Dr.喜作のブログ

  • 2月5日 旅行四日目です

    本日も ホテルの朝食を頂いてから 久留米市より 朝倉市杷木町へした道を移動しました。杷木町といえば 一昨年の台風で大変な浸水被害を受けましたので 全国放送のニュースで度々報道されました。大変な惨状が何度もテレビで放送されていましたので 父方の実家もえらい目にあっているのかと思いましたが 実家はその地域の一番の高台にありましたので 全く被害を免れておりました。地域名が林田というように 林の名前がついておりますので 昔はかなりの土地持ちのお庄屋さんだったらしくて その地域に林の名前がついているのかもしれませんが その地の一等地に実家があってくれたおかげで 家自体は全く無事でした。
    只 訪ねて行ってみると 近所に流れていた河川が 暴れたくって全く異なる川筋になっています。今更川筋を元に戻すことは 不可能なようで 新しく出来上がった川筋に合わせて 道路の復旧を頑張っているみたいでしたが まだまだ手付かずの所も少なからずあって 以前とはかなり異なる道筋を通って 父方の実家に何とか たどり着きました。奥様とこの実家を訪問するのは 数十年ぶりに二回目ですが いつもと異なる道に 私が全く見当もつかないところを 奥様がこの道を入ったら数軒目にあるはず という言葉を信じて 進んでいくとどんぴしゃりでした。奥様の記憶力と土地勘の良さには 改めてほとほと呆れ返ってしまいました。
    この実家は 本来長男である私の父が 継ぐべきところを 百姓なんかやりたくないと わがままを言って 大阪へ飛び出してしまったので 次男の叔父さんが継いでくださって 農業を受け継ぎ祖母ちゃんの面倒まで見てもらいました。ですから本来弟であるこの叔父さんに対して 遠慮しながら対応してしかるべきなのに いつも偉そうに威張り散らしていたのが 心配でしたが その叔父さんも数年前に他界されて 叔母さんと 勿論その実家から嫁いでいる従弟が 仕事を休んでまで対応してくれました。この従妹は 実は私とは 一寸した訳ありです。
    私は 自分が根性なしの大まぬけ野郎であり 決断力にかけているうえに 天性の怠けものである事を よく自覚しております。ですから 人生のパートナーは 賢くてしっかり者の 私に噛みついてくるぐらいに気が強い女性を選びたいと考えております。現在の奥様はまさに 私の理想通りの女性です。本日相手をしてくれた従妹も やっぱり非常に賢くて 行動力があり 口の立つ素晴らしい女性です。なので 私が病院を開業するときに 私のこれからの人生に最も必要な女性だと判断しましたので プロポーズしました。ただ彼女は猫などの動物に対するアレルギーが あるので動物病院の仕事はできない という理由で断られました。まあ私のような 無能な男に人生をかける気にならなかったのかもしれませんし、男としての見てくれがお気に召さなかったのかもしれません。まあ私のプロポーズは突っぱねられましたが その後も仲の良い従妹としての親戚関係は続けておりますので本日も快く応対してくれました。
    現在 父方の実家は 父に代わって家業を継いでくださった叔父が数年前に他界されましたので その奥様 私には叔母にあたる女性が たった一人で 凄く広い敷地と家を守ってくださっています。その叔母と従妹は 親子なのですが この二人がまたそろいもそろって 凄くおしゃべりなのです。私もダラダラと長文のブログを書き続ける位ですから 男のくせにおしゃべりですが そんな三人が集まりましたから 全く話題が途切れることなく ずっとおしゃべりを続けました。あっという間に 予定していた訪問終了時刻がきてしまいました。
    今夜は 杵築市の宿泊体験施設を無料で利用させてもらうために 一応市役所の人間とコンタクトを取って 移住に関する話をした という事実を作っておく必要がありましたので 市役所が仕事が終わる五時までには杵築市役所にたどり着かねばならない事情がありました。そこで話はなかなかつきませんでしたが 何とか区切りをつけて 杷木の父方の実家を出発しました。ギリギリ五時寸前に市役所にたどり着き 前回市役所を訪問した時に相手をしてくれた担当者と落ち合って 実際に杵築市に引っ越してくるとなった時に 市から受けられる補助金についての簡単な説明を受けました。それから この担当者の若者は 非常に熱心に私が移住してくることに有益な話をいろいろとしてくれていましたので 夕食を奥さんともどもご馳走することになっていましたので レストランに移動しました。前回も食事をご馳走しましたが その時は彼のリクエストで 焼肉を頂きましたので 今回は私のリクエストで せっかく海の近くなのだから 魚料理のおいしいものを食べようという事になり その方面のお店に案内してくれました。
    いかにも地方のこじんまりとした日本料理屋さん といったお店で 美味しい魚料理をたっぷりと頂きました。彼も私もお酒を全然頂きませんが 結構話は移住してからのこちらでの生活について いろいろと盛り上がりました。食事が終わると 宿泊施設が 杵築市内ではありますが かなり辺鄙な自然豊かな地域にある施設なので 殆ど街灯などない田舎道を かなりのスピードで飛ばしました。飛ばさないと後ろに渋滞ができてしまうから しょうがありませんでした。今日も一日たっぷりと楽しいことがあり 疲れたので宿泊所についたら 直ぐに布団をひいて 眠りにつきました。

  • 2月4日 旅行三日目です

    朝一で 温泉に浸かり サッパリしてから ブッフェ形式で 美味しい朝食をたっぷりと頂いてから 高速を使って 八女市の黒木町にある 母方の実家に出かけました。丸宗菓子庵という 以前は百貨店にも出店があり 観光バスが休憩所として利用していた位の 立派なお菓子屋さんでした。子供のころ 夏休みに母とともに帰省して 二週間ほど過ごすことが多かったのですが お菓子屋さんですから チョコレートやアイスクリームなど 食べ放題だし 裏にお菓子工場もあって 出来立てのお菓子も遊びに行けばその場でもらい放題でしたから 子供にとっては 天国のような場所でした。その後 そこそこヒットした新製品がいくつも開発されたりしていましたので 私はこのお店が 立派なお菓子屋さん というよりもお菓子メーカーとして 発展しているのだと思っていました。
    所が 久しぶりに訪れてみると なんとなくお店に活気がないのに気が付きました。工場の方も見学させてもらいましたが その日はたまたま工場を休んでいるのだと聞きましたが やはりガランとして お菓子がどんどん作られているような 普段の活気があまり感じられず心配になってしまいました。私が以前は 百貨店に出店していたよね と話を振ると その百貨店は閉店してしまった という話でした。何も百貨店に出店していることが 大切だとは思いませんが だとしたらほかの百貨店に出店させてもらうような交渉をしたのか と質問すると 何もしていない との返事に猶更心配が募りました。以前は 職人さんを何人も雇っていたよね と話のきっかけを作ろうとしましたが 職人さんが皆高齢化して 止めてしまったので 現在は自分一人で 菓子作りを頑張っている との返事にどうフォローすればいいのか困ってしまいました。
    長年頑張ってくれていた職人さんが 年月とともに高齢化する事なんてわかりきっていることで 若い職人を育て上げていくことが 経営者としての当然の務めだと思うのですが そちら方面の努力を全くしていないので この店の行く末には 本当に心配してしまいます。跡取り息子さんが 確か二十代後半でいたはずなので そちらに話を向けてみましたが 本人に店を継ぐ気持ちがない という事でまたまた話が終わってしまいました。今どきのお店としては 当然ホームページを運営するべきだと思いますが 全くその方面にも動いていないようです。親戚筋からも インターネットを商売に活用するようにアドバイスされてはいるが 自分がその方面は苦手なので 何もしていないのだそうです。
    店を経営している従弟が 五十代後半で 跡取り問題も明るい見通しが立っていないことが 仕事に対する積極性がないことにつながっているのかもしれませんが 従弟がこの貸家の五代目経営者で 百年以上も続く伝統あるお店なのに 明るい見通しが立っていないことが とても心配になってしまいました。一つだけ嬉しかったのは 私の母の兄嫁にあたる叔母さんが まだまだお元気でおられたことです。若いころから いつでもにこにこして とても優しくて 慎重145センチぐらいの小柄な とても可愛らしい女性でしたが 現在は当たり前ですがよぼよぼのお婆ちゃんにはなっていましたが 以前と同じようににこやかで とても可愛らしい女性のまんまだったことが この家で唯一の明るいニュースだったように思いました。昔の思い出話をしながら 昼食をご馳走になり 昼過ぎに 久留米市へ向かいました。
    店を継いだ従弟の二つ上の姉である従妹が 嫁いでいましたので そちらに挨拶に向かいました。この従妹が 年賀状にうっかり もう少ししたら大分県へ移住するつもりです という簡単な予告の文章に 一番過敏に反応してくれましたので この従妹に移住についてのこれまでの経緯や 今後の見通しなどを説明するのが 今回の旅行の一番の目的と言えたかもしれません。西鉄の久留米駅のすぐ前にある 大きな駐車場を経営するおうちへ従妹は嫁いでおりましたので 夫婦で立派な外車に乗っていて 弟のいる実家より かなり羽振りがよさそうでした。
    只姉としては 実家の苦しい実態を 熟知しているので 相当に心配しているようで これまでにも散々いろんな面でアドバイスを送っているみたいなのですが 弟さんが 決して仕事を怠けているわけではないけれど 持って生まれた性分なのかもしれませんが 仕事の面で消極的でかなりいら立っているような気持が読み取れました。新製品の開発を促したり 若手の職人の育成に尽力するようにはっぱをかけたり ホームページを作って ネット販売の方面に力を入れることを進めてみたり と私が昼間のお店の状況から なんとなく感じてアドバイスをしたようなことは これまでにも散々されているみたいでしたがほとんど効果がなかったみたいです。
    駐車場経営 というかなり珍しい方面のお仕事をなさっているので その方面なりの一般人には 全く気付かないような ご苦労話を聞いて 感心したりしました。従妹のご主人は かなりの勉強家みたいで駅前の繁華街が発展していくための大きなビジョンを持っておられるようで あまり考えたことのなかったような将来に対するプランを伺って いろいろと勉強になりました。但し 夕方から 久留米の街をいろいろと案内してもらい その途中で友人の絵描きさんの 作品が沢山展示されている美術館に案内されましたが 私は絵画 特に抽象画には全く興味がないので 普段経験しないことを体験させてもらいましたので 感謝すべきことかもしれませんが 正直な気持ち 退屈でした。私としては 乃木坂の写真集でも眺めている方が よほど楽しかったかもしれません。
    その晩は 従弟夫婦に 久留米の郷土料理というよりも 一般的なこの季節の懐石料理をご馳走になり 割と上等のビジネスホテルに宿泊して ゆっくりと休みました。
     

  • 2月3日 旅行二日目です

    朝五時に目覚めて 取り敢えずはフェリーのお風呂に入りました。五時から入浴できるのですが 部屋を五時ちょうどに出ますから 歩いて風呂に到着しますと いつも二三人先客がいますが 今日も二人がすでに入浴していました。多分五時少し前からきて待っていたのだと思います。そこそこの広さがありますので ゆったりと入浴できます。一応展望風呂になっていますが 私がフェリーに乗る時期がいつも冬なので まだ五時では真っ暗で何にも見えないのが残念です。シャンプー リンス ボディーソープが常備されていますので たっぷりと使って すっきり サッパリして ついでに髭も沿って 歯も磨いてから 部屋に戻りました。
    五時半から レストランで朝食バイキングが始まります。杉乃井ホテルのパックには 何故か息の分だけですが 朝食のチケットがおまけみたいについていますので 奥様と二人で出かけました。普段だと間違いなく眠っている時間帯ですが 旅行の緊張感からか 頭も体もしっかりと起きているみたいで しっかりと朝ご飯を頂きました。おかずは卵焼きやスクランブルエッグ 焼き鮭 ウィンナーにサラダ 味噌汁にスープ そしてカレー 漬物や佃煮もそこそこ種類があって どれも美味しかったので おなか一杯頂きました。やはり食べ放題だと ついつい食べてしまうのが デブの性なのだと思います。
    部屋に戻る前に トイレでしっかりとうんこをしてから 部屋に帰りました。鍵を返しに行ったときに 車に乗るタイミングを尋ねたら 船が着岸してから アナウンスがあるので それから部屋を出ても 十分に間に合うのだそうなので 持ち帰る荷物をまとめて 部屋でテレビを見ながら 待っておりました。すると車を止めてあるスペースへの通路が開きましたので そちらに向かって移動してください とのアナウンスが聞こえましたので 車に向かいました。エンジンをかけて 缶コーヒーを飲みながら 降船が始まるのを待ちました。別府港から 杵築リゾートへ向かうのは 初めてでしたが 奥様にしてみれば これが三回目の移動でしたから 熟知しているかのように 的確に道案内をしてくれて すんなりと杵築リゾートへ到着しました。
    四百近くある区画のうち 私が気に入って購入を考えている区画への道筋を 恥ずかしながら 私は覚えようと努力していますが 未だ確信を持てるところまでは 覚えられていませんので 結局は奥様にリードしてもらって辿り着きました。本当に私は情けなくなる位に 方向音痴なだけではなくて 記憶力が欠如しているのだと思います。私のお気に入りの物件は 広さが500坪以上と ゆったりしている所と 手前には家を建てるに十分な平坦な部分と 奥の方は傾斜地になっていて 十メートル位もありそうな立派な木が数十本 うっそうと茂っています。
    私は 仕事を引退したら 朝起きる時間も自由になりますから 小鳥の囀りで目覚めたいと思っておりますが この辺りは 何しろ自然が豊かなので 小鳥が凄く沢山いるようです。その為に 囀りも凄く大きいのです。適量なら心地よい目覚めに誘ってくれそうな小鳥の囀りも あまりたくさんの鳥たちが一時に囀ると 騒音になってしまわないかと 心配してしまいそうな位に大きな囀りなのです。自然の豊かな土地で のんびりしたいというのが 私の老後の生活の一番の目標なのですが 豊か過ぎるのも有難迷惑になりそうで 不安な気持ちもあります。一度 夜真っ暗になってからの物件の雰囲気を確認しておこうと 夜にこの地に訪れたことがありますが かわいい野ウサギがピョンピョン跳ね回っていました。
    野ウサギはとっても可愛らしいので その姿を見かけるのは 嬉しいのですが チョコボールのような糞を決行沢山お土産に撒き散らしてくれるので 困っていらっしゃる方の話を聞きました。私が 家を建てて 生活を始めたら 立ち去ってくれるのかもしれませんが これまた豊か過ぎる自然がもたらしてくれる一つの不安材料です。別にのウサギの糞が撒き散らされても 草食動物ですから 臭いなどはほとんど気にならないと思いますが 糞が雑草の肥料になってしまいそうで 心配です。何しろ広いので 雑草の草刈りがかなり大変であろうことが 心配の種なのですが ウサギの糞が肥料になって 雑草が余計に元気に繁ってしまいそうです。まあ私は 自然がたっぷりとある田舎でのんびりと暮らしたくて この物件に決めたのですから 有難い自然の恩恵は 感謝して受け取ろうと思っております。
    この物件を訪れるのは 今回が三回目ですが あまりに広すぎて お隣との境界線を確認していませんでしたので 歩いてその辺りまで行ってみましたが 目印の杭は見つかりましたが 境界線を示すために張ってあるはずのひもが見当たりません。まあ私が 生活を初めても 境界線の辺りまで やってくることは殆どないと思いますし お隣さんもその辺りに足を踏み入れた形跡はありませんでした。管理事務所の人にあとで尋ねたら 何しろ広々とした区画ですから お互いに殆ど境界線の事など気にはしていないとの事でした。都会の狭苦しい区画とは 境界線に対する感覚が まるで違うみたいでした。
    九時になりましたので 管理事務所を尋ねました。三回目ですので もう顔なじみになっています 管理事務所の所長さんが出迎えてくれました。今回は 大分県を担当している建築部門の方を紹介されました。パンフレットを使って 大和ハウスの建てる家の特長などを説明されて ちょうど基礎工事が終わった段階の物件を見学させてもらいました。基礎工事でのコンクリートの立ち上がり幅が 普通の建築会社の場合10センチ前後なのに 大和ハウスは17センチもあって より強固な基礎の上に家を建てていることを 現実に見せてもらいました。大和ハウスの建築は 坪単価が高いのが不満に思っておりましたが まあ質の良い家を建てていることは間違いないようなので 妥協しなければならないのかもしれないと考えるようになってきました。
    その後移住の先輩をお二人紹介してもらい 率直なここでの暮らしの感想を伺いました。これで合わせて六人の先輩方のお話を伺いましたが 皆さんこちらでの生活に十分満足されているみたいなので 私も少しでも早くここで暮らし始めたいという気持ちになりました。四百軒ほどの集落ですから 色んな趣味の方が それぞれにサークル活動のようなことを盛んになさっているみたいです。 釣りやゴルフなどは 定期的に大会も開かれているみたいですし 釣った魚をさばいてのお食事会も そのたびに盛り上がっているみたいです。 麻雀や囲碁の集まりもあるみたいなので 俳句のサークルがあるのかと尋ねたら 俳句の集まりは現在のところないので もしやりたい気持ちがあるのなら 自分が発起人になって 俳句の集まりを始めてください と言われました。私がある程度 自分の俳句に自信を持っているといえるぐらいの実力があれば 恐らく俳句をたしなまれる方は 少なからずいらっしゃるのでしょうから 俳句の集まりも出来ないことはないのでしょうが 何しろ俳句については 本当の初心者ですので 集まった方をまとめて引っ張っていける自信がありません。まあ運よく面倒見の良い指導者に巡り合えましたら 俳句のサークルを立ち上げるかもしれません。
    夕方になりましたので 杉乃井ホテルにまた宿泊しました。伝染病騒ぎの最中ですから お客さんが少ないのかと思っていましたが さすがは杉乃井ホテルで お客さんはあふれかえっていました。美味しい食事を沢山いただき ゆっくりと温泉に浸って 疲れをいやしてから 上等のベッドでぐっすりと眠りました。本日も 相当に充実した一日で とても楽しかったです。

  • 2月2日 午後から 再び大分県へ 旅行に出発しました

    本日の午後から 移住先にほぼ私の気持ちとしては決定しました 大分県の杵築リゾートへの旅に出かけました。今回も杉乃井ホテルの宿泊と フェリーでの車とともにの往復がパックになったものに申し込みました。このパックの有難い所は 別府温泉でも一番有名であり立派なホテルである杉乃井ホテルに一泊二食付きの料金も込みで 普通にフェリー会社に申し込んで フェリーで大人二人と車が往復する料金と 同じ金額なのです。つまり立派なホテルに泊めてもらえて ビュッフェではありますが 二回も食事がついている料金が 只になるようなものなのです。
    今回は 大阪南港での発着でしたので 神戸の発着よりも近くて助かりました。但し南港発着のフェリーは 古くてもうすぐ廃船になるのだそうですが その分ぼろくてみすぼらしいし 設備的にも神戸発着の新しい船よりも不便を感じました。但し 空いている時期だからかもしれませんが 四人部屋を二人で貸し切りにしてもらえましたので 相部屋の場合は 食事などの持ち込みが禁止されていますが 個室ですから 部屋で食事をしたり お菓子を食べたりも自由でしたし テレビも自分たちが見たい番組を好きなだけ ベッドに寝転がって見ることができましたので 得した気分にもなれました。勿論 安物の部屋ですから 窓はありませんが 一晩だけのことですから さして不都合はありませんでした。いずれ多分今年のうちに 新しい船に代わるのだそうですから 新しい分奇麗でしょうし 設備も整っていることを期待しております。
    今回も 杵築リゾートにて 移住の先輩お二方をご紹介いただきますので その方たちと 杵築リゾートの管理事務所の方たちへのお土産に 蓬莱の豚まんとシュウマイ それから回転焼きの御座候を 京阪百貨店で購入しました。それから 今回は福岡県の従妹たちとの再会を予定しておりましたので そちらには少し上等な昆布の佃煮を幾つか購入しました。それから 大阪南港へ向かいましたが 割と空いていましたので スムーズに到着しました。とは言いましても 方向音痴の私は 奥様からなるべくルートを自分で調べて 自力でもたどり着けるように努力するように言われておりましたので 自分なりに勉強したつもりでしたが 結局はさっぱりルートを把握できておらず 奥様におんぶにだっこ状態で 連れて行っていただきました。私は 今後も奥様と一緒に出なければ 旅行に出かけるつもりはありませんが そのほかの面でも 一生奥様に頼り切って生きていくつもりですので 奥様を大切に大切にしていく覚悟でおります。
    フェリーは 大きな船ですから 殆ど揺れを感じませんが エンジンがかかって スクリューが回り始めると それなりの振動を感じますし 船がカーブするときには 微かに船が傾きますので 歩いていたりすると 船が傾いていることに気づきます。船酔いを心配される方もいますが 私は乗り物酔いとは全く無縁の人間ですから 私の感覚ではあてになりませんが 恐らく船に酔われる方でも その心配はいらないように思います。小さな船のようにゆらゆら揺れる動きはほとんど感じません。ただ車に乗っても酔う方の場合は 幾らか心配があるのかもしれません。まあ船に乗っていることを忘れて仕舞えるぐらいに大きな船ですから 一度チャレンジしてみられた方がいいのかもしれません。フェリーの場合 基本的に夜に移動して 朝に目的地に着く場合が多いのだと思いますので 朝までゆっくりと眠りながら移動して 直ぐに丸一日活動ができるので 時間を有効に活用できるのもメリットだと思います。
    なんて偉そうなことを申しておりますが 私は大分県を移住先候補と考えて 昨年の二月に 生まれて初めてフェリーを利用しました。たまたま大阪南港や神戸から 大分県へのフェリーのルートがあったからですが こんな機会がなければ このように便利な移動手段を利用することなく 一生を終えていたのかもしれません。ルートを調べてみると 大分から 東京や北海道までの直通便はないみたいですが 上手いこと乗り継いでいけば かなり遠方まで利用できそうです。仕事を引退したら キャンピングカーで日本のいろんなところに出かけたいので 今後も大いに利用したいと考えております。
    今回の旅行も 日ふぉろの行いが良いせいか お天気にも恵まれましたが 快調に旅行はスタートしました。

  • 2月1日 本日の夜間に変わった動物たちが来院しました。

    一匹目は ハリネズミです。飼い主さんが 指の爪を切ろうとしたときに 急に足を突き出してきたので 深爪をして爪の血管を傷づけたのか ひょっとしたら指まで切ってしまったのか わからないのだけれど とにかく出血が止まらないので 何とかしてほしい との電話がかかってきました。その方のお住まいがなんと兵庫県の伊丹市にお住まいだと聞きましたので もう少し近所の病院を探されたら と申し上げましたが 兵庫県、大阪の近い所にある救急病院では ハリネズミは治療できない という事で断られたのだそうです。このまま出血が止まらなければ 命に関わるかもしれないので 何とか診てもらえないか という事でしたので ハリネズミの治療はこれまでに数回しか経験がありませんが 来院してもらうことにしました。
    よほど急いで来られたみたいで 予想よりも早くに来院されました。包まれていたタオルにかなりの量の血液が付着していましたから 確かにそれまでかなりの出血があったようです。キャリーバックから 引っ張り出されたので 取り敢えず新しい真っ白なタオルに包みました。左後肢の一番外側の指 なのだそうですので 取り敢えず私が触らずに飼い主さんに体を伸ばしてもらって 足の先の出血点を確認しようとしました。最初は まだ飼い主さんの言いうことを聞いてくれていましたが ここが診察室であることを徐々に理解してきたみたいで あるときから体をくるんと丸め込んでしまって 全く動かなくなってしまいました。
    一旦 この防御体勢に入られてしまうと 猛獣でさえ手が出せないで 諦めてしまうのだそうですが 厄介な状態になってしまいました。針がびっしりと生えている部分を外側にして 殆どボール状に丸くなってしまわれました。私のこれまでのハリネズミの治療経験では これほど完璧な防御体勢になってしまわれずに済んでおりましたので もしも丸まってしまわれても 皮手袋をはめていれば 針も痛くはありませんから 強制的に体を伸ばして 幹部を診察できるであろうと思っておりましたがこの子が よほど臆病だからなのか そのぼうぎょたいせいが あまりに上手だからなのか分かりませんが 本当に手も足も出せない状態になってしまいました。
    勿論 400グラムぐらいの動物ですから 無理やりに力ずくで 体を伸ばすことはできますが 凄く大切に買われている子のようですから 力ずくでの診察は諦めました。
    そのようにして 十分ぐらい格闘しましたが その間新しい真っ白なタオルには一切血がついていませんでしたから どうやら出血は一時的にであるのかもしれませんが 止まってくれたようです。そのことで取り敢えずは飼い主さんが安心されましたので 本来は 傷口の状態をしっかりと確認して 必要な処置を行いたかったのですが 傷口の確認は諦めました。恐らく自宅に帰れば もう少し警戒心を解いてくれるでしょうから 傷口の消毒などは 何とか自分でできそうだと飼い主さんが仰るので 取り敢えず注射で 抗生物質と止血剤を投与して 消毒薬と塗り薬 そして同じ内容飲み薬をの出して治療を終えました。
    飼い主さんにお帰り頂き ホッとしていたら また電話がかかってきました。今度は 池の近くの道端に 多分水鳥 カモの類だと思われる鳥を保護したのだが 足を怪我しているみたいなので 診てほしいとの事でした。
    野生動物は時々保護されて来院します。鳥でいうと カラスが猫に襲われたのか 交通事故にあったのかで飛べない状態で連れてこられる場合が一番多いみたいで 続いて雀の雛が巣立ちに失敗したのか 巣から落っこちたのか勿論飛べない状態なので保護されたケースです。水鳥 所謂足の指の間に水かきがある鳥は アヒルぐらいしか診たことがありませんが 今夜は池のすぐ近所の道路をたまたま通りがかって カモの類の鳥が動けない状態だったので ほっとけなくて保護してしまってお困りの方からの電話でしたので 来院していただきました。
    来院された鳥を見ると 嘴や羽の柄からして 確かにカモの類でしょうが 水鳥の種類には 詳しくありませんので その種類はよくわかりませんが 足先を見ると確かに水かきが指の間にありましたから 恐らくその池にやってきていた水鳥に間違いはなさそうです。全身を診察しましたが 外傷はないので 出血も見られませんでした。連れてこられた方の話だと 保護するために 捕まえようとしたら 野生の動物ですから当然の反応ですが 逃げようとして走り出したのですが 左足が踏ん張れないみたいで 直ぐに転んでしまい 蹲っている所を タオルでくるんで 段ボール箱に入れて連れてこられました。
    その左足を注意して診察しましたが 特に骨折や脱臼などの重傷であれば 触診でも感知できるはずですが それ程の異常や過敏な反応は ありませんでした。ただ足具備にあたる部分に僅かな腫れと発熱があるみたいなので 翼の部分には 全く異常が見つかりませんでしたこともありますので 所謂足首の捻挫により 上手く走れないために 飛び立てないのではないかと診断しました。水鳥は 結構体が重たいので 飛び立つのに結構な距離を助走してからでないと 上手く離陸できないはずです。
    水鳥なので 日常的に水面に浮かんで生活しているはずですが 保護している環境としては 陸上で生活してもらわなければしょうがなさそうなので 消炎剤を外用薬の軟膏で 足首にたっぷりと塗擦してもらい 更に内用薬で 抗生剤と消炎剤をシロップで内服させてもらいながら 足首のダメージからの回復を待つしかないように判断しましたので 保護された方に そのようなお薬を渡して 頑張ってこの子が受けるストレスが少ないような環境を作ってあげて 面倒を見てあげるようにお願いしました。野生の動物を連れてこられた場合は ノラ猫の避妊手術と同様に 半額は当院が負担するので 半額は保護した方に責任を持っていただく という事で 治療費の半額だけ 頂戴いたしました。
    長いこと動物病院の仕事をしていると いろんな動物を診察させていただく機会があります。本日の水鳥などは 保護された方も 私も 確実なその種類は分かりませんでしたが 大人しく診察させてくれましたので 恐らく診断には間違いないと思いますので 保護された方が上手に内用薬と外用薬を投与してくだされば 一週間ぐらいで 野生の状態に戻してあげられると思います。無事に自然の中へ復帰してくれることを 心からお祈りしたいと思います。

  • 1月27日 香川県では 県議会で子供のゲーム時間を制限する条例を作ろうとしているのだそうです

    条例とは 地方公共団体が その議会によって定めた自主的な法の事なのだそうですが 子供がテレビゲームやパソコン 携帯電話のゲームに熱中して 親が手を焼いているのは 何も昨日今日始まったことではないように思います。私が子供のころには テレビゲームなどありませんでしたし パソコンや芸タイ電話など影も形も存在していませんでしたから そのたぐいのゲームなどやりたくても出来ませんでした。現在 私もパソコンを利用してのネットゲームは 暇つぶしによく行っております。幾つか気に入ったゲームを 保存してありますので 仕事の合間に 気分転換に遊んでおります。今どきの子供さんが どのようなゲームにはまって熱中しておられるのか さっぱり見当もつきませんが ゲームを作るプロの方たちが創意工夫を凝らして作られているのでしょうから それはきっとすごく面白いのだと思いますし 子供さんが時間を忘れて熱中してしまうのも致し方のないことかもしれません。
    それにしても もし地方公共団体が 条例として 子供さんのゲームをする時間に制限を設けたとしても いったい誰が管理して その条例が実行されているか否かを 判断するというのでしょうか。そしてもしこの条例に 反する行動をとった場合には 何らかの罰則が設けられるのでしょうか。一応立場的に 管理するのは 子供さんの保護者の方々になるのかもしれませんが 子供さんが制限された時間以上にゲームをしてしまった場合 その保護者の方々が 各自治体に報告する義務があるのでしょうか。もし罰則が定められているのだとしたら その罰則を施行するのも保護者の方なのでしょうか。
    どう考えても この条例がきちんとその条例としての働きを実行されるとは考えられません。議会も県民の税金を使って運営されているのでしょうから もう少し県民の役に立つような議論をして 実質的に有効な条例を作るような仕事をしてほしいものだと思ってしまいます。

  • 1月26日  中国で発生した新型ウィルスによる肺炎が 予想以上の速さで 世界に拡散していってます

    中国なんて言う無責任な国に きちんとした防疫体制なんて 全く期待できませんから 案の定というか 予想通りに というか予想以上の速さで 地方の一都市から中国全土が この病気の汚染地域になってしまいました。残念ながら この厄介な伝染病が 日本に持ち込まれてしまったのは 間違いない状況のようですから 少しでもその被害を軽くする方向で 対策を考えるしかないようです。私は いい機会ですから 中国との国交を断絶してしまえばいいと思います。国交がなければ 幾ら腰抜けぞろいの自衛隊でも 日本の領海を侵犯された時には 武力を使って排除する積極的な防衛ができるのではないでしょうか。
    中国とは 相当密接な商品のやり取り 所謂貿易がなされていますが 中国とのやり取りが無くなったら 無くなったで 一時的には 不都合も生じるかもしれませんが 何とかやりくりしているうちに 自ずと打開策は見つかってくるはずですから 日の丸を燃やして 日本領事館に明らかな敵対行為を頻繁に行う野蛮な国なんかとは 一刻も早く国交を断絶してしまうことが 今回の病気に対する対策としても 今後の健全な日本の進む道を考えても 最善の策のように思います。
    まあ現実的には 国交の断絶は無理でしょうが 当面の一番有効な防疫対策としては 中国からの飛行機と船の入国を一切遮断してしまう事しかないと思います。いまや中国全土に この肺炎は 広まっているのは間違いありません。嘘ばっかりついてきた中国が発表している 感染者や死亡者の数は 全く信用しないほうがいいと思います。それから この肺炎は それ程致命的な病気ではないそうなので たとえ運悪く感染してしまっても 正直に症状や経過を病院に出来るだけ速やかに報告して きちんとした治療を受けさえすれば 勿論それなりのダメージは覚悟しなくてはならないのでしょうが パニックになるほどの病気ではないはずです。もし運悪く 感染してしまっても 下手に隠し立てして 治療のスタートが遅れれば遅れるほど 本人の危険度が上がりますし 周囲に感染者を増やすことに間違いなく直結しますから 冷静で的確な対処を心がけていただきたいです。
    勘違いしている人が多いようですが マスクというのは 予防的に使うものではありません。マスクさえしていれば 感染しないと安心している人が多いみたいですが あくまでマスクは今回の肺炎に限らず インフルエンザやごく普通の風邪にかかってしまった時に くしゃみや咳で病原体を撒き散らして 病気を拡散するのを防ぐためのものです。くしゃみや咳をしていないのに マスクをすれば 布越しに呼吸しますから 病原体をマスクの外側の表面に かき集めてしまいます。帰宅した時にマスクを外すときに 病原体が手に触れてしまいますし その手を十分に洗わずに食事をしたりしたら 余計に感染の危険性を高める可能性があります。ですから 予防的にマスクを使用するのは くしゃみや咳をしていて マスクの着用が必要な方のマスクの在庫切れで入手困難 なんていう愚かな事態を招かないように マスクの効果と必要性を考えて行動されることを期待します。とはいえ みんな我が身が可愛いので 自分さえ病気にかからなければいいのかもしれませんから 予防的なマスクの着用は減らないのでしょう。
    現在の所 中国の発生源とされる一都市に係わった人間だけを警戒していますが いずれはそんな発生源とは 全く無縁の感染者が出現することは間違いないはずですから そんな状況になれば なるべく人が集まる所には 出向かないように心掛ける位しか 予防的な対策が無くなるのだと思います。いずれはこのウィルスに対する有効な治療法が確立されるのでしょうが それまでにかなりの数の感染者を覚悟しなければなりませんが どんな恐ろしい伝染病もやがては沈静化しますので 上手くやり過ごすような行動を心がけていくようにしましょう。
    最後にもう一度申し上げますが いい機会ですから 中国との国交を断絶してしまってほしいです。

  • 1月25日 1900年の本日 石坂洋二郎さんが 誕生されました

    私は最近でこそ 殆ど読書をしておりませんが 子供のころから三十歳になるまで位は 相当にたくさんの小説を読みました。冊数が一番多いのは 多分栗本薫さんです。この方は シリーズ物が多いので ひとつのシリーズにはまってしまうと 大変な冊数になってしまいます。例えば「グインサーガ」のシリーズは 結局作者の死亡によって 途中で未完のまま終了してしまいましたが 正伝に外伝まで加えると150冊を超えます。正直な所 私が読み始めた時には 既に三十冊ぐらいまで発売されていました。読み始めたのは 岐阜大学の一年生の夏休みでしたので 殆ど一日一冊ずつ読み進めて 夏休み中に発行されている分は読み終えてしまいました。
    岐阜大学に通っている頃 私は自力で生活費から授業料まで全てアルバイトで稼ぎ出しておりましたので 経済的にはかなり苦しい状況でしたが 薄っぺらい文庫本とはいえ 一冊300円から400円ぐらいしたでしょうから30冊も購入すると 経済的にはかなり苦しかったのですが あまりに面白すぎて 我慢できませんでした。但し最新刊まで読んでしまうと その頃栗本さんは年にこのシリーズを五冊ぐらいのペースで書き下ろされていましたので 発売されるまで辛抱して やっと発売されたら飛びついて購入して読み漁りました。ただしこのシリーズには ファンの間では常識になっていましたが まずは最初にあとがきから読み始めるのが暗黙のルールでした。あとがきに栗本さんの最新情報というか近況が報告されていますから ファンとしては この小説のこの部分を書いたときの栗本さんの暮らしぶりをまずは確認してから 本編を読みだすのです。
    本編よりも必ずあとがきから読み始める小説なんて 後にも先にもこの「グインサーガ」だけの話です。でもこのシリーズのファンは 必ずあとがきから読み始めていたはずです。但し私は この最新刊の発行されるのを待ちわびて 飛びつく というのが辛くて 実は百巻ぐらいの所で 挫折してこのシリーズから距離を置きました。このシリーズは 最初は百巻ぐらいで完結するつもりで書き始めたのだそうですが 途中で完結するのは200巻目ぐらいであろうと 噂されていましたので 完結してからまた 一気に最後まで読み通せばいい と考えておりました。所がまさか このシリーズが完結する前に 作者の栗本薫さんの人生が完結してしまったために 未完のまま終焉を迎えてしまいました。
    取り敢えず栗本さんの作品はグインサーガだけでも百冊は読んでおりますし 「魔界水滸伝」のシリーズは かなりおどろおどろした内容でしたが 何とか20巻読み切りました。そのほかの作品も含めると栗本さんの作品は恐らく150冊以上読んでいると思います。その次に読んだ作品が多いのは 多分五木寛之さんだと思います。この方の作品は いかにも二十歳前後の男が読むべき作品だと思います。「青春の門」はやはり出会った時に かなりの冊数が発行されておりましたので「筑邦編」の二冊を読み終わったら 直ぐに「自立編」を買いに行ってしまいました。さらには「放浪編」「堕落編」まで発売されていましたので これまたグインシリーズのように 既に発売されている所まで 一気に読んでしまいました。
    伊吹信介という青年の波乱万丈の成長の過程を細かく描写されていましたので 完全にはまってしまいました。ただこのシリーズは 五木さんが栗本さんのように 早いペースで 新しい編を書いてくれないので かなりイライラしたのを 覚えています。いまだに完結していないけれど 数年前にまた新しい編が スタートしたらしいので 機会があればぜひ読んでみたいです。五木さんの作品は そんなに長いシリーズ物は この作品だけなので いろんなジャンルの単発的な小説を それこそ手当たり次第に読みました。一番好きな作品は というとどうしても一つに絞り切れないので 二つあげますが「青年は荒野をめざす」と「にっぽん三銃士」です。どちらも男の無邪気なロマンが描かれていて 自分もいつか夢とロマンを求めて 旅立ちたいとずっと考えておりました。
    三番目にたくさん作品を読んだのが 石坂洋二郎さんだと思います。石坂さんの作品との出会いは 高校生の時にテレビドラマとして放送された「光る海」でした。ドラマとしてもすごく面白かったし たまたま初回の放送を見てしまってはまってしまい 一回も欠かさずに見ました。当時は ビデオですらまだ普及していなければ ネットなんて影も形も存在していませんでしたから 放送されたのを見逃すと かなりの期間が立ってからの再放送位しか 見られませんので リアルタイムでテレビにかじりついてみていました。このドラマのストーリー自体が 非常に興味深かったのと このドラマの原作となって小説が 文庫本で発売されているのを知って 本屋さんに行ってみました。そこで 原作者が石坂さんであることを初めて知りましたし 「光る海」という小説の近所に 聞いたことのある小説が 何冊も並んでいました。
    「光る海」は確か600ページ以上もありましたから 文庫本としては かなり分厚い物でしたので それ相応のお値段がしました。高校生の小遣いなんて僅かなものですから 購入するのにそれなりの覚悟がいりましたが 非常に面白かったドラマの原作となった小説を是非読んでみたいという 欲求が強かったので 思い切って購入しました。土曜日の昼過ぎに本屋さんに出かけて 急いで自宅に戻って読み始めました。あまりの面白さに 600ページ以上あった作品を夜中までかかって 読み切りました。ドラマもすごく面白く脚色してあり面白かったのですが 小説の場合 自分でその場面を自由に想像して膨らませられるので より面白かったので 一気にこの大作を読み通してしまいました。映像化された作品を あとからその原作を読んだ経験が初めてでしたので どうしても登場人物が ドラマに出演した役者さんのイメージに 固定されてしまうので そこがちょっと残念でした。
    只石坂さんの作品が非常に面白いことを知ってしまったので 本屋さんに並んでいた石坂さんの作品は 片っ端から読んでいきました。高校時代に限定すれば 石坂さんの作品が一番沢山読んだのかもしれません。さすがにお生まれが1900年という19世紀の最後の年ですから 小説の舞台になっているのが 戦中戦後を時代背景として描かれている場合が多いので その辺りの感覚が 逆に味わったことがなくて新鮮に感じてしまいました。石坂さんの作品は かなりの数が テレビドラマや映画の題材として取り上げられています。映画の主人公としては 当時人気ナンバーワンだったと思われる 石原裕次郎さんが演じておられましたから それなりにヒットが期待されていたのだろうと思います。私が一つ目の大学生だったころに リメイク版が次々に作られましたが その作品では 三浦友和さん辺りが主演されている場合が多かったように思いますから やはりそれなりにヒットすることを前提に作られていたのだと思います。
    私が沢山読んだ作家さんを三人あげましたが 石坂さんの作品が 読み直した回数は 一番多いのかもしれません。一番好きな作品は やはり最初のインパクトが凄く大きいからかもしれませんが 「光る海」です。時代背景も現代に一番近くて 親近感が湧くからかもしれませんが この作品はそれこそ何十回も読み直しました。沢山映像化されていますが 映像化された作品を先に見てしまうと どうしてもその役者さんのイメージが強く残るので なるべく先に原作の小説を読んでから 映像を見ようと心がけておりました。
    石坂さんの作品の代表作と言えるのかもしれない「若い人」で主人公の江波恵子を吉永小百合さんが演じていましたが 吉永さんでは 清純すぎて全くイメージと会わないのですが 先に映画を見てしまったので 小説を読み進めるのが 辛くて苦労した覚えがあります。吉永さんは ご本人の年代を描いた作品の主役を務められることが殆どでしたが あの映画は 明らかなキャスティングミスだと 私は思います。人気のある役者さんさえ持って来れば 取り敢えずはお客さんが入って ヒット作と言われるのでしょうが やはり役柄に会ったキャスティングを心がけてほしいと思います。
    今は 人気のある小説の場合 ネットで簡単に読み返すことができますので 今夜は「光る海」を凄く久しぶりに 読み返してみようかと 思っております。
     

  • 1月23日 久しぶりに 九州にいる従妹と連絡を取りました

    二月の頭に また大分県へ旅行に出かける事になりました。仕事を引退した後の移住先が 大分県の杵築市にあるダイワハウスプロデュースの杵築リゾートの一区画に 本決まりになりました。これまでに 石垣島から始まり 長野県 静岡県などを何度も訪れて 何とか納得のいく物件を見つけようと努力したつもりですが 杵築リゾートの物件に優る所が見つかりませんでした。私の要望は ゆったりとした土地(二~三百坪以上)を購入して 夫婦二人でのんびりした穏やかな生活ができる程度の自分好みの家を建てて 暮らしたい というものです。勿論 手持ちのお金にも限りがありますので あんまり贅沢なことは 考えておりません。
    ほどほどに自然が豊かな田舎であることが 望ましいのですが 本当の田舎町の場合 田舎独特の干渉や 理解しがたい風習があったり 面倒なお付き合いを求められる場合が多いらしいので 出来たらそんな面倒は 避けたいのが本音です。杵築リゾートの場合 四百区画ほどありますが その殆どに 私と同様に仕事を引退して のんびりしたいと考える 同世代の方々が 暮らしておられますから そのような田舎の面倒さの心配は 全くありません。
    この住宅内に 歩いて数分で行けるプライベートビーチがありますし 歩いていやはり数分で行ける 波止場は年中いろんな魚が釣れるのだそうです。まあ私は釣りは殆どやったことがない 完全な初心者ですので 道具をそろえて ご近所さんから師匠を探して 一からご指導いただいての事ですから 初めはなかなか超過も上がらないのでしょうが これまた魚をさばく技術も同時に習得したいのでやはり包丁から買いそろえて 魚をさばく名人に弟子入りして 徐々にそちらの技術の向上も目指していこうと思っております。
    唯一のネックは 大和ハウスプロデュースなので 建築業者の選択の余地がないために 通常の相場よりもかなり高い目の建築費を要求されそうなことです。とはいえ 土地が五百坪以上あるのに 一千万円以下で購入できますから そこらあたりを加味したら それにかなり質の高い家を建ててもらえそうなので 我慢できるのかなと 考えるようになってきました。そんなわけで 私の気持ちの上での 大分への移住が ほぼ決定しましたので いずれ大分県へ移住する予定です と九州の親戚筋への年賀状に かんたんなよこくのつもりで一言書き添えました。
    こちらとしたら いずれは九州方面へお伺いするつもりですよ といったごく簡単な挨拶のつもりだったのですが 従妹たちは 私が思ってもいなかった位に 過敏に反応されました。いつ頃 何のために どこへ移住するのかと 矢継ぎ早に質問が飛んできました。一応メールのやり取りを頻繁に行って こちらの移住したい気持ちや タイミング 具体的な移住先についての説明などは終えましたが やはり直接会って 説明したほうが より分かりやすいかと考えて 今回の旅行で 大分から福岡へ遠征して(高速を飛ばせば二時間弱の距離なので) かなり久しぶりにご対面の段取りをつけました。従妹たちとは 小学生のころには 夏休みのたびに 帰省しておりましたので かなり頻繁に会っておりましたが 互いに大人になってからは それこそお葬式の時ぐらいしか顔を合わせておりませんでした。
    そんな従妹たちとの久しぶりの再会が 今回の旅行のメインイベントではありますがその前後で 杵築市のディープな一面を知るべく活動してみようと考えております。大和ハウスとも 現実的な交渉を進めていこうと思っております。土地だけでも購入しておこうかと思いますし それぐらいの金額ならすぐにでも用意できます。但し土地を購入した場合 条件が付いていて 一年以内に家を建築しなければならないのだそうです。建築費の支払いが どのタイミングなのか聞いてみないとわかりませんが せっかく新築の家を建てるからには 完成したら 直ぐに住み始めたいのですが 私が移住できるタイミングは 父の寿命と関りがありますので 予測が難しいのです。父には 自力で生きていける以上は 一日でも長生きしてくれることを 本人も勿論私も望んでおります。
    ですから 何時から私が仕事を実際に引退して 移住できるのか さっぱり見当がつかないのです。それに自営業であるこの仕事を 自分でおしまいにするタイミングを決めるには 相当な覚悟と勇気が必要なことでしょうから 腰抜け野郎の私に その決断がすんなりできる自信がなさそうにも思います。まあ私は 会社を辞めて もう一度大学に入り直す 一大決心をしましたから その時よりは潔く決断できるだろうと思います。その辺りの微妙な現状を 大和ハウスの人間に理解してもらって 今できる最善のアプローチ がいかなるものなのか教えてもらいたいと考えています。
    わざわざ病院をお休みして でかけるのですから 十分に楽しむときには 楽しんで 移住問題が前進するように向けて 有意義な旅行にできたらと思っております。

  • 1月22日 各地で暖冬のために雪が全然ないとぼやかれています

    私は 全く自慢にも何にもならないことですが 病院を開業して以来この二十年以上 年がら年中 素足にサンダル履きで ごく当たり前に生活しておりました。所が 昨年素足だと 足の指先がかゆくなって 赤くはれる所謂しもやけの状態になってしまいました。そうでなくても 私は糖尿病を患っておりますので 糖尿病の恐ろしい症状として 手足の先端の血行が悪くなって も何にもならないことですが 病院を開業して以来この二十年以上 年がら年中 素足にサンダル履きで ごく当たり前に生活しておりました。
    所謂しもやけの状態になってしまいました。そうでなくても 私は糖尿病を患っておりますので 糖尿病の恐ろしい症状として 手足の先端の血行が悪くなって 感覚が鈍り 足の先の部分などに壊疽を起こす場合がありますが 最近私は少し足を冷やしてしまうと 足の指の間隔が鈍くなってきたように思うのです。奥様に話すと 寒いときには 足の先端の感覚なんて 鈍くなるのは当たり前のことで 今までそうならなかったのが おかしいと言われてしまいました。まあなんにしても 体の一部をあまり冷やしてしまうのは 将来的にも好ましくはないのでしょうから 今年の冬は 毎日靴下を履いて生活しております。別に裸足で生活することに 誇りを持っていたわけではないので 当たり前のことかもしれませんが 冬は靴下を履いて生活していますが なんとなく年老いたことを自覚させられているようで ちょっぴり悔しい気持ちもあります。
    そんなわけで 私は例年になく寒さを感じて かなり久しぶりに ずっと靴下を履いた生活をしておりますので 例年以上に今年の冬が寒いのではないかと思っていましたが 世間では暖冬のためにかなり大騒ぎになっているみたいです。スキー場に雪がなくて お客さんが呼べなくて 苦労なさっているというのは ニュースで見ましたが 新潟県や 長野県の北部のスキー場は 何とか例年よりも積雪量が少ないながらも スキーができる状態なのだそうです。現在は 若い方たちで スキーをする割合が低くなってきているみたいなので 私がスキー場に通っていた時代ほど混みあうことはあまりないのかもしれませんが それでもスキーというスポーツ自体は やってみると非常に楽しいスポーツですから それなりに賑わっていたはずなのに 肝心の雪がなければ スキー場として機能しませんから どうしょうもないでしょう。
    スキー場関連のお仕事をなさっている方にすれば スキーシーズンこそ 働ける時期であり それこそ一年分の収入を集中して 稼いでおられたのでしょうから 大変なんてものでは片づけられない大問題だと思います。農家の方々が 丹精を込めて育て上げられた作物を ほんの一夜の台風で 台無しにされて 泣くに泣けない状態になってテレビの取材に答えておられるのを見るのも かなりつらい光景ですが 自然相手に文句を言っても始まらないのかもしれませんが雪の降らない空を恨めしそうににらみながら インタビューに答えておられた スキー場の旅館の女将さんも お可哀そうでした。
    今年はこの時期に雪に埋もれて 幻想的な景色を楽しめる 岐阜の白川郷でも 例年は 雪を屋根にタップリと積もらせた 非日常的な光景をライトアップされて 更に素晴らしい雰囲気が楽しめるはずなのに 雪が一ミリも積もっていなくて 観光客の方々が ガッカリされていたのも 印象的でした。ただ白川郷は 雪が積もっていなくて ガッカリさせてはしまいましたが まだお客さんがやってきてくれただけでもまだましなのかもしれません。
    鎌倉が名物のお祭りを開催されている町では トラックで雪を運んできて 何とか鎌倉を作っているみたいですが 鎌倉を一つ作野に二も 何トンもの雪が必要なのだそうで 作り上げるのに凄く時間がかかっていて 準備の能率が上がらないとぼやいておられましたが 暖かいから当たり前ですが せっかく急ごしらえで作り上げた鎌倉も 出来上がったばかりなのにどんどん溶けていってしまい 何時までもつのか心配な状態なのだそうです。お祭りとして成立するのかどうか 疑問みたいですね。
    各地が雪を名物としてのイベントを沢山企画されているみたいですが 今年は企画倒れになりそうなイベントが 続出しそうで イベントスタッフの皆さんにお見舞い申し上げます。まあ雪が少ないおかげで 毎年必ず発生しているであろう 雪による被害や事故が 少なくて済んでいるのかもしれませんから いいことも全くないわけではないのかもしれません。但し 地球温暖化の影響で 日本の機構そのものに変化が生じているのは間違いないのだそうです。ここの所 台風と関連している場合が多いみたいですが 百年に一度と言われる規模の雨が 何度も降っています。当然そのような雨に対する対策までは十分に立てていられないので 各地で深刻な被害の爪痕が残っているみたいです。
    私の父の実家が 福岡県の朝倉郡杷木町にあります。何年か前に 台風による大雨で ひどい水害が起こったことが 全国版のニュースでも何度も放送されていました。私の覚えている印象としては もうかなりの昔と感じていましたが 今度の九州旅行の時に 久しぶりに杷木の父の実家を訪れようと思って 最近いとこと連絡を取りました。実家自体は 杷木の中でも高台にあったみたいで 何の被害も受けてはいないと聞いておりましたが 久しぶりに訪れることを告げると これまでの道は 橋が流されてそのままになっているし 川の通る道筋も 変わってしまっているので これまで通りの道は通れないので よく調べてから来るように との事を告げられびっくりしました。
    勿論杷木町としては 懸命に復興に向けて頑張っているのでしょうが 二年以上が過ぎた現在でも 以前にごく普通に通れていた道が 未だに通れない状態が続いているのだそうです。まあう回路が確保されているので 生活には支障がないのだそうですが なかなか以前の通りに復元できていないところが 少なからずあるという話を聞いて 被害者になっていないと 時間の経過とともに忘れ去ってしまいますが 大きなダメージを受けてしまうと 元通りの姿への復興は 難しいという事を知りました。
    昨年の 千葉県南部の台風による被害も どうしても関東地方の事ですから ニュースとしてもあまり扱われませんので その後の復興の状況などが皆目見当がつきませんが まだまだその爪痕は大きく残っているのかもしれません。地球温暖化が それこそ地球規模で確実に進行していることは 間違いないことのように思います。二酸化炭素を減らすために 誰にでもできる事 例えば駐車場に停車しているのに ずっとエンジンをかけっぱなしにしている人が 沢山います。注意した方がいいのかもしれませんが つまらない摩擦を生んでけんかになるのも 好ましくないので つい口をつぐんでしまいます。車は移動手段として 必要欠くべからざるものですから 移動しているときにエンジンをかけているのは 致し方がないのですが 停車しているときにエンジンをかけておく必要はないのですからエンジンを停止するという ごく当たり前の行為位は 自発的に実行していってほしいものです。まあ前向き駐車と書いてある駐車場に 殆どの車が 後ろ向き駐車をするようになってしまった日本では そんな簡単なことも難しいのかもしれません。