Dr.喜作のブログ

  • 1月22日 各地で暖冬のために雪が全然ないとぼやかれています

    私は 全く自慢にも何にもならないことですが 病院を開業して以来この二十年以上 年がら年中 素足にサンダル履きで ごく当たり前に生活しておりました。所が 昨年素足だと 足の指先がかゆくなって 赤くはれる所謂しもやけの状態になってしまいました。そうでなくても 私は糖尿病を患っておりますので 糖尿病の恐ろしい症状として 手足の先端の血行が悪くなって も何にもならないことですが 病院を開業して以来この二十年以上 年がら年中 素足にサンダル履きで ごく当たり前に生活しておりました。
    所謂しもやけの状態になってしまいました。そうでなくても 私は糖尿病を患っておりますので 糖尿病の恐ろしい症状として 手足の先端の血行が悪くなって 感覚が鈍り 足の先の部分などに壊疽を起こす場合がありますが 最近私は少し足を冷やしてしまうと 足の指の間隔が鈍くなってきたように思うのです。奥様に話すと 寒いときには 足の先端の感覚なんて 鈍くなるのは当たり前のことで 今までそうならなかったのが おかしいと言われてしまいました。まあなんにしても 体の一部をあまり冷やしてしまうのは 将来的にも好ましくはないのでしょうから 今年の冬は 毎日靴下を履いて生活しております。別に裸足で生活することに 誇りを持っていたわけではないので 当たり前のことかもしれませんが 冬は靴下を履いて生活していますが なんとなく年老いたことを自覚させられているようで ちょっぴり悔しい気持ちもあります。
    そんなわけで 私は例年になく寒さを感じて かなり久しぶりに ずっと靴下を履いた生活をしておりますので 例年以上に今年の冬が寒いのではないかと思っていましたが 世間では暖冬のためにかなり大騒ぎになっているみたいです。スキー場に雪がなくて お客さんが呼べなくて 苦労なさっているというのは ニュースで見ましたが 新潟県や 長野県の北部のスキー場は 何とか例年よりも積雪量が少ないながらも スキーができる状態なのだそうです。現在は 若い方たちで スキーをする割合が低くなってきているみたいなので 私がスキー場に通っていた時代ほど混みあうことはあまりないのかもしれませんが それでもスキーというスポーツ自体は やってみると非常に楽しいスポーツですから それなりに賑わっていたはずなのに 肝心の雪がなければ スキー場として機能しませんから どうしょうもないでしょう。
    スキー場関連のお仕事をなさっている方にすれば スキーシーズンこそ 働ける時期であり それこそ一年分の収入を集中して 稼いでおられたのでしょうから 大変なんてものでは片づけられない大問題だと思います。農家の方々が 丹精を込めて育て上げられた作物を ほんの一夜の台風で 台無しにされて 泣くに泣けない状態になってテレビの取材に答えておられるのを見るのも かなりつらい光景ですが 自然相手に文句を言っても始まらないのかもしれませんが雪の降らない空を恨めしそうににらみながら インタビューに答えておられた スキー場の旅館の女将さんも お可哀そうでした。
    今年はこの時期に雪に埋もれて 幻想的な景色を楽しめる 岐阜の白川郷でも 例年は 雪を屋根にタップリと積もらせた 非日常的な光景をライトアップされて 更に素晴らしい雰囲気が楽しめるはずなのに 雪が一ミリも積もっていなくて 観光客の方々が ガッカリされていたのも 印象的でした。ただ白川郷は 雪が積もっていなくて ガッカリさせてはしまいましたが まだお客さんがやってきてくれただけでもまだましなのかもしれません。
    鎌倉が名物のお祭りを開催されている町では トラックで雪を運んできて 何とか鎌倉を作っているみたいですが 鎌倉を一つ作野に二も 何トンもの雪が必要なのだそうで 作り上げるのに凄く時間がかかっていて 準備の能率が上がらないとぼやいておられましたが 暖かいから当たり前ですが せっかく急ごしらえで作り上げた鎌倉も 出来上がったばかりなのにどんどん溶けていってしまい 何時までもつのか心配な状態なのだそうです。お祭りとして成立するのかどうか 疑問みたいですね。
    各地が雪を名物としてのイベントを沢山企画されているみたいですが 今年は企画倒れになりそうなイベントが 続出しそうで イベントスタッフの皆さんにお見舞い申し上げます。まあ雪が少ないおかげで 毎年必ず発生しているであろう 雪による被害や事故が 少なくて済んでいるのかもしれませんから いいことも全くないわけではないのかもしれません。但し 地球温暖化の影響で 日本の機構そのものに変化が生じているのは間違いないのだそうです。ここの所 台風と関連している場合が多いみたいですが 百年に一度と言われる規模の雨が 何度も降っています。当然そのような雨に対する対策までは十分に立てていられないので 各地で深刻な被害の爪痕が残っているみたいです。
    私の父の実家が 福岡県の朝倉郡杷木町にあります。何年か前に 台風による大雨で ひどい水害が起こったことが 全国版のニュースでも何度も放送されていました。私の覚えている印象としては もうかなりの昔と感じていましたが 今度の九州旅行の時に 久しぶりに杷木の父の実家を訪れようと思って 最近いとこと連絡を取りました。実家自体は 杷木の中でも高台にあったみたいで 何の被害も受けてはいないと聞いておりましたが 久しぶりに訪れることを告げると これまでの道は 橋が流されてそのままになっているし 川の通る道筋も 変わってしまっているので これまで通りの道は通れないので よく調べてから来るように との事を告げられびっくりしました。
    勿論杷木町としては 懸命に復興に向けて頑張っているのでしょうが 二年以上が過ぎた現在でも 以前にごく普通に通れていた道が 未だに通れない状態が続いているのだそうです。まあう回路が確保されているので 生活には支障がないのだそうですが なかなか以前の通りに復元できていないところが 少なからずあるという話を聞いて 被害者になっていないと 時間の経過とともに忘れ去ってしまいますが 大きなダメージを受けてしまうと 元通りの姿への復興は 難しいという事を知りました。
    昨年の 千葉県南部の台風による被害も どうしても関東地方の事ですから ニュースとしてもあまり扱われませんので その後の復興の状況などが皆目見当がつきませんが まだまだその爪痕は大きく残っているのかもしれません。地球温暖化が それこそ地球規模で確実に進行していることは 間違いないことのように思います。二酸化炭素を減らすために 誰にでもできる事 例えば駐車場に停車しているのに ずっとエンジンをかけっぱなしにしている人が 沢山います。注意した方がいいのかもしれませんが つまらない摩擦を生んでけんかになるのも 好ましくないので つい口をつぐんでしまいます。車は移動手段として 必要欠くべからざるものですから 移動しているときにエンジンをかけているのは 致し方がないのですが 停車しているときにエンジンをかけておく必要はないのですからエンジンを停止するという ごく当たり前の行為位は 自発的に実行していってほしいものです。まあ前向き駐車と書いてある駐車場に 殆どの車が 後ろ向き駐車をするようになってしまった日本では そんな簡単なことも難しいのかもしれません。

  • 1月21日 安楽死について

    昨夜 不愉快な電話が入りました。いきなり安楽死をしてほしいのだが 幾らかかるのか という要件でした。そんな言い方をする飼い主ですから 最初から断ろうと思いながら応対しておりましたら 苦しみだしたのは ついさっきからなのだそうで 年齢がもう十二歳だから いつ死んでも不思議がないので 安楽死をしてほしい という話でした。安楽死については 受け入れて 実施している病院もあれば 絶対に無条件でお断りの病院もあるみたいです。院長先生の考え方次第なのでしょうが 私は 飼い主さんやそのペットの状態を十分に把握したうえで 安楽死しか選択肢がないような状況の場合は 心ならずもその処置を実施するように心掛けております。
    人間もそうですが あまりに大きな苦痛を訴えて のたうち回っているような状態で そんな病状に対して有効な治療法が見つからない場合には やみくもに長生きさせるよりも ペット本人と 飼い主さんの気持ちを思い量って 安楽死という苦渋の決断をする場合があります。具体的なやり方は 呼吸中枢に働きかけて 呼吸を速やかに停止する薬を 静脈注射します。スムーズにその薬を投与できれば 眠るように安らかに 心臓が停止してくれます。苦痛で暴れたりして 静脈注射が スムーズにできない場合は 苦労することもありますが 飼い主さんが上手に協力してくれれば 何とかやり遂げることができております。
    但し 十分な問診や検査をして 回復する見込みが見つからない場合で それまでに飼い主さんがその子の治療に十分手を尽くされてそれでもいい方向に向かう可能性が殆どないと 私が納得した場合にしか 安楽死の要望を受け入れません。電話がかかってきた犬は まだ十二歳ですから 高齢犬の部類ではありますが 人間でいうと現在の私と似たり寄ったりの年齢なのです。もし私が急に体調を崩して苦しんでいたとしても 十分な検査や治療をしないうちに 家族から安楽死の提案が出されたら 断固拒否するでしょう。その辺りの事を 出来るだけ穏やかな口調で説明したつもりでしたが すごい剣幕で ののしられながら 電話を切られました。
    またまたうちの病院の悪口を その類のサイトにデカデカと書き込まれて 更にうちの病院の評判が落ちてしまうのでしょうが 私も納得のいかない処置 特に命に係わる医療行為は 絶対にできないので致し方がなかったかなあ と考えております。まあ私も 病院の売り上げで 生活しておりますし 将来の貯えもその中から捻出しておりますから 少しでも売り上げを多くしたい気持ちはあります。安楽死に用いる薬は 治療薬ではありませんので 一匹分が原価でほんの数十円しかかかりません。それでいて 安楽死の処置料そして時間外対応料を含めますと 数万円は 稼げましたので ただでさえ病院が暇な時期としては 大きな金額ですが 勿論私はお金のためだけに 働いているわけではありませんから こちらとしては丁重にお断りしてよかったと思います。
    電話をかけてきた飼い主に飼われている犬に 今後どのような運命が待っているのか分かりませんが 恐らくちゃんとして病院で きちんとした治療を受けさせてはもらえないのでしょうから 苦しい思いをするだけ 辛い思いが長引くだけなのだとしたら 安楽死してあげたほうが よかったのかもしれませんけれど その飼い主は 自分のペットに対して殆ど愛情を感じていない人みたいでしたから そんな輩とは 関わり合いを持たなくて やっぱりよかったのだお思います。その子の残された人生に 幸多からんことだけをお祈りしております。

  • 1月20日 歯医者さんに出かけてきました

    私は 恥ずかしながら 本当に腰抜け野郎の臆病者です。歯医者さんに出かけるのが 怖くて怖くてたまりません。ですから いつもいつも自分の歯に違和感を感じた時に すぐに歯医者さんに出かければ 悪い所を削って薬を詰めて 削った部分にかぶせものをする 治療に 勿論苦痛は伴うでしょうが 大して時間もかからず 無駄なお金もかからず 結果的には 大して痛い思いもしないで済むことが 分かり切っているのに 出来ないのです。毎回毎回 痛くて我慢できないほど悪くなるまで ほったらかしにしておいて というかほっておいても悪化する一方で自然に快方に向かう事などあり得ないのに 歯医者さんに出かけるのを遅らせてしまいます。
    その為に 大切な歯が ボロボロになってしまっていて とても生きたまま治療することが かなわず 直ぐにその歯の神経を殺すことから治療が始まります。歯は 一本一本が生きているのです。神経を殺すことは その歯の命を抹殺することなのです。生きていれば その歯自身が 再生に向かうこともありますし ダメージを受けたら 痛みや違和感といった 合図を送って私にその歯の異常を知らせてくれます。所が その歯の神経を殺してしまうと 勿論全く痛みは感じなくなりますが 生体反応が 当然無くなりますから あとは朽ち果てて崩壊していく一方なのです。無論歯そのものは残存していますから いい加減に削って その歯の残った部分を土台として 元の歯と同様の形のかぶせものをしますが がれきの上に家を建てたようなものですから いずれは 崩れて消失してしまうのだと思っております。
    そこで 前回歯の治療に 歯医者さんにかかった最後が 昨年の七月でしたので その時に半年後にまた呼び出しをかけてもらって 虫歯や歯石 歯茎の状態などをチェックしてもらうことを 予約しておきました。先日その歯医者さんから電話がかかってきて 呼び出しがかかりまして 本日歯医者さんに出かけてきました。痛くてたまらなくなってから しょうがなくて歯医者さんに出かけるのではありませんから いつもよりは気楽な気分でしたが やはりどんな痛いこと 怖いことが待っているのかと 不安は少なからずありました。
    治療する椅子に座ると 先生ではなくて歯科衛生士のお姉さんが 対応してくれました。まずは 歯と歯茎の状態をチェックされて どうしても歯と歯茎の境目に付着しがちな歯石が そこそこ溜まっているので まずはその歯石の除去から 作業が始まりました。大して痛くはないし 別に歯を削っているのではなくて スケーラーで歯石を振動させて割って除去しているだけなのですから 別にそんなにビビる必要がないことは 分かっておりますが やっぱり結構違和感はありましたし 十分に怖かったです。更には 歯茎が炎症を起こして晴れている部分に薬を塗布したり歯間ブラシで 磨きづらい部分を十分にきれいな状態にして 本日の処置が終わりました。最後の方は 処置は 結構痛みを伴いましたし その分そこそこ出血もしましたが 何とか涙を流さずに辛抱できました。
    現在の所 虫歯の心配は全くないし 歯ブラシの届きにくい部分に どうしても歯石が大目についていたので その部分を意識して しっかりと歯磨きを励行するように指示されて 本日の処置が終了しました。やっぱり半年後に 歯や歯茎の状態をチェックされるとわかっていますと 普段からの歯磨きがいつもよりも丁寧になっていたので 虫歯の心配が全くない状態が維持できたのだと思います。今後もアドバイスされた部分をしっかりと磨いて より歯石がつきにくい状態を維持しようと思います。帰りにまた半年後の予約を入れましたので 今後も歯磨きを頑張ろうと思います。歯の状態が良ければ そのまま長生きにつながると言いますので 今後も定期的には医者さんを訪れて いい状態を保っていこうと思っております。

  • 1月18日 新春句会なるものに参加してまいりました

    この句会は 私が昨秋から参加させていただいております 枚方市の俳句同好会 努(ゆめ)句会の 新年の恒例行事なのだそうですが 枚方 交野にある同門の つまり同じ俳人の方にご指導いただいております四つの句会が合同で行われる 新春の時期に開催される特別な句会です。特別な意味合いは 普段からご指導いただいております 俳人つまりプロの俳句を作っておられる先生が 東京に在住なのだそうですが 年に数回特別な句会にだけ 大阪まで出張いただいて 直接ご指導いただけるのです。
    いつもの句会ですと 参加する人数が十人前後ですが 今回は四句会合同なので 二十人以上と多いので 会場もいつもとは異なり大きな部屋で開かれました。一番の上座の正面に 顧問の先生が座られていましたので 私は年齢的にも若輩者ですし 一番の新参者であり 俳句についても勿論一番の初心者ですので 一番の下座と思われる席に着席しておりました。努句会の幹部の方が会場に入ってこられて 私が呼ばれましたので 前の方に出向きますと 顧問の先生に直接紹介されました。「若手の有望株です」などとくすぐったくなるような紹介をされてしまいました。私も還暦を通り越しましたが この集まりの中では最年少でありますし 数少ない男性会員なので 期待されてはいるのかもしれません。この集まりの男女比は 男性が四割にも満たないのかもしれません。
    やるべき作業は いつもの句会と同じですが 私は十二時まで仕事をしてから 会場に向かいましたので 遅刻して準備段階で 到着しました。いつもの句会のように 提出された俳句が 人数が多いので百以上もありましたが 清記されたものが 各自に配られました。それらから 自分の気に入った俳句五つを選んで 提出しなければなりませんので 慌ててそれらの俳句に目を通そうとしましたが 直ぐに顧問の先生の俳句についての講演が始まりましたので そちらに注目しました。ホワイトボードに 四つの俳句が書かれてあり その俳句についてや 作者 時代背景などが説明されて それらの俳句の解釈の仕方などが説明されましたが 何しろ俳句についての 基礎的な知識が殆どありませんので 十分に理解できたかと問われれば 残念ながらノーと返事をせざるを得ない状況でした。 
    まああまり理解が伴わないのですが 退屈しない程度で先生の講演が終わりましたので 沢山の俳句から 自分のお気に入りの俳句ベストファイブを選ぶ作業が始まりました。選んだ俳句は 後ほどみんなの前で発表されますので 慎重に選びます。私は とにかく俳句についての基礎的な知識が乏しいので 俳句には よく使われる言葉や 慣用的な表現への理解が乏しいので 俳句特有の表現がされていると その内容が理解できませんので 必然的にそのような俳句は 私の選から外れてしまいます。読めない漢字表記の言葉や 聞いたことがなくてその意味合いが見当もつかない言葉を使われている俳句も 同様に外されてしまいます。
    別にどの俳句が気に入ろうと 自分の勝手なのですが やっぱりほかの方がいいと感じられた俳句を 選んでいれば ホッとします。所が 私だけがいいと感じた俳句がいくつもあると やっぱり俳句に対する感性がまだまだ未熟なのかもと 心配になってしまいます。本日の選句でも 五つのうち 二つが 私だけの選句になってしまいました。まあその句の作者にしてみれば たとえ私だけでも 選んだわけですから いやな気分ではないはずですが 後ほど選んだ理由をみんなの前で発表しなければなりませんから 自分だけが選んだりしていると 選んだ理由を述べるときに かなり緊張してしまいます。ほかに選句した三つは 結構ほかの方も選ばれていましたので ホッとしました。
    私は 直近の句会で 二回続けて一つも選ばれない 残念な結果に終わっておりましたので この句会でも一つも選ばれないのではないかと 心配しておりました。先生の俳句も含めて 百以上も並んだ俳句から ベストファイブに入ったと思っていただけなければ 選ばれないのです。但し今回の句会では 有難いことに 二つの俳句を拾っていただけました。
    一つは 先日このブログで披露しました「去年今年 狭間探すれど 継ぎ目なし」です。この句については 先生からも 「なかなか良い句だ」とお褒めの言葉を頂戴しましたので とても嬉しかったです。もう一つは「晩三吉(おくさんきち)晩性もよし 大器なら」という句でした。晩三吉というのは 冬の季語で 正月から春ごろにかけて 収穫される梨の一種で 収穫時期がとても遅いので有名な品種です。晩成もよし大器なら というのは大器晩成という熟語をひっくり返して表現しただけの事でした。お一人の方が気に入ったと 選んでいただけましたが 先生からは 下五の「大器なら」という表現が ありきたりで面白くない と指摘されてしまいました。
    大器晩成 という誰もが知っている四字熟語を もじって表現できたので 簡単に安心してしまったのですが 努句会の先輩から「人もまた」といった表現の方が よかったのではないかと アドバイスいただきましたので 凄く納得しました。やっぱり 俳句においては ありきたりな表現で満足するよりも さらに広がりを求めての 一層の努力を怠ってはいけないのだと 実感しました。俳句は 本当に立った十七音の中で 無限の表現ができる 奥が深くて 本当に面白い 文学だと思います。短く 簡潔に表現するのが 大の苦手の私ではありますが あえて自分の苦手な分野に 挑戦するのが 楽しいので 今後も一層俳句にのめりこんでいきそうです。

  • 1月17日 1995年の本日未明に 阪神淡路大震災が起こりました

    いつの間にか この大きな災害から二十五年が過ぎました。当時は 病院を開業してから間もなかったので 改築する前の病院の二階に一人で寝起きしておりました。未明の事ですから 当然まだぐっすりと寝ておりました。ぐらっと来た時に 瞬時に目を覚まして私がすぐにとった行動は 台所に移動して 食器棚と本棚の間に立ち これらの家具が倒れないように 手で支えておりました。恐ろしい瞬間なので 実際よりも長く感じたのかもしれませんが 十数秒も揺れていたでしょうか。揺れがおさまったので 直ぐにテレビをつけて 地震のニュースを確認しました。直ぐに臨時ニュースが流れて どうも神戸の辺りに震源があって 枚方のこの辺りは 結構揺れましたが 大した被害はなさそうな状況でした。
    私はこれまで経験した地震の中で 一番大きな揺れを感じました。ずっと離れたこの辺りでも 相当な揺れでしたから 震源地の神戸の街は いったいどのような被害を受けたのか 心配になりましたが 落ち着いて考えて 取り敢えずは一階に降りて 病院の様子を確認しました。ほとんど何も異常は見つからず 薬だなから プラスチック製の薬の入れ物が 一つだけ床に転がっておりました。トイレを除くと トイレットペーパーを積んでいる突っ張り棚が傾いていて トイレットペーパーがに二つほど 床に落ちていましたので 元に戻しました。我が家の被害は 薬瓶一つと トイレットペーパーが転がり落ちただけで済んだみたいです。
    只後になって 冷静になり自分のとった行動が適切であったのかと考えれば 大いに反省する必要があるみたいでした。私のこれまでの経験から判断して 地震といってもそんなに立っていられないほどには揺れないだろうといった 甘い見込みがあったのかもしれません。もしこの枚方が震源地に近くて 揺れが段違いに大きかった場合 大きな家具の間に立つなんて 一番してはいけない行動のようです。もし自力で立っていられないぐらいに揺れがひどかったら 自分が倒れて その上に大きな家具がのしかかってきたかもしれないからです。食器棚や 本棚が たとえ倒れて本や食器が放り出されたとしても 我が身の安全を優先して考えて行動すべきだったはずです。それ以来 大きな揺れを実感する地震で出会ったことはありませんが それからはとにかく揺れを感じたら まずは我が身の安全を図る行動をとろうと日頃から自分に言い聞かせております。
    日本のあらゆる地域で 地震や台風などの自然災害によって 多くの方が被害を受けておられます。私は別に少しでも安全な地域で暮らそうなどという意識は全くありませんが 生まれてからこの方 大した被害を受けずに済んでおります。自分のふしだらな生活によって 糖尿病と心臓病を患ってはおりますが 病気に気づいてからは なるべく病気の進行が遅くなるように 少しでも元気で長生きできるように意識して 病院に通い 先生のアドバイスに従って生活しておりますので 病気もまあ年齢を考えれば致し方のない程度かなと 思える位の状態を維持できておるつもりです。
    勿論 いつ突然命に係わる病気が発覚するか分かりませんし 交通事故などで命を落とす可能性は 毎日車を運転しておりますからには 常に覚悟が必要かもしれません。まあこれまでは 幸いにも災害の被害や 病気による災いから 運よく巡り合わずに 生きてこれましたが この幸運がいつまで続くのか 全く保証がありません。まあ一人の人間としては 毎日真っ当に生きて 無事に寿命が尽きる日を迎えられることを祈るばかりです。私のような被害を受けていない人間からすれば あっという間の25年ですが 被災されて 財産や家族を亡くされた方にとっては 辛くて悲しい日々だったと思いますので 心よりご冥福をお祈りいたすとともに 真の復興を目指して頑張っていただきたいと 願います。

  • 1月15日 去年今年(こぞことし) 狭間(さま)探せども 継ぎ目なし

    18日の土曜日に 参加させていただいております 俳句の集まりの新春句会に提出する 一番の自信作です。昨年の九月から 月に一回のペースで開かれます句会に参加させていただいております。初めて参加しましたのは 市役所のホームページを見ていて 俳句の同好会のような集まりからのメンバー募集のお知らせに 電話をかけてみたのがきっかけでした。毎週第二水曜日に 一時から枚方市駅の近所の部屋に集まって句会なるものを開いて 楽しんでいるのだそうです。電話を受けていただいた方から 翌日の一時からの句会に参加するように指示されました。今から急いで五つの俳句を作って 短冊という長細い紙に書いて 提出するように言われました。
    正直俳句については 五七五の十七音で 季節に合った季語を含めて 気持ちや情景を詠みこむもの としか分かっておりませんでしたので ネットで初心者向けの 説明の分かりやすい歳時記を見つけて その時期の夏から秋にかけての季語を見つけて 気持ちを詠みこむ十七音を 慌てて作りました。最初でしたから 訳も分からずに 指定された時間に 指定された場所に出かけて 自作の俳句を提出して 句会なるものが始まりました。最初に皆が提出した俳句の書かれた短冊を配られて 一人が五つずつ 一枚の紙きれに 書き写す作業から始まりました。他人の手によって書き写されることにより 筆跡によって誰が作った俳句か分からなくするための作業なのだそうです。その書き写した紙をコピーしたものを 全員分配られます。そこでその日に提出された すべての俳句を読みます。
    その中で 無論自分の句を除いた俳句から 気に入った もしくは心に響いた俳句を五つ選んで またもう一枚の紙に書いて 提出します。その結果 全員から選ばれた俳句が発表されます。私は 大急ぎで作って 訳も分からないまま提出した五つの俳句のうち 三つもが どなたかの琴線に響いたみたいで 選ばれました。全くの初心者が 短時間であわてて作って 提出しただけなのに そんなに気に入ってもらえて 選んでいただけるなんて 俳句って割と簡単なのかもしれないと 一瞬勘違いをしてしまいました。
    それから数か月 先輩方のアドバイスを受けて 指導書や入門書を買い込んでは 読んでみましたし 先輩から何よりも沢山の俳句を作っていくうちに どんどん上達していくと 助言を頂きましたので 何かといえば 十七音で その場の気持ちを表現するように心掛けて生活してみました。最初が殆どゼロの状態から 始めておりますので 勉強した分 俳句については 少なくとも初歩的な技術や よく使われる季語についての知識などが 幾らかは増えたはずですから 句会で選んでもらえる句の数も増えていくものかと思っておりましたが 俳句という文学は そんな単純で底の浅いものではないので 句会で自分の句が選んでもらえる数がだんだん少なくなってきて 直近の二回の句会では 一つも選んでもらえない悲しい事態に陥ってしまいました。
    勿論 私が俳句作りを始めたのは 句会で参加者に選んでもらうため 等では決してありません。自分の気持ちや感動した情景を たった十七音で 思う存分表現してみたい という事だったはずです。ですから句会で 自分の提出した句が 選んでもらえなくても 別に落ち込む必要がないことは分かっているつもりです。前々回の句会には この句会の顧問の先生 つまりプロの俳人と呼ばれる方の俳句も五つ混ぜられていたのだそうです。プロの俳人の作品ですから 当然技術的には アマチュアの作った俳句に比べて 数段上回っているはずですが 取り立てて先生の俳句に 指名が集中したわけでは 全然ありませんでした。ですから上手な俳句に 参加者が指名をするわけではないのです。勿論拙い句には 指名は 入らないでしょうけれど。
    その理屈は分かっておりますが やっぱり誰からも選んでもらえないと ガッカリしてしまいますし 至って寂しい気持ちになるのです。SNSでみんなが「いいね」ボタンを欲しがるのと同様の気持ちだと思います。人間というのは 幾つになっても どんな生活をしていようと 見栄っ張りな生き物なのだと思います。まあもっともっと 俳句について勉強して 上達すれば 自ずと句会で指名される句が作れるようになるのだと思いますので 今後も俳句の道を 頑張って歩んでいこうと思っております。世の中の 俳句を趣味となさる 同志の皆さん ともに精進していきましょう。

  • 1月14日 中国から 怪しげな病気が広まりそうで 心配です

    現在の所 まだ中国で発生した 新型ウイルスによる肺炎は 発生したと言われている都市内でしか 感染したとされる患者が報告されていませんが 中国と人の行き来がある国や地域には 遅かれ早かれ感染者が報告されると思います。中国という国は 自国にとって不都合な事情が発生すると とにかく一応は対面を気にしてなのかもしれませんが 隠ぺいする体質が 凄く強いことは 間違いありません。ですから 発生源と言われている市場を 取り敢えずは封鎖して見せたりして 感染者数なども一応発表していますが その数自体正確なものか はなはだ疑問だし 未だ死者が出たことは報告されていないみたいですが 隠しておけない状態になればいずれ 死者の報告もなされると思います。
    日本人の場合 律儀に 危険地域にいたことを 事前に報告しそうですが 中国人の場合 これまた個人でも都合の悪いことは 隠そうと試みるのでしょうから 感染の事実の確認が遅れてしまうのかもしれません。とにかく私は 中国という国とその国民性が 大嫌いですから 出来たら中国とは 国交を断絶してしまってほしいのですが 現実には中国とつながりを持たなければ 相当に日本に不都合が起こりそうなので 残念ながら そのような希望を大きな声では 申し上げられません。
    中国なんて 首都の北京自体が まともにというか ごく普通に健康的な生活できる状態ではないのですから どこでどんな病気が発生しても 全然不思議ではありません。とにかく中国という国は 自分の所の都合しか考えていませんから 近隣の国が多大な迷惑を被っています。今回の訳の分からない 従って適切な治療法が確立されていない 恐ろしい伝染病により日本が受ける被害が 出来るだけ少なくて済むことを望みます。出来たら 今回の事件をきっかけに 中国との国交を断絶する方向に向かってくれればうれしいのですが 現実には 難しいのだと思います。ただし 今回の伝染病が 世界各地に広まるのは 間違いないことなので 感染者の方々が 命に係わることがないようにだけ 心からお祈りいたします。

  • 1月13日 早朝に来院された ハムスターが殆ど治療する間もなく息を引き取りました

    当院は ペットの緊急事態に出来るだけ治療させていただきたいので  電話をかけていただいたら 深夜でも早朝でも可能な限り対応しようと思っております。今朝 まだ暗いうちに電話がかかってきました。ハムスターは夜行性の動物ですから 普段なら夕方から起きだしてきて 一晩中活動するのだけれども 昨夕から 巣箱から全然出てこないので 心配していたけれども 一晩様子を見ていたのだそうですが さっき巣箱から取り出してみたら 呼吸の間隔が大きくて いまにも止まりそうなので 直ぐに見てほしいとのことでした。
    直ぐに来院してもらい対応しました。朝の一番冷え込む時間なので 受付と診察室の暖房のスイッチを入れて 小動物の診察をするための準備をして 待機しておりましたら かなり急いでこられたらしくて 予想していたよりも早く駆けつけてこられました。まずはカルテを作りたいので 飼い主さんにいろいろとお尋ねしたいのですが 今にも呼吸が止まってしまいそうだという事で 取り敢えず診察室に入っていただき 診察を始めました。年齢はまだ一歳位なのだそうですが ここの所食欲が落ちてきていて かなり痩せてきていたとのことでした。
    まずは体重を量りましたが 通常の体重の半分ほどしかありませんでした。いわゆる骨と皮ばかりの状態ですから ここ数時間で急に体調が悪くなったのではないのかもしれません。呼吸がいまにも止まりそうな状態でいたので 手術室に移動して 小動物用のマスクをかぶせて 人工呼吸を始めました。それでも呼吸が戻りそうになかったので 呼吸を促進する薬を注射で投与してみて 更に人工呼吸を続けてみましたが 回復の兆しが感じられません。聴診器を当てると 心拍数が通常の三分の一ぐらいしかないし その拍動自体が微弱で いまにも止まりそうな状態でしたので 心臓の拍動を促す薬を注射で投与して 心臓マッサージを施しましたが 心臓の活動はみるみる停止していき やがて心停止の状態に至りました。
    来院されてから ほんの数分の出来事でした。生まれたばかりの犬猫は 体重が数百グラムしかないものもあります。ハムスターや小鳥などの 小動物は 成獣になっていても 体重がほんの数十グラムしかないものも珍しくありません。本日来院されたハムスターも たとえ大人であっても ほんの数十グラムしかありませんから生まれたての犬猫の十分の一以下しか体重がありません。ましてや本日来院した子は 通常の半分ぐらいしか体重がありませんでしたから 何も異常を示していなくても 生きていくのに心配な状態だったのかもしれません。
    人間でも大人の場合 体調に異常が現れても 一日二日様子を見て 回復しないようであれば 病院にかかっても 間に合うのかもしれませんが 赤ちゃんそれも生まれて間もない新生児の場合 普段と異なる状態が そのまま命に係わることも珍しくないのかもしれません。ですから小さな動物の場合 本来持っているはずの体力自体が 極小さいので 些細な異常が起こっただけでも 命が危険にさらされている場合も少なからずあるのだと思います。ですから 面倒を見ている動物が小さければ小さいほど のんびりと様子を見ている暇などないと 知っておかれた方がいいように思います。本日来院した子にしても 元々栄養状態が凄く悪かったこともありますので 本来もっと早い段階で 病院にかかる必要があったように思いますが せめて昨夜 いつもと違って元気がなかったことに気づいたときに すぐに病院に来て 治療を始めれば あるいは元気になってくれたのかもしれません。
    人間の場合も そうですが 大したことがないのに 病院にかかってしまうのは 面倒だし 余分な出費につながるのかもしれませんから ある程度様子を見られることも 致し方ありませんが 小動物の場合 犬猫を飼っていらっしゃる方以上に その子のごく小さな異常が 命に係わるサインである可能性が少なからずありますので 見逃さないように心掛けて 機敏に対処してあげていただきたいと思います。

  • 1月12日 ラグビーのトップリーグが開幕したのだそうですが お客さんが大勢やってきたのだそうです

    昨年 日本でラグビーのワールドカップが開催されて 日本チームが 予選リーグを全勝して 初めて決勝トーナメントに進出しましたので それまでラグビーに全く興味のなかった人たちが 俄かラグビーファンになったのだそうです。ラグビーは サッカーに比べて 観戦する上で 最低限度知っておくべきルールが かなりたくさんあるように思います。得点の計算方法も サッカーのようにゴールが決まれば一点という単純なものではありません。十五人それぞれにポジションがあって 果たすべき役割も異なります。少なくとも 各ポジションの名前と 立ち位置やその求められる役割位は 覚えてから ラグビーのファンとして試合を観戦に出かけてもらいたいものです。
    前回のラグビーワールドカップで 今回優勝した南アフリカに 歴史的な勝利をおさめて ほんの一瞬だけ注目を集めました。翌シーズンには ほんの少しだけトップリーグの観客数も増えましたし 高校生のラグビー部員もほんの少しだけ増えたのだそうです。ただし その歴史的勝利の効果は 本当に一時的に終わってしまって 一年後には元の木阿弥に戻ってしまったのだそうです。ですからラグビー協会としては 今度のワールドカップの活躍により集まった注目を一時的なものに終わらせたくなくて 必死に頑張っているみたいです。
    私は 正直サッカーに殆ど興味がありませんが ワールドカップが開催されていて たまたま日本がここの所連続して出場できていますので 大会開催期間だけ一時的にサッカーファンになる方々には 正直辟易としております。普段から地元のJリーグのチームを地道に応援している方々が サッカー界の最高レベルでのお祭りに 盛り上がるのは 微笑ましくて 凄く好ましく感じます。但し普段の Jリーグにさえ全く興味を持っていなくて 地元のチーム名すら正確に覚えていないような俄かファンが サッカーについて分かったような言葉を吐くのは 不愉快極まりないと思ってしまいます。
    ですから ラグビーの俄かファンも たまたま日本チームの主将であったリーチマイケル選手の名前と顔を覚えたのであれば 声援を送るのはいいけれど せめてその所属するチームの特色や ここ数年の成績 彼のポジションや チーム内で求められる枠割 出身国位は 勉強してから応援してほしいと 思います。一つのスポーツをちゃんと応援しようと思えば ある程度日本におけるラグビーというスポーツの成り立ちや 高校生 大学生 社会人のプレーヤーの 立場の違いなども りかいしてから ラグビーファンと名乗ってほしいと思います。
    私がラグビーファンになったのは 中学生の頃でした。転向した中学校にたまたまラグビー部があって 結構仲の良い友人がレギュラーとして頑張っていたので 放課後に行われた 他中学との練習試合を見てから 大好きなスポーツになりました。それまでは ドロドロになって練習や試合をしているので あまりいい印象は持っていませんでしたが 男と男が真剣に体をぶつけあって戦っていましたので 素晴らしいスポーツだと気づいてから 見ることも自分でやることも 大好きになりました。
    進学した四条畷高校が 私が通っていたころは 京大にもかなりの数の合格者を出す進学校になっていましたが 昔は ラグビーで国体に出場して全国で準優勝した歴史がありましたので 高校内でのラグビー熱は意外に高いのです。体育の授業の延長線上に クラス対抗のトーナメント試合が企画されて みんな目の色を変えて真剣に取り組んでおりました。三年生の時には トーナメントで優勝しましたので 凄く盛り上がったのを覚えております。そのように私は五十年近いラグビーファンですから 俄かファンの方々を 嫌っているわけではありませんが 多分来年にはラグビーに対する関心が無くなってしまうのだろうとしか 思えなくて 正直な気持ちあまり歓迎しておりません。でも日本国民のラグビーに対する関心が少しでも高まればその分 間違いなく日本チームの実力の向上につながることだと思いますので 俄かファンの一割でも二割でもいいので 本当のラグビーファンになっていただけたらとても嬉しいです。

  • 1月11日 本日は鏡開きの日なのだそうです

    鏡開き という言葉には 二つの意味合いがあるのだそうです。一つはお正月にお供えしてあった鏡餅をありがたく頂戴する意味合いなのだそうです。神様にお供えした 有難い鏡餅を頂くことで この一年間の無病息災を願うための行事なのだそうです。昔の鏡餅というのは 結構大きかったので そのまま焼いて食べるわけにはいきませんが 包丁などの刃物で切るのは 切腹をイメージさせるので 縁起が悪いと言われていて トンカチなどで 割って適度な大きさにしてから 焼いて善哉やお雑煮に入れて 食べたものなのだそうです。
    鏡餅は 年末から二週間足らず 大抵床の間辺りに飾ってありますから 一月の十日には カビがしっかりと生え始めています。カビの生えた部分は 結果的に包丁などで こそげ落としてから食べていました。かなりカビの生えている部分を削り落としても どうしても黴臭さが残ります。我が家では 何故か知りませんが いつも父が金づちで 鏡餅をたたき割って 適度な大きさになると 焼き網でこんがり焼いてから 醤油に絡めて もう一度焼いてから食べておりました。醤油が焦げて 香ばしくて いろんな形の歯ごたえのあるおかきみたいになって 結構おいしかったです。お餅をこんな風に調理して食べることがなかったので 妹と二人で 焼きあがるのを待っては 楽しみに頂いておりました。普通に焼いて 醤油をつけて食べると 如何してもかび臭さが 残るので醤油をつけてからもう一度炙って 香りをたてるというひと工夫だったのかもしれません。
    現在は 普通に生の餅を飾ると どうしても鏡開きの日には カビだらけになるので プラスチックの容器に食べやすいように小餅が詰まった鏡餅が沢山販売されています。我が家でも いつの間にか 小餅の入ったプラスチック容器の鏡餅を飾るようになりました。我が家では 鏡餅の上には 橙一つを載せていただけでしたが 親せきの家では お餅を載せる三宝がまずは 凄く立派だし お餅の添え物として 串柿や昆布 裏白 そして立派な扇などが 私の目から見れば ごてごてと飾り立ててありました。凄く立派ですが 私は見慣れているので シンプルに橙だけが載っている鏡餅の方が 好感を持ってしまいます。
    現在では 昔風の本物の鏡餅を飾ってあるお宅は 少ないのかもしれませんが たとえカビが生えたり 割るのが面倒かもしれませんが 本来の鏡餅をお供えしてあるおうちに 凄く好感を持ってしまいます。現在は 私が子供のころに比べて あらゆる面で便利になっていて 有難いことなのかもしれませんが 例えば携帯電話なんかも 昔は誰も持っていませんでした。現代人は 携帯がなければ生きていけない 等と仰るお若い方も多いのかもしれませんが 携帯がなくても全く問題なく生きていられましたから 有難いのかもしれない文明の利器に 私はどうしても否定的な考えを持ってしまいます。私は 現在仕事Wしていますので 仕方なく携帯電話を使用していますが 仕事を辞めたら 携帯電話とは縁を切った生活に入ろうと考えております。
    確かに 携帯電話は どこにいても連絡がつくので 便利であるとは思いますが かえって面倒なのかもしれません。昔は 直ぐに連絡がつかないことによって 様々なドラマが生まれてきました。昔のドラマでは なかなか連絡が取れないことによって 幾つものすれ違いが起こり そこにドラマティックな展開が始まったのです。いつでも簡単に そして確実に連絡がつくのは 便利かもしれませんが 私のような昔風の人間からすると情緒がなくて よろしくないように思ってしまいます。こんなことを書いてしまうと 頭の固い頑固ジジイだと 思われるのでしょうが 本音をを正直に表現して ジジイ扱いされるのなら 喜んでジジイ扱いされようと思います。
    鏡開きのもう一つの意味合いとしては 結婚式などのお祝い事の時に 酒樽の上の部分を木づちなどで たたき割る儀式の事を 言うみたいです。昔武士が 戦に出る前に兵士の士気を高める為に 行った儀式が始まりなのだそうですが 下戸の私としては 振る舞い酒なので 断り切れず口をつけなければなりませんが うっかりお酒を飲んでしまうと 僅かの量でも 顔が真っ赤になってしまいます。太った爺さんが 僅かのお酒で 顔を赤くしてい舞うのは 恥ずかしいので この類の断りづらい振る舞い酒の機会は 出来るだけ避けたいと考えております。
    現在の我が家では 鏡餅といっても 直径十センチ足らずの橙の代わりに その年の干支の可愛らしい瀬戸物が 載っているミニミニ鏡餅を飾っているだけなので 包装してある容器をばらして 今年の干支であるネズミの瀬戸物を病院の受付のカウンターに並べました。子の鏡餅は 干支の瀬戸物が可愛いので 毎年回続けています。買い始めた最初の年が ウサギ年でしたので もうすぐ一周しそうです。ウサギ年に戻るまでには 仕事をおしまいにしたいと考えておりますが どうなることでしょう。
    このブログには何度も書いておりますが 私の父は 今年93歳になりましたが 体は 当然衰えておりますけれど 頭は全然ボケていなくて 自分の目の黒いうちは 私が仕事を辞めてのんびりすることは許さない 等と訳の分からんことを言い出して久しいのです。私も今年63歳になりますから そろそろ仕事を引退してもいい年なのだと思いますが 父がまだ結構元気なのです。勿論元気でいてくれることは 嬉しいのですが 還暦を通り越しましたから そろそろ私も引退したくなっておりますので 痛し痒しのような心境と言えるのかもしれません。父も私と同様に 若いころから心臓を患っておりましたし 若いころに結核にかかってそこそこ長い間闘病生活を経験しておりますから これほど長生きしてくれるとは 予想しておりませんでした。
    数年前 さすがに父の心臓の状態が かなり心配になってきましたが ペースメーカーを装着しましたら また元気が戻ってきました。一昨年辺りに それまで大好きだったお酒が 全般的に飲めなくなってきたと言い出しましたので もうすでにカウントダウンが始まったかと 覚悟しておりましたが 現在はお酒が飲めなくなった途端に 甘いものが好物になってきたのだそうです。現在の楽しみは 週に三度ぐらい朝ごはん代わりに食べる善哉なのだそうです。昔は 一切口にしなかった 甘いものを喜んで 食べておりますから 案外あと数年は頑張って生きてくれるのかもしれません。私が仕事を引退できる日も その分先送りされてしまうのかもしれませんが 父が長生きしてくれる分には とてもありがたいことです。