して直ぐに点滴を皮下に投与した時に 腎機能と心臓の状態を改善する薬は一緒に投与しましたが 遅ればせながら肝機能の改善する薬も追加で投与しました。
とにかく体温が低いので 目の前にストーブを置いて体を温めました。更に呼吸が安定しませんでしたので 部屋に酸素を送り込んで呼吸を楽にする処置を加えました。何とか 立ち上がれる状態に戻るように最善の処置をしたつもりでしたが 預かった時からぐったりしていましたので 状態の改善が見られません。カテーテルからおしっこは順調にでていましたから 取り敢えずは麻酔薬によるダメージから 回復してくれることを期待しましたが 何しろ心臓に加えて 肝腎(かんじん)要の臓器が二つとも凄く悪いので 状態は悪化していってしまいました。
取り敢えずある程度回復の兆しが見られないうちは 傍を離れられないので 付きっ切りでなんとか状態が改善するように 声をかけて励ましたり 体をさすってみましたが 徐々に心拍数が減少していきました。朝五時頃には 虫の息の瀕死の状態になりましたので 飼い主さんに連絡して 早朝ではありますが来院してもうう事にしました。飼い主さんの顔をみると 不思議に状態が改善する場合があるからです。所が 飼い主さんが到着するまで 持ってくれませんでした。
飼い主さんには 預かる時点で この処置の危険性と必然性を説明はしてありましたが 正直私としてもまさかこのような結末を迎えることは予想しておりませんでしたので 泣きたい気持ちになりましたが 飼い主さんにこの子の状態や 治療したことを きちんと説明して 理解 納得して頂くという大切な仕事が残っていますので 落ち込んでいるわけにもいきません。気力を振り絞って 最後の辛くて 情けない仕事を頑張りました。こんな結果になってしまうと 治療費を請求するのも辛い作業ですが 自分としては 仕事に落ち度がなかったと自信がありましたので 何とかやり遂げました。飼い主さんも 状況を全て理解して頂けたみたいで 快く支払って お帰りいただきました。結局殆ど一睡もできない一晩でしたが 自分としては精いっぱい頑張ったつもりなので 勿論落ち込みはしますが 今日から気持ちを切り替えて 頑張ろうと思いました。

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