Dr.喜作のブログ

2020年3月 の記事一覧

  • 3月31日 父がICUから一般病棟に移りました

    昨日 家の中であおむけに倒れて動けなくなっていた状態で 発見されて 救急車でかかりつけの病院に運ばれて 救急外来で治療が始まり その後ICU(集中治療室)に移されました。今は コロナウィルス感染症の流行のために 家族であろうと一切面会できませんので 無事を祈って連絡を待つしかありませんが 本日の昼前に病院から 状態が落ち着いたので 一般病棟に移すとの連絡がありました。その時本人から 個室でないと困る と言われたのですが個室に移しても大丈夫なのかという確認の意味もあっての連絡でした。まあ私の父は 私と同様に我儘放題の人間ですから 大部屋では 同室の方にご迷惑をおかけするでしょうから 個室にこれまでも入院しておりましたので 同じく個室での入院をお願いしました。当然個室の場合そこそこ入院費がかさみますが 父もそこそこお金を持っておりますから けち臭いことは言いません。
    私は 直ぐに一般病棟に移れたことも安心しましたが 個室でないと困る というようなこれまで通りの我儘発言ができたことに回復の兆しを感じて ホッとしました。昼間に実家に戻って 昨日病院から持ってくるように言われた 歩くときに使用する杖や 運動靴 電気カミソリなどを持ち出しました。明後日 私が自分の診察のために この病院を訪れますので その時についでに届けようと思っております。父が今年93歳になりましたので 友人も殆ど無くなってしまって 友達が殆どいないの嘆くぐらいに長生きしてくれておりますが 父の母はなんと102歳まで 頑張りましたから 長生きの家系なのかもしれません。
    まあ当たり前ですが 実の父親ですから 何とか一人で自活しようと頑張っておりますので 苦痛を伴わずに生活できる限りは 長生きしてもらいたい気持ちです。父と顔を合わせると いつも意見が衝突して 喧嘩ばかりをしておりますが 互いに生きる励みになっているのかもしれませんから 最後の最後まで 変な妥協はしないで ぶつかり合って付き合っていくのだと思います。本日 実家に杖などを持ち出しに帰った時に仲良くしていただいているご近所さんにも 簡単にご挨拶をご報告を申し上げましたが ご近所のおばあさんたちには 結構人当たり良く付き合っているらしくて 皆さんに心配していただいております。
    これまでも もうこれまでか と思うピンチの状態から 何とか無事に回復して 自宅に戻っておりますので 今回もなんとか退院できることを期待しております。いつもなら 差し入れをもって ちょくちょく見舞いに出かけるのですが 今回の入院は コロナウィルス感染症の流行のために すべての面会ができませんので それこそ退院するときに迎えに行くぐらいなのかもしれません。、昨日倒れている父が 冷たくなっていましたので もう隊員は無理かもしれないと考えておりましたが 予想外の回復力を見せておりますので いつものように自宅に帰還できることを 心より祈っております。

  • 3月30日 父が家の中で 倒れこんだまま起き上がれない状態で 長時間放置されたみたいで 緊急入院してしまいました

    本日の昼過ぎに 外出中に 近所に住む叔母さんから電話が入りました。その叔母の知り合いが 実家に一人で暮らしている父の所へ 月に一度くらい 訪れて 主に外回りの掃除や片づけをしてくださっているのだそうです。その方が約束の時間 午前十時に実家を訪れて 取り敢えずは家に入ろうとしたが 鍵がかかっていては入れないので 声をかけたところ 微かに返事は聞こえたが ドアを開けてはもらえないので 取り敢えずは庭や家周りの掃除と片づけを始めようとされたみたいです。一時間ほどで 外回りの仕事が片付いたので 次は家の中の作業に取り掛かろうとして 中に入れてほしいと声をかけたが さっきと同じ状態が続いているらしいことに気づいて 緊急事態の可能性があると予感されて 叔母の所に電話を入れたのだそうですが たまたま叔母が 外出中で 昼過ぎになって ようやく電話が入っていることに気づいて 連絡が取れたのだそうです。
    それから 私の所に電話がかかってきて 私が慌てて実家に駆け付けました。午前中にお見えになったヘルパーさんは 月に一回ぐらいお越しいただいている方なので 合鍵のありかをご存じなかったのだそうです。毎週決まった時間に訪問していただいているヘルパーさんには 一応合鍵の隠し場所の情報を共有していただいているので その方たちの場合なら 本日とは違った展開になっていたのだと思います。とりあえず私が勝手口のカギを開けて 家の中に入ると 廊下に立てかけてある絵画や額縁がいくつか倒れていて 普通ではない状態でした。さらに気配のする玄関の方に向かうと 父親が あおむけに倒れて 上がりかまちの所に両肩があって 首から先つまり頭部が宙ぶらりん状態で動けなくなっていました。意識は何とか保っているようですが こちらが話しかけると反応はしますが 会話が成立しない状態でした。
    あおむけに倒れて 頭が下がった状態になっていましたので 顔がむくんで腫れ上がっていました。 体に触れると相当に冷たくなっていましたから かなり危ない状況だと判断できました。頭を打っていて 脳出血などの可能性もありましたので 下手に体を起こしたりすると危険であるのかもしれないので 直ぐに救急車を呼ぼうかと考えましたが 発見してくれたヘルパーさんが いつもお世話になっているケアマネージャーさんがもうすぐ駆けつけてくださる という話でしたので 父の頭の下にクッションを差し込んで 取り敢えず頭の位置を水平になるように修正して 様子を見ました。二分後ぐらいに ケアマネさんが駆けつけて下さったので 分かる範囲の報告をしますと 取り敢えずは救急車を呼ぶことになりました。
    救急車はほんの数分で駆けつけてくれましたので 分かる範囲が少ししかありませんでしたが 事情を説明して救急車に乗せていただきました。救急状態になった時に退院の方に見ていただく情報をまとめたものを差し出して かかりつけの病院が 枚方高裁病院であることを告げると 検温したり 血圧を測定しながら 病院に向かって救急車が出発しました。私も 家の中を簡単に片づけてから 駆けつけて下さったケアマネさんと 発見してくださったヘルパーさんに十分にお礼を申し上げてから 家の戸締りをして 病院に向かいました。
    救急治療室の前の待合室で緊急の処置や検査が終わって目途がつくのを 待っていると 枚方市内に嫁いでいる妹とその息子のお嫁さん そして連絡を頂いた叔母さんが駆けつけてくださいました。しばらく待っていると 取り敢えずの処置や採決などの検査のための作業が終わったので 一人だけ面会ができるそうでしたので 私が代表して 父が横たえられたベッドのそばに案内されました。話しかけてみましたが 息子である私を殆ど認知できていないみたいで 会話がかみ合いません。話し始めて何度も説明しているうちに 十分ぐらいしてからようやく 今自分の息子と話していることを理解してくれたみたいです。ヘルパーさんの話では 郵便受けに前日の新聞と本日の新聞が入っていたのだそうで 取り敢えずは 何時からこんな状態になっていたのか知りたくて 丁寧に繰り返し 現在覚えていることや 最後にご飯を食べたのがいつなのかなど質問してみましたが 一時的な混乱状態にあるようで 殆どこちらが知りたい情報は得られませんでした。
    しばらく父に付き添っていると 先生の方から 現在分かっていることや検査結果などについて 説明を受けました。相変わらず体温が体温計で測れないぐらいに低くなっている という事でしたが 父の寝かされているベッドは 特に温かい状況ではなかったので なぜ湯たんぽや電気毛布を使用して体を温めないのか と質問すると 温めた点滴を静脈から入れているので 十分に温めている との答えでした。私は 付き添っているときに点滴の流入スピードを確認しましたし 点滴のボトルを触ってみましたが さほど暖かくもなかったので 温め方が不十分ではないのか と質問しましたが 病院に到着した時よりも 皮膚の温度がかなり温かくなっているので 温めの効果は出ている との事でしたが そんなぬるい点滴をたらたら入れていて 体温が上がるわけがないので 腹が立ちました。
    父は心臓が悪くて治療中ですから 勿論そんなに急速に点滴を静脈から流し込むことは出来ませんが 体温計で計測できないぐらいに体温が低下しているのに 病院に到着して一時間以上が経過しているのに 殆ど体温が上がっていないようなので 凄くのんびりした救急外来の人たちだと呆れてしまいましたが あんまり文句を言ってもしょうがないので 少しだけ文句を言いました。それで 急いで 救急外来治療室では 十分に体を温める事ができないので取り敢えず ICU(集中治療室)に移しましょうという事になりました。
    私としては一刻も早く父に手厚い看護を受けさせたかったので 直ぐに移動してもらいました。その後入院するにあたっての 諸々の書類や質問書に 署名したり書き込みをしたりして提出しました。その後 もう一度ぐらい面会できるのかと思っていましたが 昨今のコロナウィルス感染症の流行のため 家族であっても 全く面会ができないのだそうで 病院に戻り夜の診察時間の仕事をしました。父の現在の状況は かなり心配ですが 93歳で 頑張って独り暮らしをしておりますから こんな状況になることは覚悟しておりましたので 何とかこれまでも もはや最後かなと思わせられる場面が何度かありましたが 無事に回復してくれましたので 今回のピンチも無事に乗り切ってくれることを期待するしかありません。
    母は十数年前に亡くなりまして その時も当たり前ですが 精神的に大きなダメージを受けましたが 父とは顔を合わせれば 喧嘩をするぐらいにぶつかり合っておりましたが やはり精神的に支えになってくれている部分が 少なからずありましたので 急にいなくなると 当然でしょうが 少なからぬダメージを受けると思います。いつもは 父が亡くなってしまえば 仕事を辞められるなどと気楽なことを書いておりますが 本音はやっぱり これまでほとんど自力で生活できておりましたので 苦しみや痛みを伴わずに生活できるうちは 一日も長生きしてほしい というのが本音ですので 父の無事の回復を祈るばかりです。 

  • 3月29日 ゴルフアベニューに お花見に出かけました

    本日は 昼から猫の去勢手術が一件ありましたが 準備を整えていましたので 病院を閉めてから ほんの五分ほどで無事終了しましたので その後いつものように私が手作りでお弁当を用意しておきましたから 枚方の桜の名所としてそこそこ有名な ゴルフアベニューに出かけてみました。例年なら 日曜日ですから 道路沿いに 桜がズラッと並んだ並木道の下の芝生や 道路を挟んだ駐車場のスペースにブルーシートを敷いて お花見宴会のグループが 溢れているはずでしたが 今年は桜並木の下には 入り込めないようにロープが張ってあり お花見禁止の札がぶら下げられていました。仕方がないので 桜並木に沿った道路を ぞろぞろと家族連れらしい人たちが 歩いてお花見をしていました。
    本日は 関東で積雪があったようですが 関西地方も肌寒くて 風がかなり冷たかったので いつもお弁当を食べるベンチは空いていましたが 目の前に広がる桜並木を眺めながら車の中で お弁当やおやつを頂きました。車の中からでも十分に まだ三~四分咲きの桜が楽しめました。桜の花は 寒くてつらかった冬が終わり 春の到来を告げてくれる花だから 日本人は大好きなのでしょうか。それとも やっと咲いたと思ったら 刹那に散り行く寿命の短さに哀れを感じてしまうから 好ましく思ってしまうのでしょうか。私は 正直な気持ち 花より団子なのかもしれませんが やはりお花見は とても華やいだ気分になれますので 大好きです。
    私は例年六月に 一つ目の大学時代に参加していたサークルの友人たちを十人+アルファ集めて 食事会を行っておりますが 昨年の集まりの時に もう少し少人数で こまめに集まってランチ会を開こうという話が持ち上がりました。私も声をかけてくれるように言っていましたら 昨年の十二月に 私の奥様と女性二人で ランチをともにして楽しいひと時を過ごしました。今年の二月にも 二度目の集まりを催して その時は私の奥様と 男性一名 女性一名で集まり昼食を取りました。女性が一人欠けたのは コロナウィルス感染症の流行するこの時期に 集まって食事をするなんてけしからん とご主人に言われたのだそうです。今どき 一般論でしかものを考えられない方は 致し方がないのかもしれません。
    その食事会の時に 出来たらこのメンバーでお花見ができればいいね という話になりました。お花見は 出来る期間が正味一週間から十日しかありませんから 設定時期が難しいのです。本日が まだまだ先始めたばかりで 花びらが全然落ちていませんから 一週間後なら 何とか散り際のタイミングで お花見ができそうです。そこで 病院に戻るとすぐに二人に一週間後のお花見にお誘いするメールを送りました。定番の 芝生に座ってのお花見は 禁止されていますが 駐車場の片隅で 小さなテーブルを囲んでのささやかなお花見なら 文句を言われることはないでしょう。もし文句を言われたら 桜は一切見ていないので お花見ではない 等と屁理屈を言おうと考えております。
    昨今 政治家の皆さんは 口をそろえて 不要不急の外出は控えろ と大合唱していますが そのことによって 芸能界やスポーツ界 そして観光業や飲食業の人たちが どれだけ迷惑を被っているのか 自覚しているのでしょうか。日本では 法律的に外出を禁じることは出来ませんから 強く自粛を求める という形を取らざるを得ないのかもしれませんが 自粛というのは 自分たちの意志で取りやめたのだから その行為によって発生する損失についての 責任は自分たちにあるはずだという考え方からきているように思います。
    どんなに自粛を大合唱して いろんなジャンルの人の収入を減少させようと 政治家の人たちの収入は 完全に保証されているのです。一応体裁を整えるためなのか 現金を配ってお茶を濁そうとしているみたいですが 今頃十万円や二十万円位の現金を配られたって 屁のツッパリにもならないことがどうして理解できないのでしょうか。本当に政治家の考えることは お粗末極まりないように思います。一般庶民の生活の実情を 全く理解できていないから 思いつく発想なのだと思います。まあ何もしないよりはましなのかもしれませんけれど。
    今の日本の感染症対策は とにかく臭いものには蓋をしてやり過ごそう という浅はかな考えに基づいているように思います。現在は 感染経路が全く見当がつかない感染者が増えてきているのですから 残念ながら コロナウィルスは 日本の生活に根付いてしまったのです。どんなに頑張って 封じ込めようとしても 普通の風邪やインフルエンザの封じ込めが不可能なのと同様なのです。だとしたら 極論を言えば みんなでこの感染症にかかって 出来たら軽い状態で適切な治療を受けて 短期間で回復して みんなでこの病気に対する免疫を共有するのが 一番賢い方法だと思います。一旦この病気にかかってしまって 回復するのが ワクチンよりもずっと確かな 病気に対する対抗策であるのです。
    どうしてこんな簡単なことに 気づいている人はたくさんいるはずなのに そのような意見を発言する人が あまり表れてこないのか 不思議です。マスコミは 大変だ、心配だ と大騒ぎしておけば 視聴率が取れるのでしょうから そちら向き一辺倒であることは 致し方のないことかもしれませんが 日本には 賢くてそのうえで発言力も持っておられる方々が 沢山いらっしゃるはずなのに どうして今の日本がとるべき道筋について きちんと筋の通った発言が聞こえてこないのか 不思議ですし とても残念です。私が 読者ほんの数人のブログで ボヤいても 影響力は皆無ですよね。残念。

  • 3月27日 私の所属する俳句同好会で 句会を開く事について 一悶着があったみたいです

    数日前のブログで書きましたが 私が趣味で参加している俳句同好会の三月の句会が コロナウィルス感染症の流行を理由に中止になってしまいました。私としては 現在 一番の楽しみである句会がなくなったことは とても残念なことでした。句会を中止することは 同好会の代表の方が熟慮して決められたことですから 私のような新参者であり かつ俳句の超初心者である 者がどうのこうのと意見できることではないと 端からおきらめてしまっておりました。そもそも 枚方市内の会議室の類の貸し出しは 三月中は全面的に禁止されていたらしいので いつもの場所は借りられなかったのだそうです。でも頑張って 開こうと思えば 例えばカラオケルームやレストランの個室を予約すれば 句会を開くスペースの確保は それほど難しいことではないのかと思いましたけれど。
    私の所属している同好会には 四つの支部に分かれていて 一つだけ交野市の公共施設の会議室を借りて開かれている所があり その支部だけは 三月も通常通りに句会が開かれました。私としては 春の季語使った俳句をそこそこ作っておりましたので 発表の機会が得られると 喜んで参加させていただきました。五つの俳句を提出して そのうち二つが参加者の心に響いてもらえたみたいで 選んでもらえましたので まあまあの成績だったように思いとても楽しい気持ちになりました。
    四月も 交野で行われた句会は 同様に開催されるのかと思っておりましたら 交野の句会の主催者から メールが届いて こんな時期に通常通りの活動をするなんて 何を考えとんねん みたいな内容の意見が届いたのだそうです。もし その句会がクラスターになってしまったら その現場となった会議室は しつこすぎる位の消毒が終えないうちは 利用者の立ち入り禁止になるはずだから 会場を貸してくれた施設にどれだけの迷惑をかけるのか 自覚しているのか 等と非難されたのだそうです。
    私はこの主張は まるっきり見当違いだと思います。そもそも会議室は 人が集って 色んな使用目的があるのでしょうが この時期通常の料金で貸し出すのですから 当然その集まりがクラスターになるかもしれないことを 分かったうえで貸し出しているのではないでしょうか。もしクラスターの現場となることを心配するのなら そもそも貸し出ししなければいいはずです。勿論集う人たちだって クラスターの当事者には なりたくないはずですから 各自マスクなどの装着を義務付けたり 個々人の間隔をいつも以上に取るような 考えられる十分な対策は取るはずですから 現実的にその集団がクラスターとなる可能性が勿論ゼロだとは申し上げませんが 限りなくゼロに近いように思います。
    更には 不要不急の外出は 控えるようにとの お達しが 総理大臣からも 各知事からも 市町村の首長たちからも 聞き飽きるほどに繰り返されています。日本では 法律的に 外出禁止令などを発令することは出来ませんから 取り敢えずは要請して 更に強い姿勢を示す場合は 指示を出すのが精いっぱいなのだそうです。ですから 別に不要不急の理由がなくて 外出していても 文句ぐらいは言われるかもしれませんが 一切罰則はないのです。だからと言って 無意味な外出をおすすめしているわけではございません。
    句会の集まりを 普段参加しているメンバーからの意見ですから 不要だとは言わないけれども 少なくとも不急の集まりではないはずだから 句会を中止すべきだと 偉そうに意見してきたのだそうです。総理大臣ですら 止めろとは言えないのに たかが句会の一メンバーに過ぎない存在のはずのものから 強く中止を求められたのだそうです。この句会の主催者は その意見を必要以上に重く受け止められたみたいで 結局句会は中止されることになりました。但し 同じ時間帯に 同じ場所で 各メンバーの任意での参加による句座なるものが開かれることになりました。
    こんな内容を書いてしまうと なんだか句会の主催者が 告げ口をしているように 誤解をされてしまうことが心配ですが 主催者からののメールによる連絡の内容から 句会を中止して任意参加の句座という形に変更する理由の説明から 私が勝手に類推しての 表現ですので その辺りの事はご理解ください。こんな時期ですから 取り敢えずは すべての人が集まる機会を自粛しようという雰囲気になっていますが だからこそ 句会の主催者としても いろいろと葛藤があったうえで あえて句会を開こうと決意されたのだと思います。
    俳句に興味のない方からすれば 句会という俳句を趣味とするものが自作の俳句を持ち寄っての 簡単な品評会のような集まりなど 開かれても中止になっても どうでもいいことと思われる方が多いようには思いますが 俳句作りを日々の楽しみとしております人間にとっては十人前後の年寄りが集まって互いの句について どうのこうのとディスカッションするのが 凄く楽しいひと時なのです。そうでなくても 今は春の観光の時期なのに 何処にも出かけられないし 桜もぼちぼち咲き始めているみたいですが 今年はお花見スポットが 厳しく宴会などを禁止しているみたいで 一般的な春の楽しみが 殆ど味わえない状態なのです。
    ですからこの時期に いえこの時期だからこそ 句会を開く事は 重要であり 何よりも優先されるべき集まりなのだと私は思います。句会の集まりに参加することは 不要不急の理由で外出することには 該当しないように思います。そんな句会を頑張って開こうと決意された 主催者の方の気持ちを考えもしないで 安易で無難な一般論を 偉そうに投げつけるような輩が いつも集まっていた句会のメンバーの中に存在すること自体が 非常に不愉快ですし とっても残念です。
    世の中が コロナウィルス感染症によって 日本だけではなくて それこそ世界中が大騒ぎになっています。経済的なダメージは リーマンショックよりもずっと大きくなりそうだと噂されています。各国が 無難で簡単な安全策として 鎖国状態のような処置を取ったりしたら それこそ世界恐慌以来の大不況になるのかもと 言われています。私は アベノミクスによって 庶民の暮らしは 苦しくなっただけだと考えていますが 更に現在よりも はるかに厳しい経済状態に 日本だけではなくて アメリカをも巻き込んで世界中がこれまでに経験したことがないほどの 不況を味わうのかもしれません。
    現在までも 飲食業や宿泊業の方々を中心に 凄く沢山の方々が 苦しんでおられるみたいですが 私の業種 ペット業界は 自分たちの生活に余裕があればこそ 成り立っている業種だと思いますから 今後深刻な状況を迎えるのかもしれません。これまで毎年欠かさなかった 病気の予防を省略してしまったら 当面の出費は抑えられるのかもしれませんが そのために可愛いペットが重い病気にかかって 苦しんでいたら見過ごせなくて その治療費が予防にかかる費用よりもずっとかさんでしまったら 予防を省略してしまうことが無意味になるかもしれません。予防にかかる費用は 掛け捨ての保険みたいなものですから さぼってしまっても 運が良ければ 病気にかからなくて済むのかもしれませんが もしその病気にかかった場合 確実にその治療費は 予防にかかるお金の数倍かかるでしょうから 出来るだけペットの病気の予防は省略されないことが 賢明な選択だと思いますので 長い目で見て判断されることをおすすめします。
    話がすっかり横道にそれてしまいましたが 句会を通常の形で開こうとした主催者の方が この時期に句会を開くなんて と非難されて落ち込んでおられます。私は 直ぐに励ましのメールを送りましたが その後お返事がありませんので 心配しております。私は この方の勇気ある英断に拍手を送りたい気持ちですし 俳句同好会のメンバーにも 同じ気持ちの方が少なからずいらっしゃると思います。まあ十分な対策を立てて 臨めば 例えば予防的な効果はほとんど期待できないと思いますが 全員マスクを装着して参加することや いつもよりも各人の距離を大きくとること 換気を十二分に心がける事 そして発熱や咳 くしゃみなどの自覚症状がある人は 参加を自粛すること 等を徹底して行えば その集まりが決してクラスターに発展することはないはずだと思いますので 四月の句座という名称の集まりに 一人でも多くの方が笑顔で参加されることを期待したいと思います。

  • 3月25日 NHKの大河ドラマ「麒麟が来る」の川口春奈ちゃんの評判がえらくいいようです

    川口春奈ちゃんは 昨年の沢尻さんが問題を起こして 降板が決まった後 急遽代役に選ばれての出演でしたから いろいろと短期間での役作りなど 難しいお仕事を引き受けたのだと思いますが 立派にこなされているのは まだお若いのに大したものだと思います。このドラマは これまでほとんど敵役扱いだった明智光秀を主人公に描かれていますから 信長の正室 帰蝶(濃姫)という重要な役どころですが 当然その描かれ方も これまでにはない味付けがされているように思いますし 春奈ちゃんが 精一杯頑張って演じているようには 思います。
    気の早い人は 歴代の濃姫役では 最高である 等と短絡的に騒いでいらっしゃるようですが 私はそこそこ頑張っているのは認めますが 一応辛うじてのの及第点位にしか 評価致しません。私は 春奈ちゃんがとってもチャーミングな女の子ですから 女優さんとしては好きな部類の方ですが そんなに高い評価を貰えるほどの演技をしているとは思えません。帰蝶については 信長の正室という存在感の割には 歴史的に資料が乏しいのだそうですから ドラマの脚本である程度自由に味付けがしやすい役どころだと思います。
    私も帰蝶については ほとんど知りませんが 信長に嫁ぐ前に 土岐氏に嫁入りして その夫の殺害に道三と共に暗躍した 等という物騒なうわさがある人物なのだそうですから 春奈ちゃんじゃあキャラが弱すぎてその恐ろしい一面を持つ凄みのある女性を 演じることは出来そうにないからなのか そのような場面は差しさわりのない雰囲気に演出されていたように思います。こんな事いまさら言っても 全く無意味ですが やはりそんな恐ろしい一面まで持ち合わせた帰蝶役としては 沢尻さんが 最適だったように思えて仕方がありません。
    私は 子供のころから 大河ドラマは 主役の人物や 主役を演じる役者が気に入らなかった三四本を除いては 殆ど欠かさずに視聴しております。その中で 戦国時代を描いた作品は数多いので 当然登場人物として 信長 そしてその正室の濃姫は 沢山の俳優さん 女優さんが演じてこられました。私の中で 信長役 そして濃姫役 として一番魅力的であり 説得力を感じたのは「国盗り物語」の高橋英樹さんと松坂慶子さんです。私が高校一年生の時に放送されましたが それこそ日曜日の八時を凄く楽しみにしておりました。このドラマで 光秀役を演じたのが 近藤正臣さんで 凄くカッコよくて 女子にとても人気がありました。今回のドラマの長谷川さんも 相当にかっこいいので 女性人気はすごっく高まると思います。
    川口さんは とっても可愛らしいので 好きな女優さんではありますが さして演技力があるようにも思いませんし どうしてこんなに評価が高いのか 不思議に思えます。まあ去年の大河ドラマは 私も一度も見ておりませんし 視聴率も記録的に悪かったみたいですが その反動もあってか 今年の大河には みんなすごく期待していましたし 沢尻さんの事件で 急遽重要な役どころが交代して 撮り直しのために放送開始が遅れたりしたこともありまして 猶更注目度が高いので 良いにしろ悪いにしろ反響が大きいのだと思います。最後にもう一度繰り返しますが 沢尻さんが演じる帰蝶を見てみたかったと思ってしまいます。

  • 3月24日 縫い直しの手術をしました

    その子は 当院以外の病院で 昨年末に 乳腺腫瘍の手術を実施しました。普通は 術後十日目辺りに抜糸して その後皮膚がきれいにくっ付いてくれて そのまま無事に手術終了に なるはずでした。所が その子がかなりデリケートな性格だったみたいで 術後傷跡に違和感を感じたせいか せっせと舐めたくってしまったようです。その為に 殆どくっ付いていたはずの皮膚が また少し開いてしまって 中のお肉がはい出してきてしまいました。その時点で当院に来院されましたので 取り敢えずは傷口を舐めないようにエリカラーを巻いて 消毒してもらい化膿止めの抗生剤の軟膏を塗ってもらいました。傷口から 汚い膿らしきものが滲んでいましたので 抗生剤と消炎剤を内服薬としても投与してもらって 何とか内科的な治療で 回復してくれないかと考えて しばらく治療を試みましたが 残念ながら上手くいきません。
    絶対に傷口を舐めないように エリカラーを絶対に外さないように 飼い主さんに申し伝えてありましたが どうも食事がしづらいことを理由に エリカラーを外している時間が結構あったみたいで なかなかうまく回復してくれなかったようです。当然術後 抜糸までの間もエリカラーを付けていたはずですが どうやら飼い主さんが自分の判断で エリカラーを外していたために きちんと術後の傷口が回復しなかったのであろうと思われましたが 今更そんなことを咎めても 無意味なので黙っておりました。
    内科的な治療を頑張って継続しましたが きちんとした解決につながらないと判断しましたので 本日傷口の縫い直しの手術をすることに決めました。一度切開して 縫い合わせた部分の近所を再度切開するわけですから 当然普通の状態の手術よりも 自然な状態に戻すのに 余計な手間暇がかかりますし 完全にきれいな状態に戻してあげられるかどうかは 分かりませんが 外科的に肉がはみ出している部分の周囲を切除して縫合するしかないと思われましたので 手術に踏み切りました。
    手術としては 簡単な部類ですから はみ出した部分の周囲を十分に余裕をもって切除して縫い直ししました。結局皮膚を十一針縫いましたから そこそこの大きさの傷口になりましたが 今度こそ厄介な状態にならないように 丁寧に切除して 細かく縫合しましたので 恐らく殆ど跡形もなく回復してくれると思います。但し 飼い主さんが勝手な自己判断で エリカラーを外したりしなければ という条件が付くのかもしれません。夕方 その子をお返しするときに 繰り返してエリカラーを抜糸の日まで絶対に外さないようにと お願いしました。もし外していたら ほぼ間違いなく傷口はきちんと治らないし 当院としても責任をもって治療を行えないので そのつもりでいてもらうように 結構厳しくお願いしましたので 恐らく大丈夫だろうと思います。
    よその病院の 尻拭いのような手術でしたが 当院で手術した子の 術後の経過が思わしくなくて よその病院にご迷惑をおかけしているケースもあるのかもしれませんので 出来るだけ丁寧に対応させていただきました。まあ近所のご同業の方々は 商売敵であるとともに 助け合うべき仲間だと考えておりますので 誠意を込めて手術させていただきました。何とか 十日後には奇麗にくっ付いて この手術騒ぎが無事に解決してくれることを 願っております。

  • 3月23日 枚方市は 会議室などの貸し出しをほぼ全面ストップしているみたいです

    私はこのブログで何度も何度も書いていますが コロナウィルス感染症なんて 二三年もたてば 風邪やインフルエンザと同様に 我々の生活に密着した極ありふれた病気になってしまっているはずで 何にも恐れる必要はないと考えています。確かに日本国内でも日に日に感染者が増えていますし お亡くなりになられた方が少なからずいらっしゃいますが 日本では 毎年普通の風邪をこじらせた肺炎で 数万人が インフルエンザで数千人が亡くなっているのです。その数からみれば 微々たるもので 何ら必要以上に恐れることはないはずの病気です。確かにワクチンは存在しませんし 特効薬も見つかっておりませんが 普通の体力と免疫力 回復力を持っている方なら 確かに熱や咳があるのでしょうから 苦しい思いをされるのは間違いないのでしょうが それは風邪やインフルエンザと同様のはずです。日本は インフルエンザの特効薬と言われている内服薬を やたらと乱発していますが そんなことをしていたら 病原体もどんどん進化していきますから 直ぐにその特効薬が効かない新種に変化してしまいますから いずれは効果的な薬が存在しなくなってしまうでしょう。
    この類の病気は 罹ってしまったら 取り敢えずは 安静にして 体力を温存して 消化の良い栄養価の高い食物を摂取して 徐々に病原体に対する抗体が体の中で形成されるのをジタバタしないで待つのが 将来的に一番有効な対処法だと思います。しっかりとした抗体が形成されれば 再発する心配は当分は無くなります。ですから 極論を言ってしまえば 早くみんながコロナウィルスに感染して 抗体を体内に持ってしまえば 当分はこの感染症に対する心配は無くなってしまうのです。現在は 感染者の方々を 犯罪人のように扱う風潮になっているみたいですが こんな簡単なことを どうして皆さんが理解されないのか 不思議に思います。
    以前 狂牛病騒ぎが起こった時のことを思い出します。牛海綿状脳症というのが正式な病名だったように思いますが 以前は飼料の栄養価を高める為に牛骨粉を混ぜていたために イギリスから始まったこの病気が世界にそして日本にまで広まってしまって 大騒ぎになりました。この病気が特に恐れられたのは 異常ブリオンを含む食肉を食することによって ヤコブ病という人間にも同種の病気が発症すると言われているからです。但し狂牛病にかかった牛の脳組織や骨髄の成分を食べないと 発症しません。ですからたとえ 狂牛病で亡くなった牛の 骨格筋 所謂ロースやバラ肉 ヒレ肉を食べたとしても 全く問題ないのです。無論狂牛病で死んだ牛の肉が 商品として流通することなどあり得ませんが。
    ですから 骨格筋 いわゆる普通にお肉屋さんのショーケースに並んでいたり スーパーでパックされている肉を食べても 人間が感染する心配は100パーセントないのです。但しミンチ肉に関しては ヨーロッパなどのお肉屋さんでは ミンチ肉の旨味を増すために 骨髄を混ぜ込んだりする習慣があるらしいので その場合はヤコブ病などに感染する危険性があります。まあ日本の食肉加工業者で そのようなことをしているはずはありませんが 一応ミンチ肉やハンバーグの類は注意が必要と言えるのかもしれません。その時だって 政府が骨格筋 いわゆる普通のお肉を食べても 一切ヤコブ病に感染する心配がないことを強くアピールすればよかったのに そのような動きが全然なかったために 日本で狂牛病の牛が発見された途端に 日本産のお肉 所謂和牛は危険だ 等という根も葉もないデマが世間に広まってしまって それまで敬遠されていた輸入牛肉に飛びついた愚かな日本人が沢山いました。日本人の愚かさを痛感して悲しくなってしまいました。勿論その時も 私はこのブログで何度もそのことについて訴えましたが こんなブログ読んでくださる方がほんの数人しかいらっしゃらないので 何の影響力もございませんでした。
    今回の感染症騒ぎでも 一般に販売されているマスクには感染症を予防する効果なんて殆どありません。ですから咳やクシャミといった症状がない方がマスクをかけても全く無意味なのです。マスクの効用は 咳やクシャミによって口から飛び散る飛沫を抑える事なのです。このウィルスは 飛沫感染しますから 感染症にかかっているかいないかは どうでもいいけれど 取り敢えず普通の風邪や花粉症で 咳やクシャミを頻発されている方が 使用すべき代物なのです。なのに 何の症状もない人間が ほとんど効果がないのに予防的にマスクを使用しているから 本当に必要な人々にマスクがいきわたらない困った現象が 延々と続いているのです。政府が アベチャンが マスクを転売することを禁止なんてどうでもいいことを喋るよりも 予防的にマスクを使用することの無意味さを 強くアピールすべきなのだと私は思います。
    そして この感染症にかかったとしても 適切な時期に きちんとした治療を受ければ 回復してしまう可能性が高い それ程恐れるに値する病気ではないことを きちんと啓蒙すれば こんなつまらない感染症による無意味な大騒ぎは 少しでも早くおさまる方向に向かうと思います。
    まあ私がこんなブログで どんなに声高に叫ぼうと 世間には全く響きませんので さっき回ってきた近所の回覧板にも この感染症についての 分かり切った 殆ど無意味な注意事項が羅列されていました。そんなわけで タイトルにようやく戻りますが 枚方市内の会議室などの貸し出しが ほぼ全面禁止されているようです。その為に 私が月に一回楽しみにしている 俳句同好会の集まりが 当分開かれそうにありません。昨年までは 私の一番の関心事は ここ十年ぐらい続いていますが乃木坂の事でした。所が 私がこれまでに見た一番可愛らしい女の子である ナーちゃんが卒業してしまいましたし 私がこの世の中で 安倍晋三と並んで大嫌いな秋元真夏が キャプテンに就任しましたので 一気に乃木坂への興味が低下してしまいました。そして昨秋から参加させてもらっている俳句同好会が面白くてたまりませんので 今の私の一番の関心事は 俳句と言っていいように思います。
    俳句同好会の活動というのは 枚方市駅のすぐそばにある生涯学習センターの一室に月に一度 集まって句会なるものを開いておりました。句会とは 皆が自作の俳句を持ち寄って 見比べて 各人が気に入った俳句を指定して 気に入った理由を述べ合い 最後にその句の作者から作った気持ちなどを説明していく そんな作業を繰り返していき その作業が終わると誰からも指定されなかった俳句の作者を 明らかにしていくという流れです。普通各人が五つの俳句を持ち寄り 気に入った俳句を五つ指定しますから 皆が均等に指定されてもいいのですが 勿論 出来のいい句には 票が集まりますから 当然誰からも指定されない句がそこそこ沢山出てきます。私はこれまでの句会で 二回 一つも誰からも指定されない 悲しい経験をしました。それ以外はに二つか三つ拾っていただいております。
    初めて参加した時に いきなり三つの俳句を拾っていただきましたが それから半年が過ぎて 幾らかは俳句が上達してつもりですが 指定される俳句が増えていくことはありません。勿論俳句作りは 自分のため 自己満足のために行っているようなものですが やはり苦労して作り上げた十七文字の文学を 十人前後の人たちにですが 発表して 何方かの琴線に引っかかってくれたら とても嬉しいのです。選ばれて その句の作者が自分であることを名乗って 作った時の気持ちや情景を説明するときに 無上の喜びを感じるのです。ヨーロッパなどの国では 食料品や薬を販売している店以外の営業が禁止されているケースが珍しくありませんが わが国では 動物病院の営業停止は発令されていませんので 私の日常は普段とまったく変わったことがありません。売り上げなども例年通りですから 多くの業種の方が 極端に売り上げが低下して 存続の危機になっておられる場合も多いみたいですから 感謝しなければならないのかもしれません。
    まあそんな中で 月に一回の楽しみである句会が開かれないことが 私にとっては 一番残念な出来事でした。プロ野球も殆ど興味が亡くなってしまっていますので 何時になったら開幕するのか見当もつかないようですが そんなにがっかりしていません。オリンピックも現実的には 延期か中止になるみたいですが これまで頑張ってこられた選手の気持ちを考えると 私が句会に参加できなくて残念 などと暢気なことを言ってること自体が 申し訳ない気持ちです。アマチュアスポーツの 最高峰の大会ですから 何とか全選手が平等にベストコンディションで戦える機会を作ってあげていただきたいと思います。だから中止にだけはなってほしくありませんが どうなるのかさっぱり見当がつきません。うまい具合の落としどころが見つかってほしいと 心底思います。
    ですから 

  • 3月22日 1934年の本日 大橋巨泉さんが誕生されました

    大橋巨泉さんと言っても 今のお若い方には ご存じの方が少ないのかもしれませんが 私が日本人で一番尊敬していて憧れていた人物と言えるのかもしれません。2016年に82歳で永眠されましたので その時には勿論ニュースとして取り上げられましたから その時のことぐらいは お若い方でも記憶にあるのかもしれません。名門早稲田大学政経学部を中退されて 最初は趣味のジャズの評論家や司会者から始まり 芸能界の放送作家として活動しているうちに 弁が立つので 自然と表舞台の出演者に転身していきました。とにかく日本のマルチタレントの先駆け的存在で その肩書はテレビタレント、放送作家、政治家(参議院議員)、テレビ司会者のほか、競馬評論家、ジャズ評論家、時事評論家辺りまであるのかもしれません。
    とにかく 頭の回転が速くて 世の中の風潮に敏感で テレビのバラエティー番組として画期的な番組を幾つもプロデュースしていました。「巨泉、前武のゲバゲバ90分」は当時としては 画期的な番組でしたし「11pm」という番組では エロい内容も扱われていましたが 麻雀 競馬 ゴルフに釣り といった自分の趣味の分野を 取り上げて 大変興味深い内容の番組を作ったりもされていました。とにかくマージャンは当時の一流のプロ雀士である 浅田哲也さんや 小嶋武夫さんと遜色ない実力でしたし 将棋も一流のプロ棋士と二枚落ちでいい勝負ができる位の アマチュアとしては特筆すべき実力者でしたから 私は非常に尊敬の念を抱いてしまいました。勿論ゴルフや釣りの技術や知識も素人離れしていましたから 本当に遊びの天才だと思っておりました。
    プロデュースされた番組には 「お笑い頭の体操」「クイズダービー」や「世界丸ごとHOWマッチ」など テレビ史に残るような 斬新な番組がいくつもありました。巨泉さんの作った番組は 本当に独自性が強くて 今考えても非常に面白い番組ばかりですから そのプロデュース能力の高さには 本当に憧れてしまいます。プロデューサーでありながら メインの司会者としても 大活躍されていましたから そのあふれんばかりの才能にやっかみの気持ちもありました。
    芸能界での活躍だけではなくて 競馬評論家としての活動も 尋常ではなかったのかもしれませんが 私が競馬に全く興味がありませんので その辺りのことはよくわかりません。それからほんの一瞬で終わりましたが 参議院議員として 政治活動にも参加されました。頭が切れるし口もたつので 当時の最大野党であった民主党の幹事長であった菅直人からの出馬要請を受けての 活動でしたが 議員活動を初めてすぐに 党幹部と意見が食い違ってしまったために わずか半年で 辞職されてしまいました。この時は 政治家としての期待が大きかっただけに 結構ガッカリとしてしまいました。
    そんな巨泉さんが50代半ばで 人気絶頂の司会者という立場を殆ど捨てて芸能界から「セミリタイア」を宣言された時の姿は カッコよく見えました。完全なリタイアではなくて 余裕があるときに 気に入った企画の仕事だけ受ける といった意味合いで「セミ」という接頭語が付いたのだそうです。私が まだ元気なうちに仕事をリタイアして 自分の趣味に没頭したいと考えるようになったのは 憧れの巨泉さんに 少しでも近づきたいからなのかもしれません。
    但し巨泉さんの晩年は 癌や悪性腫瘍に度々見舞われて 手術と闘病生活の繰り返しみたいでしたから 相当に辛くて苦しい思いをされていたのかもしれません。私は 腰抜け野郎の臆病者ですから 手術が怖くてたまりませんので とても手術や闘病生活とは 無縁のまま 人生の最期を迎えたいと願っておりますが 人生なんて そんなに都合のいいことばかりでは終われないのでしょうから 今後そこそこつらい未来が待っているかもしれないことは 覚悟しております。でも取り敢えずは 私も早くリタイアしてみたいものです。

  • 3月21日 本日の夕方は バラエティーに富んだ患者さんが来院されました。

    五時に病院を開けるとすぐにやってこられた患者さんは 嘔吐を繰り返していて 下痢まで続いている という割とオーソドックスな症状の患者さんでした。持参された便を検査しましたが 特に異常は見られませんでしたし かなり吸い熟していましたので 血液検査をしましたところ 白血球と総蛋白が高いので 細菌の増殖による胃腸炎と診断して たっぷりと皮下点滴を入れて 抗生剤や制吐剤、整腸剤などを合わせて投与しました。明日以降は飲み薬を甘くておいしいシロップで出しました。明日までには 何とか嘔吐がおさまってくれれば 内服薬をきちんと投与してもらうことによって 何とか元気になってくれることと思います。
    次に電話がかかってきて 食卓に置いておいたオムレツを一人分食べてしまったので診て欲しいとの事でした。割とすぐに来院されましたので 直ぐに催吐剤を飲ませて 胃の中に残っているオムレツを吐き出させました。オムレツの具として ミンチ肉とたっぷりの玉ねぎが入っていたのだそうで 少しでも吐き出させたほうが良いと考えましたが あいにくまだ晩御飯を与えていない という事でしたので 胃の中が殆ど空っぽの状態で オムレツを食べてしまったらしく 食べてから三十分後 位に催吐を試みましたが ほんの少ししか吐き出してくれませんでした。
    既に腸内に 少なからぬ玉ねぎが流れ込んでしまったらしいので 玉ねぎの成分による被害を なるべく少なくするための治療に方向変換しました。ネギ類に含まれるアリルプロピルジスルフィドという物質が 犬や猫の赤血球を溶かすために 貧血を起こすことをいわゆる「ネギ中毒」と言います。この子は そこそこの量の玉ねぎを摂取してしまいましたから この玉ねぎの成分の作用を和らげて 少しでも被害を少なくする薬と 赤血球を作る骨髄や脾臓に働きかけて 貧血状態を少しでも早く解決する方向に作用する薬を 点滴とともに流し込みました。同じような内容の飲み薬を渡しましたので 安静にしてもらいながら 様子を見ていくことになります。
    その治療が終わって ホッとしていたら テグーといういわゆるネズミの一種で 賢くて可愛らしくて ペットとして人気のある動物を診てもらえるか という電話が入りました。テグーという種類の動物は これまでに三回ほど診察したことがありましたので 大丈夫ですと返事をすると 今朝から おチンチンが 飛び出したままで 元気がなくて 食欲も落ちている という事でしたので 来院していただきました。まあペットとして人気があるらしいのですが 私の目から見れば 普通のネズミにしか見えませんので わざわざペットとして飼う人に気持ちはよく分かりませんが 結構賢いので 懐いてくれると 愛情が湧くのかもしれません。
    診察台で様子を見ると 確かにおちんちんが一センチ近くも飛び出して真っ赤かに腫れ上がっていました。とりあえずはデリケートな場所であり どうしても不潔になりがちな部位ですから 消毒液を浸した脱脂綿で 奇麗に拭って まずは清潔にしました。次に局部麻酔を含んだ潤滑剤を縫って カチカチに干からびた状態のおチンチンをほぐして やわらかい普段の状態に戻しました。さらにそのおチンチンをいつもの状態 すなわち包皮の中に収めました。
    但し 包皮の開口部が そこそこの時間 開きっぱなしになっていましたので ちょっと力を入れただけで またおチンチンが飛び出した状態に戻ってしまいますので 医療用の瞬間接着剤で おチンチンを元の状態に収めてから 開口部を仮止めしました。勿論完全に閉じたままでは 尿の排泄ができませんが 接着剤で しばらくの間 治まった正常な状態をキープしてやれば 包皮の開口部も普段通りの閉まった状態に戻ってくれるでしょう。男性にとっては 大事な部分ですし デリケートな所ですから 念のため 抗生剤と消炎剤を 注射で投与して 内服のシロップ薬を点眼瓶に入れて数日投与してもらうことにしました。安静にして 幹部を気にしないでいてくれたら 何とか無事な状態に戻ってくれるでしょう。
    珍しい動物の あまりない状態の処置を終えて ホッとしていたら 十六歳と高齢な犬が 突然呼吸困難を起こしたので 直ぐに見てほしいと連絡が入りました。高槻市内にお住まいで かなり遠方の方ですが 連休中のためか 近所の病院が対応してくれない との事でしたので 来院していただきました。かなり急いで来られたみたいで 予想よりも短い時間で 来院されました。只 その時点で 殆ど呼吸が止まりかけていましたのでカルテを作る間もなく 取り敢えずは手術室に入ってもらって マスクを装着して酸素を送り込み 人工呼吸を始めましたが呼吸はあっという間に停止してしまいましたので 急いで気管チューブを挿管して 強制的に呼吸を促しながら 呼吸促進薬を投与してみました。
    心拍数は 本来あるべき数の十分の一ぐらいしかありませんでしたので 殆ど止まりかけていましたから 心臓に正常に動いてもらう薬を心臓に直接注射で投与して 心臓をマッサージしてみました。数分間頑張って心臓マッサージを続けてみましたが 残念ながら 心臓は再び動き出してくれることは ありませんでした。普段かかっている先生から 心臓が悪いので 治療をしましょうとは言われていましたが ほったら歌詞になっていたのだそうで 飼い主さんもある程度覚悟はなさっていたみたいでしたので それ以上治療を継続することはやめておきました。まあペットには 飼い主さんを選べませんから どうしょうもありませんが 長年生活をともにしてきたパートナーが病気であり 治療法があるのなら 出来たら治療をしてあげてほしかったですが 私が口を出すことではありませんので そのままお引き取り願いました。
    残念な結果に終わって がっくりしていたら 子犬が産まれたので 初めてのワクチンをお願いしたい とのことで来院されました。いつも常連で来院されているプードルの女の子が 二か月前に無事に出産したのだそうで 三匹の子犬を連れて お母さんも健康診断がてら来院されました。高齢犬の最期を見送ったばかりで落ち込んでいた時に 可愛らしくて 元気いっぱいのにぎやかな子犬たちが やってきてくれて 私自身が元気に慣れましたし 来院してもらえて凄く嬉しかったです。
    三匹とも すくすくと成長しており 離乳も順調に進んでいるみたいで 子犬用の缶詰をお腹いっぱい食べて  みるみる大きくなってくれているようです。体重を測り 耳や目 口 歯の状態や 全身の栄養状態には 全く問題がありませんし 心音も体温も正常でしたので 混合ワクチンを順番に接種して 証明書を作ってお渡ししました。最後にお母さんも診察しましたが 子育てでかなりくたびれた状態ではありましたが 授乳も無事に終了したので これから元気を取り戻してくれるでしょう。
    本日は 珍しい動物のあまりない状態の治療から オーソドックスな症状の犬の治療更には 催吐処置をしたり 救命処置もしました。最後には 元気いっぱいの子犬のワクチン接種と 色んな治療や処置をしました。
    かなり忙しかったですが それなりに充実していて 犬が亡くなってしまったこと自体は 悲しいことですが 自分なりに頑張れたことが嬉しかったです。こんな充実した仕事ができれば 楽しいのですが この仕事もいやなことは 当然ありますから やっぱり早く辞めてしまって のんびりした老後をすぐにでも始めたい気持ちは強くあります。周囲の事情さえ許せば 老後の移住先もほぼ決定しましたし そのための資金も十分に準備できていますので 早くその日が訪れてくれることを 静かに待ちたいと思います。

  • 3月20日 1951年の本日 コロンビアから日本初めてのLPレコードが発売されたので LPレコードの日なのだそうです

    今のお若い方々は そもそもレコードの存在も知らないのでしょうから LPレコード と言われても どんな代物なのか 想像すらできないのかもしれませんが 私が高校生のころには 毎月の小遣いでやっと一枚買えるLPレコードが 宝物のような存在でした。我が家は 電化製品の購入が世間様よりも若干遅れていて ちゃんとしたステレオが我が家に届いたのは 私が中三の時でした。初めて買ったレコードは ビートルズの「HELP]でした。当時うちには 父親が購入したクラシック全集ぐらいしかレコードがありませんでしたから 私はじぶんのこづかいをはたいて購入したたった一枚のレコードを それこそ針ですり減るほどに繰り返し聴いたものです。
    当時の私の一月の小遣いは 2000円で ビートルズのアルバムがやはり2000円でしたので レコードを一枚買ってしまうと それ以外には一切小遣いが使えませんでしたが それでも毎月のようにビートルズのLPレコードばかりを今のお若い方々は そもそもレコードの存在も知らないのでしょうから LPレコード と言われても どんな代物なのか 想像すらできないのかもしれませんが 私が高校生のころには 毎月の小遣いでやっと一枚買えるLPレコードが 宝物のような存在でした。我が家は 電化製品の購入が世間様よりも若干遅れていて ちゃんとしたステレオが我が家に届いたのは 私が中三の時でした。初めて買ったレコードは ビートルズの「HELP]でした。当時うちには 父親が購入したクラシック全集ぐらいしかレコードがありませんでしたから 私はじぶんのこづかいをはたいて購入したたった一枚のレコードを それこそ針ですり減るほどに繰り返し聴いたものです。
    当時の私の一月の小遣いは 2000円で ビートルズのアルバムがやはり2000円でしたので レコードを一枚買ってしまうと それ以外には一切小遣いが使えませんでしたが それでも毎月のようにビートルズのLPレコードばかりをせっせと買っておりましたから これらのレコードは 本当に宝物のような存在でした。ビートルズは 私が中一の時に解散してしまっておりましたから 既に過去のグループでしたが 中学生になってから 深夜のラジオ放送を聞き始めてから 馴染み始めた洋楽の中で 私にとっては ビートルズは別格の存在でしたので 何年も前に発売されたレコードを 喜び勇んで購入しておりました。中三の時でしたから 高校受験に向けて 勉強を沢山しなければならない時期でしたが ステレオはテレビのある居間に置いてありましたので 皆が寝静まる十一時過ぎから それこそ勉強道具を居間に持ち込んで レコードを聴きながら勉強をしておりました。
    その後高校生になってからは カーペンターズやモンキーズなどのレコードも買い集めましたが たまにはクラシック音楽のレコードも購入するようになりました。自分が高校生までピアノを習っておりましたので ショパンのバラードやスケルツォ、ワルツやノクターンなどを買い集めたりしておりました。レコードには当時 EP盤というのも ありましたが 私は歌謡曲などには全く興味がありませんでしたので 一枚も持っておりませんでした。
    レコードは 時代の流れとともにCD盤にとってかわられてしまいました。今どきのお若い方は 生まれた時からCDしか見たことがないのかもしれませんが LP盤レコードの場合 直径三十センチ位ありましたので ジャケットもそれだけ大きいし開設や特典写真のページがおまけで付いていたりしてそんなページを見るのもとても楽しかったです。レコードは 聞く前に表面の埃をぬぐい取ったりしなければなりませんし 時々結構高価な針の交換をしなければなりませんでした。それに表面を聞き終わると いちいちひっくり返さなければ裏面がきけない 等という面倒なひと手間がありましたが 当時はそれが当たり前でしたから 全く面倒な作業だとは感じておりませんでした。
    いつの間にか レコード屋さんでもCDしか販売されなくなりましたし 電気屋さんで販売されているステレオでも レコードプレーヤーが組み込んであるセットが消滅して ステレオとはCDを聞いたりFM放送を聞いたりするためのものになってしまっていました。今でも二百枚以上のLPレコードが 病院の三階の物置部屋に置いてあります。今では レコードプレーヤーを持っていませんから 再生は出来ませんが やっぱり一枚一枚に それぞれの思い出がありますので 簡単には捨てられません。ビートルズのアルバムも CDで全曲集を買ってしまいましたから 聞きたければいつでも聞けるのですが LPレコードに染み付いた 自分の青春入内の思い出とは 簡単にお別れできないので これからも当分は捨てられないで 置いておくと思います。今夜は 久しぶりに 再生こそできないけれど 懐かしいアルバムを手に取ってみようかと思います。