Dr.喜作のブログ

2017年3月 の記事一覧

  • 3月31日 年度末なのですが この仕事には 何の区切りもありません

    子供や学生さんの場合 学年が一つ上がりますから それなりにはっきりとした区切りがつくと思います。学年によって 自分の置かれる立場が違うし 扱われ方も全然変わってしまう事もあります。ですから一年ごとに新しい年の終りと始まりで はっきりとした区切りが感じられると思います。会社組織なら 毎年とは限らないのかもしれませんが 新入社員が入ってくるかもしれないし 大先輩が定年を迎えて 退職するかもしれません。新米社員の時代と 気付いたら中堅社員になってしまった時 何時の間にやらベテラン社員になっていたりしますから やはり一年ごとに立場が微妙に変化するのかもしれません。それに 真面目に勤めていれば お給料だって確実にアップしていくのではないのでしょうか。サラリーマンの経験がほんの三年ほどしかないので 詳しい事は分りませんが。
    わたしたちの一年の区切りと言えば 確定申告の作業があるのかもしれません。一年間の一生懸命に頑張った成果が数字によって 明確に算出されます。只仕事の数字的な成績なんて 始めたころには 常に右肩上がりでしたから 売り上げが上がり 利益が増えれば 素直に喜んでいました。しかしその数字もいつしか頭打ちになります。そうなってしまうと 頑張っても 多少手を抜いても あんまり成績に違いが感じられなくなってしまいます。勿論 生活していくための費用と 年間そこそこに貯蓄できていますから 何とか稼いでおりますので それ以上を望むつもりはありませんが 何となく病院を開けて 来て頂いた患者さんに それなりに対応しているだけで 仕事に対して凄くやる気を感じているわけでは なくなっているのが 正直な実感です。
    まあ予想通りなのですがアベノミクスなんていう見かけ倒しの政策によって 我々庶民の生活が楽になるはずは 全然ない事ぐらいは 分っていたつもりですが 自分としては 食べたいものを食べて( 糖尿病がありますので 適度な制限は自分でかけていますけど)年に二度ほど奥様と二人で楽しい旅行にも出かけられておりますし 目標として掲げている最低限度の貯蓄は何とか達成できていますから これ以上の収入は 自分としてものそんでいないのかもしれません。
    開業当初は 決算して申告書を作成する作業は 日頃から伝票を書いて 帳簿をつけていて準備をしていても 極めて難しく 凄く大変な作業でした。一年間の仕事の成果が数字ではじき出されるわけですから 学校の成績表を貰うようなもので それなりに緊張して 決算をしました。しかしパソコンの決算用のソフトを利用するようになってからは 凄く簡単で楽ちんな作業になってしまいましたから 日頃はサボり放題にサボっておいて 年が明けてから 正味三週間ほど机とパソコンに向かい合えば それで出来上がってしまいますから 楽になったぶんその結果もあまり気にはならなくなってしまいました。変わり映えのしない成績表なんか 受け取ることに慣れてしまうと 緊張感もなければ 多少成績が悪くても 殆ど気にしなくなってしまいました。
    わたしたちの様に 現金商売をしていると 毎日何某かのお金が手元に入ってきます。ある程度の金額が溜まったら 銀行に預けに行きますが 開業当初は当然借金がありますから その返済のために銀行残高も注意して 返済に足りなくならないように 注意していました。しかし現在は 借入金はありませんから 銀行から引き落としされる薬屋さんの支払いや 水道光熱費、健康保険、生命保険などの毎月の引き落としぐらいに気を付けるだけなので 気楽なものです。
    私は お金や物に対する執着心が殆どないので 常日頃 病院の売り上げが増えているのか 減っているのか殆ど気にしていません。病院が儲かっているのか 危ない状態なのかも 全然実感できないので気にしていません。取り敢えずは 病院の二階で住むところに困っていないし 電気やガスも支払いが滞っていないので 自由に使える状態です。財布にあるお金で当面の食べ物は手に入ります。当面生活に不自由がないので 何となく生きていけています。奥様にも月々最低限度ではありますが 生活できるだけのお金を渡せています。
    そんなわけで 年明けの決算が 私の生活の一つの区切りであることは間違いありませんが 申告は自営業者の義務なので 仕方なしにこなしているわけで 私にしてみれば 腫れ上がった大きな腫瘍の摘出手術のように 大量の出血が予想される 非常に厄介で面倒な手術をこなすのと それほど違いはありません。夏は暑いし 冬は寒い と言う当たり前の季節を過ごしているだけで 丁度いい春と秋が 凄く短く感じることに 不満は感じますが 誰に文句を言っても始まらないことだし 皆に平等に起こっていることだから 受け入れるしか無い事も分っています。ですから 今年はなかなか暖かくならないけれども そんな事も 皆に分け隔てなく起こっていますから ぼやいても致し方ありません。
    何となく四季を繰り返しているうちに でも年だけは確実に重ねていきますから 私も今年の誕生日を迎えれば いよいよ還暦 正真正銘の爺さんです。残っている寿命がどれだけなのかわかりませんが あと二十年はないと思っています。まあ四十歳の時から今まででも 何となくダラダラ過ごしていたけれど かなりいろんなことが起こりましたから 同様にダラダラといろんなことを経験しているうちに死んでいくのだと思っています。
    私の人生は 大学に二つも通って 十年間も大学生活をおくったりして 一般的な方よりも 多少は波乱に富んでいたように思いますが 現在振り返ってみてもそんなに悪かった人生だとは思っていません。もう少し見てくれが良ければ もう少し女性にもてていたのではないか と悔しい気持ちがないでもありませんが 奥様と言う私には勿体無すぎるぐらいの伴侶を獲得できましたから まあ文句は言えないと思います。このブログには何度も何度も書いていますが のんびりとした 楽しい楽しい老後のためにあと少しだけお仕事を頑張ろうと思いますので 今後ともよろしくお願い致します。

  • 3月30日 ブログを書くことについて

    そもそもブログと言う言葉は一体どんな意味合いの代物なのでしょうか。試しに国語辞典を引いてみましたが 数十年前に買った辞典ですから そんな言葉は全然載っていませんでした。勿論私が子供の頃には 影も形も存在しなかった言葉のはずです。一応ネットで検索してみると次のように表現されていました。個人運営で日々更新される日記的な Webサイトの総称。一般的には、単なる日記サイト(著者の行動記録)ではなく、ネットで見つけた面白いニュース記事や Webサイトへのリンクを張り、そこに自分の評論を書き加えた記事が時系列に配置されているWebサイトのこととされているが、厳密な定義はないのだそうです。
    私は タイトルにもあるように ホームページ上に公開されていて 私がその日その日に好き勝手に感じた事 考えたことを 表現できる場所と捉えていましたが それほど間違いではなかったように思います。私は他人のブログにあまり興味がないので 殆ど他のブログを読んだことがありませんが まあ定義にあるようによそのサイトへのリンクをはったりする方は多くないと思いますが 少なくとも私のブログの様にひたすら文字を羅列するだけではなくて 写真やイラスト、場合によっては絵文字等でカラフルに彩られた 代物が一般的なのだと思います。
    そもそも日記と言うのは 自分だけの心に書き留めておくべき内容を 文字にして紙にしたためたものですから 本来他人に公開すべき存在ではないと思います。昔の日記帳は他人に読まれないように鍵付きのものもありました。ですからホームページ上に公開していれば 自分の心の中だけに留めておきたいけれども 忘れてしまうかもしれないので書き留めて記録に残す日記とは異なり 日誌と表現すべきかもしれません。ちなみに日誌と言う言葉をネットで調べてみると 日記は個人的な記録であることが前提であり 日誌はその内容を公にすることを前提に記されるものであるのだそうですから 厳密に表現するなら このブログのタイトルも「気まぐれ日記」ではなくて「気まぐれ日誌」と表現する方が 正しいのかもしれません。
    他人のブログに興味がない私は 大好きなナーちゃんやユイポンのブログですら読んだことがない位なので 他の方々のブログがどの様に美しくて 楽しくて 面白いものなのか全然知りません。正直これだけまめにブログを更新しているわけですから 他人のブログをたくさん覗き見して 面白そうな企画や表現法などがあれば 遠慮なく真似してみればよいはずなのに 根っからの怠け者なので 自分を高めるための努力 と言うかせっかくこんなつまらないブログを読んで頂いている ごく少数の方々への サービス精神が欠落しているために ブログの内容を改善できる可能性は殆どありません。誠に申し訳ございませんが このままの形態を維持していくつもりですので そこの所を優しい気持ちで受け止めて頂いて 今後ともお付き合いくださるようにお願い致します。
    ブログの内容については 政治や経済に関する硬いものもあります。不勉強な私が 聞きかじった程度の底の浅い知識で 書き綴っておりますし、私が個人的に強大な力を持っているものは生理的に大嫌いなので アベチャンや読売ジャイアンツ等に対しては 強烈に批判めいたことを書き並べてしまいます。心配性の友人が あまり過激な表現をすると それらを応援している団体からクレームがつくかもしれませんよ とアドバイスしてくれましたが 私のブログを読んでいる方なんて 世の中でほんの数人しかいらっしゃらないと思っておりますので その影響力を考えたら 誰も文句など言って来ないでしょう。
    その他の内容としては 私は食いしん坊なので 美味しいものを食べた時には その報告をします。普通はお店で食べた場合でも自分で作った場合でも その写真を掲載するのが一般的でしょうが 私のブログをもう何年かき続けているかわかりませんが 食べ物の写真をのせたのは 先日の旅行の時の神戸北野ホテルの「世界一の朝食」だけだと思います。見た目の美しさや 美味しさは出来るだけ文章で表現しようと頑張っているつもりですが 百聞は一見にしかず と申しますから 素直に写真を掲載すべきかもしれません。只 何しろ機械音痴な私は その場で写真を撮ることも ブログに写真を掲載することも 自分では出来ません。いちいち奥様の手を借りねばなりませんので 残念ながら 写真のこまめな掲載は難しいと思います。
    それから 還暦を迎えるジジイのブログとしては 珍しいと思いますが 大好きな乃木坂と欅坂の事なのですが 今後も頻繁に書いていくと思います。正直な所 乃木坂よりも欅坂に私の気持ちが動いていますので 欅坂の事についての記述が増えていくことになると思いますが、ご容赦ください。乃木坂ですごく可愛いと思うのはナーちゃんだけ(マイマイが抜けてしまったため)なのに対して 欅坂では ユイポン、栗太郎、リナなど どうしょうもない位に可愛らしい女の子が目白押しなので スケベな男としては致し方の無い事だと思います。
    さて日記なら自分だけが読み返す事しかありえませんが ブログの場合は 私の様に読んで頂いている人数が限りなくゼロに近いとはいえ 一応公開されている場でのことですから 勿論できるだけ正直な部分をさらけ出そうとは心掛けていますが やっぱり多少はカッコつけている部分もあります。私の仕事柄 どうしても隠しておかなければならない事 飼い主さんが知らない方が幸せな事の場合 事実とは若干異なるように解釈できるような表現を使売ってしまう事や あえて飼い主さんには告げないままに説明を終わらせてしまう事があるのは事実です。
    仕事をしていて 非常に不愉快な思いをさせられたことや 理不尽な行動を取られた場合 その事実をブログに報告することはあります。本音を言えば 相手の素性 名前や住所や電話番号などは分っている場合が殆どですから それらを公にしてしまえるものなら それだけでかなり心のもやもやはスッキリするのかもしれませんが わたしにも咲いて限度の倫理観は備わっていますから 伏せたままで終わらせます。但し こちらが不愉快な思いをしたときには 相手側も同様に不愉快な思いをしているでしょうから そいつらは恥ずかしげもなく他人の悪口 誹謗、中傷を垂れ流している下品な掲示板に 病院の名前を出していいたい放題が出来るのですから 不愉快極まりない事です。私が少しでも早く仕事と縁を切りたいのは ここらあたりに原因があると思います。
    こんな根性なしの怠け者の 文字だけダラダラと並べたブログを 読んで頂いている本当に奇特な方々に 感謝しております。病院の仕事が終わりを迎える日まで このブログを書き続けようと考えておりますので その日までどうぞよろしくお願い致します。 

  • 3月29日 詰まらない過ごし方をしてしまった休日でした

    私は トイレが近い事もあり 一晩に二三回就寝中におしっこするために目覚めてしまいます。それに血圧が高めですから 寝起きが凄くよいのです。目覚まし時計のお世話になったことなど ここ数十年ありません。そんな私が 今朝六時ごろにおしっこするのに起きて 普通ならそのまま起きて朝の活動を始めてしまうのですが 本日は休診日なので うっかり所謂二度寝をしてしまい 目覚めたのが十時過ぎでした。普通の方にすれば 休日の朝 十時位までのんびりと寝過ごすのは 極普通の事かもしれませんが 私としては一日のスタートがかなり出遅れてしまって 若干焦った気持ちになってしまいました。
    時期が年度末ですから 新年度から病院の体制に変更がありますので その準備など片付けておかなければならない仕事は いくつかありました。うちの病院は恥ずかしながら そんなに流行っているわけではございません。勿論患者さんが来院されれば 出来るだけ素早く対応すべく 忙しく働きますが 患者さんがおられないときには 現実には殆ど何もしていません。パソコンでゲームでもしているか このブログでも打ち込んでいるか 乃木坂、欅坂の映像でも眺めているか位のものです。奥様はトリミングの予約がありがたい事にほぼ毎日埋まっていますから 基本的に朝から夕方まで 忙しくお仕事をなさっていますが 私は手術の予約が入った場合などは別ですが 殆ど昼からも 暇を持て余しているような現状です。
    日頃殆ど仕事をしていないようなものですから 休診日とはいえ やるべき仕事が幾つか目の前に存在していますから 一つずつ片づけていこうとするのが人の道だと私も思います。朝ごはんにバナナ一本を食べて紅茶を一杯飲んでから 病院のカウンター パソコンの前の位置に座りました。しかし 気持ちとしては休診日と言うのんびりした雰囲気に包まれてしまって 取り敢えずはゲームを始めてしまいました。ホームページの表看板を毎週書き換えるようにしていますが 何にするのか全然思いついていません。いつも筆グルメと言うソフトで 作ってホームページに掲載していますので ゲームを早めに切り上げて 取り敢えずは筆グルメを立ち上げてみました。
    別にそんな格調の高い文章や カッコいい事を書き並べるつもりはありませんので 普段だと二三分考えれば 季節の話題やトピカルで楽しいニュースなどを思い出して 直ぐにテーマが見つかり 思いつくままに適当な文章を打ち込んでしまいます。所が 本日は何故か気持ちが緩み切っているみたいで 全然アイデアが浮かんできませんでした。しょうが無いので 今度はさっきと違って囲碁のゲームソフトによるコンピューターとの対戦ゲームを始めてしまいました。私は岐阜大学に通っている頃 つまり三十歳前後で囲碁のルールを覚えました。一応囲碁部に混ぜてもらって活動していた時期もありますが やはり覚えた時期が遅かったからか なかなか上達しません。他の囲碁部員は当然ですが二十歳前後ですから 凄く新しい知識の吸収が速くて つい先日までは 私と同程度の初心者だった子が あっと言う間に初段クラスの棋力を身に着けていたりしますから 悲しくなってしまいました。その後も私としては強くなろうと努力しているつもりですが 四級から五級位の棋力から全然上がってくれません。
    このブログの文章も私の囲碁の棋力なんて言うどうでもいい内容になると どんどん言葉が出てきますが 本日の主題とは無関係なのでこのあたりで終りにしましょう。碁を一局打ち終わるのに 大体十分位かかりますので 又その時間を無駄にしてしまいました。でも頭がリフレッシュされたみたいなので ホームページの看板の内容を思いつきましたから 標題と文章をほんの五分足らずで打ち込んで さっさとアップしてしまいました。
    次に 獣医師会に電話をかけて とある申請書を送ってもらうように依頼するために電話をかける仕事を思い出しました。別にその書類を送ってもらうこと自体は 恥ずかしい事ではありませんし 電話を受けた事務員の方にしても ごく当たり前にこなせる簡単なお仕事のはずですから さっさと電話をかけてしまえば済んでしまう ごく簡単な しかし絶対にやっておかねばならないお仕事なのですが 何故か気が進まなくて これまでほったらかしにしてしまっていました。
    やる事としては 大阪府獣医師会のホームページを検索して 事務局の電話番号を調べて 電話でほんの二三分要件を告げれば済むことなのですが 普段やらない事だけに何だかわからないけれども 気後れしてしまうのです。そんな訳で また十分ほど時間を無駄にしましたが 何とか獣医師会事務局に電話をかけることが出来ました。別に 私が何か失敗でもしでかして お詫びの電話をするのではなくて ごく当たり前の 申請書を改めて請求するだけの些細なことに 凄く疲れてしまいましたし かなりの時間を無駄にしてしまいました。とっても情けない気分になりました。
    次なる仕事は 四月から病院の体制に若干の変更がありますので その事に該当する飼い主さんに いちいち口で説明するよりも 簡潔な文章にまとめて 紙に印刷して 手渡せば簡単にすむはずなので その文章を考えて ワープロに打ち込んで プリントアウトしておく と言う仕事を思いつきました。三月中には準備を終わらせておかねばなりませんから これもまた早急に片づけなければならない仕事です。しかし根っからの怠け者の私は この大事な仕事に取り組むのが 獣医師会に電話したことで 疲れてしまって直ぐには出来ませんでした。
    このブログを打ち込んでアップするのも まあどうでもいい事かもしれませんが 辛うじて仕事の部類かもしれません。ブログの打ち込みもかなり日にちが遅れてしまっていましたから そちらに取り組んでしまいました。まあ飼い主さんに手渡す 大事な文書の打ち込みよりも ブログなんて適当な内容を適当な言葉で綴っているだけの代物ですから そちらの方が楽ちんなので つい楽な方の仕事へ逃げ込んでしまったのです。
    取り敢えず一日分のブログを打ち込んで アップしたら時間はお昼を大分まわっていました。お腹が空いてきましたので 近所のスーパーへ買い物に行きました。自分が病院で検査を受ける三週間ほど前の時期ですので 血糖値が上がらないように炭水化物を食べないように気を付けている時期です。面倒なので 木綿豆腐を一丁とキャベツを買いました。木綿豆腐は そのまま冷奴で それなりに薬味に工夫していただきました。キャベツはスライサーで千切りにして 買い置きのソーセージと混ぜ合わせて胡麻ドレッシングで サラダにしていただきました。
    お腹が満ちると眠くなってしまいますが 今朝起きるのが遅かったので 昼寝は出来ませんから直ぐにまたパソコンに向かいました。またブログを一日分書き上げた時には 既に夕方になっていました。預かっている犬を散歩に出して 食事の準備をしたりと 夕方の日課を済ませました。そこで気になっている 飼い主さんに手渡す文書の作成に ようやく取り掛かりました。久しぶりにワードと言う古いワープロソフトを立ち上げました。久しぶりなので 細かい操作方法などは忘れている所もありそうですが まあ細かい文章の表現や文字の大きさや配列などの見た目のトリミングはいつも奥様に任せるので 取り敢えず頭に浮かんだ言葉を打ち込んでみました。
    書くべき内容は ある程度頭の中に整理できていますが それを言葉にしてしまうとダラダラと長ったらしい文章になってしまいます。さんざん頭をひねって 推敲を繰り返して 何とかそれらしい文章が仕上がってきました。所が 操作しているうちに私が恐らく 押してはいけないキーをたたいたのかもしれないし やってはいけない操作をしてしまったのかもしれませんが ワープロの機能に変調をきたしてしまったのです。それまで順調に打ち込めていたのが うんともすんとも言う事をきいてくれなくなってしまいました。
    仕方がないので その文章を取り敢えずプリントアウトしておこうと思ったのですが プリンターも言う事をきいてくれませんでした。上手く印刷できないのです。仕方がないので メモ用紙に文章の内容を それほど長くもないので 全て手書きで書き写しました。何とかワープロにその文章を保存は出来たみたいでしたが もし消えてしまったら 私が悩んだ数時間が 全く無駄になってしまいます。恐らく明日 奥様にお願いしたら そして奥様がパソコンに向かったとたんに ワープロもプリンターも機嫌を直して 正常に働くのだろうと思います。そしてまた 奥様から蔑みの視線を送られてしまうのだと思います。
    どうしてこんなに 私がやったら上手くいかないのに 奥様がやれば簡単にできてしまう事が 多いのでしょう。私の日ごろの行いがやっぱり悪いのでしょうか。兎に角 「終わりよければすべて良し」と言う言葉がありますが 一番最後の仕事が 一応文章を完成させるところまでは進みましたが 後は紙に印刷するだけの段階で上手くいかなかったので 凄く残念であり とても腹立たしい 自分としては結構頑張ったつもりなのに 本当につまらない一日になってしまいました。 まあ私の人生なんていつもこんな事の繰り返しですから めげずに明日からまた頑張ろうと思います。

  • 3月27日 1969年の本日 テレビドラマ「男はつらいよ」の最終回が放送されました

    私が小学校の五年生でしたから その頃まではかなり早い時間に寝ることを義務付けられておりましたので このドラマを全然見たことがありませんでした。友達の話でも このドラマの話題が出てきたことが全然ありませんでしたから そもそも関西エリアで放送されていたのかどうかさえ疑問に思われます。しかし よく耳にするエピソードとしては このドラマの主人公が「車寅二郎」といって 渥美清さんと言うかなり個性的な男優さんが演じておられたキャラクターなのですが 異常なくらいに人気があり 最終回で死んでしまう設定になっていると 放送される前に 何故かしらファンの間で広まってしまい 助命嘆願運動が相当な勢いで起こってしまったそうで 急遽ストーリーを変更して 死亡ではなくて 行方不明と言うように設定が変更されたのだそうです。
    この連続テレビドラマが 当時どれだけ人気があって その主人公である寅さんがどれだけファンに愛されている存在だったのか 全く知りませんのでそんなエピソードをきいても 殆どピンときません。まあ歴史上の人物と言う訳ではありませんし ファンがあってのテレビドラマですから ファンの要望に沿ってストーリー と言うか設定が変更されることもありなのかもしれません。更に昔の話だそうですがNHKの大河ドラマで 源義経が主人公として描かれた年があったそうで 義経を演じられた役者さんが何方かまで存じ上げませんが 特に女性に異常なくらいに人気があったそうなのです。いよいよ十二月になり 最後は勿論平泉で討ち死にすることが 歴史的には決まっている事なのですが あまりの人気でNHKに助命嘆願の葉書が 山のように届いたのだそうです。NHKとしても少なからず途惑われたのかもしれませんが さすがに歴史的事実を曲げる訳にはいかなかったのだそうです。
    さて テレビドラマでは 最後に行方不明等と言うあいまいな終わり方をしてしまった寅さんが 映画と言うメディアで復活してしまいました。本来松竹と言う映画会社では「男はつらいよ」と言う映画は東映のやくざ映画のパロディとして 鶴田浩二 高倉健等の超一流の役者が出演して 制作される企画があったのだそうですが 同名のテレビドラマで超人気者の主人公が行方不明になっているものですから そちらの復活版で 車さん主演の人情コメディ路線に切り替えたのだそうです。
    その映画が 三十年以上にわたり 実に48本ものギネスブックにのるほどの長編シリーズに 発展していったわけです。私は みてくれが非常に悪いので 勿論性格がよくなかったからもあることは自覚しておりますが 女性に全くモテませんでした。勿論今でもアイドル大好き人間ですから 身近にいる女の子を直ぐ好きになってしまいますが 一寸だけ冷静になって考える事が出来ていたみたいで とても相手の女の子が自分の気持ちなど受け入れてくれるはずが無い事は 分り切っていましたから 殆どが告白する以前の段階で 失恋に終わっておりました。寅さんの場合 稀には寅さんがカッコよく身を引く設定の場合もありましたが 殆どが告白する前の段階で実質的にふられてしまったり ほかの男に持っていかれてしまったり 失恋してしまいますから もてない男同志で心が通じ合えたみたいな気持ちになりましたので この映画が私は大好きでした。
    尚シリーズとしては 007シリーズの方が期間としては長いのだそうですが 主役を演じる役者さんが何代にもわたっていますから 動く違和感を感じてしまいあまり好きな映画ではありませんでした。やはりジェームスボンドと言えばショーンコネリーのイメージが 凄く強すぎますから 他の役者さんが演じていても ショーンコネリーよりも男前の役者さんもおられたことは認めますが いかにも偽物臭くて 拒絶反応が起きてしまいました。
    篤美さんがお元気なころには お正月映画と 夏休みのお盆休み映画として 年間二本ずつ制作されていましたが 渥美さんの年齢が進んでしまうと お正月映画だけの制作になってしまいましたので 寂しく思っておりましたが 晩年は肝臓がんを患っておられて 肺にまで転移してしまい かなりきつい状態で撮影に取り組まれていたのだそうです。言われてみれば 最後の方の映画では 立ちながらとか歩きながらの演技が殆どなくて 座ったままセリフを言う場面が多かったような気がします。
    撮影現場でも 座っているのがやっとだったことも少なからずあって ファンの人から声をかけられても 答えられずにいるために 愛想が悪いという評判がたっていたようです。スタッフや共演者は勿論渥美さんの状態を分っていましたから 撮影の時にも出来るだけ一般のファンを近づけないように心掛けておられたのだそうです。最後の何作かは どうでもいい甥っ子の満男と彼女の恋愛模様などに比重がかかっていたのは寅さんの出演場面を減らすための苦肉の策であったのかと 大分後になって納得しました。
    映画の中での寅さんは 肉体的には衰えていることを隠せなかったのかもしれませんし 最後の作品は 完全にドクターストップがかかっている状態で作られたのだそうですが いつもと変わらぬ元気で明るい寅さんを演じておられた篤美さんの卓越した演技力には 尊敬を通り越して 愛情すら感じてしまいます。お亡くなりになられてから 国民栄誉賞を授与するなんて 役人の怠慢としか思えません。ご本人に直接 名誉ある賞を手渡してほしかったと思います。まあ篤美さんが生きておられたら 辞退されたかもしれませんが。
    寅さんの映画を観ていてふとつまらない事が気になったことがあります。日本人で寅さん と言うか渥美清さんを御存知ない方は 少ないと思いたいけれども 68歳で亡くなられたのが20年以上も前の話ですから お若い方々が御存知ないのは無理からぬ話かもしれません。少なくとも篤美さんがご存命の時代には 渥美さんと言うか「寅さん」を知らない日本人は恐らく非常に稀な存在だったはずです。なのに 映画のストーリーの中では 寅さんは勿論 日本人なら誰でも知っている女優さん 例えば吉永さんや大原さんが極普通の一般人として登場しています。描かれている世界は 日本に非常に似ているけれども 間違いなく日本とは異なる世界の話なのです。まあこんなつまらんことは どうでもいいですね。
    私は毎回登場するマドンナ役の女優さんの中で 一番好きなキャラクターが 浅岡さんの演じたチェリーさんです。登場回数も断トツに多いですから 恐らく山田監督もお気に入りだったのでしょう。私は本来派手な顔つきの女性は好みに合いませんが 何故かチェリーさんには 何時も独特の哀愁を感じてしまい大好きでした。ある作品でチェリーさんが 寅さんと一緒になってもいいような意思表示をしますが 寅さんがカッコつけて辞退してしまいます。あの場面は何度見ても泣いてしまいます。寅さんのチェリーを思う優しい気持ちが 悲しすぎます。
    今夜はレコーダーに何本か録画されて 消さずに残っている作品がありますから 久し振りに鑑賞して 寅さんの世界に浸ろうと思います。お若い方にすれば 昔の日本の情緒や優しい人情なんて 古臭くて見ていられないのかもしれませんが 一度暇を持て余した時や すごく落ち込んでしまった時に 寅さんの映画を観てみることをお勧めします。きっと元気になれると思いますよ。

  • 3月26日 旅行の土産を一つ目の大学の時の友人に届けました

    友人は奈良県在住なので お昼に病院を閉めてから トリミングで仕上げた犬と ホテルで預かっていた犬を返しながら 友人の家に向いました。彼は私が一つ目に通った立命館大学時代に所属していた混声合唱団でともに活動していた頃からの友人です。卒業後シャープに就職して 一時期はフランスシャープの代表として フランスに数年暮していた時期がありました。もともと奈良の出身で日本に戻ってからシャープの研究所にずっと勤めていました。シャープと言う会社は数年前にえらい事になってしまったみたいで 心配していました。針のむしろに座らされて 辛い思いをしているのではないかと思っていましたら つい最近の事らしいのですが カネかと言う会社に再就職していました。
    彼も私と同じ年ですから いずれにしてももうじき定年を迎える訳で 少し早めに再就職先を見つけて 上手に転職したみたいです。私なら かなりの退職金も受け取ったはずだし 持ち家もあるので そんなに慌てて次の職場に飛びつかないでも 暫くのんびりと骨休めでもしてからと考えそうなものですが うだうだしているのは時間の無駄と考える勤勉な人みたいで 直ぐに働き始めたのだそうです。去年の秋に再会した同世代の友人たちも皆定年を迎えても 当然のように再就職をするのだそうです。確かに年金がもらえるのは五年先からだからそれまでのつなぎ と言う意味合いがあるのかもしれませんが 何故サラリーマンの人たちはそんなに働きたがるのでしょうか。単に私が怠け者だからなのかもしれませんが 定年を迎えたのなら 直ぐにのんびりと第二の人生を楽しく始めればいいのにと思ってしまいます。
    昨日のテレビのニュースでも 定年後にビジネスを始める人が凄く増えているのだそうです。定年後の起業の仕方についてのセミナーが大盛況なのだそうです。仕事を始めた人の一例としてドーナツ屋さんを始めた人が出演していました。それなりにドーナツを試作してみて 商品を決定して 毎朝四時ごろから起きて仕込みをして ドーナツをあげて 毎日車で移動販売をしているのだそうです。最初はなかなか売れなくて辛かったけれども最近になってやっと軌道に乗ってきたので 忙しいけれども楽しい と話していました。これからも体がいう事をきいてくれる間は頑張るのだそうです。私には全く理解が出来ません。ちゃんとした会社を勤め上げていれば 退職金もそこそこもらっているはずだし厚生年金で月々かなりの額が受け取れるはずです。体がいう事をきかなくなってからのんびりしても それこそ何の楽しみもないのではないでしょうか。
    話が横道にそれましたが 友人が立派な会社に再就職できたし そこでの仕事にもやりがいを感じているみたいですから 喜ぶべきところなのでしょう。一時ごろに友人宅に到着しましたので 早速お土産を手渡しました。別に大したものはなくて 香川の名物讃岐うどんの生麺と 北野ホテルで購入したクッキーと 箱買いした淡路の玉ねぎを数個です。お土産を渡すのは 久し振りの再会の口実にすぎませんから まあこんなものでいいのではないでしょうか。そのまま彼の車で近所のイタリア料理のレストランに向いました。
    私と彼とはもう三十年以上の付き合いだし 奥さんとも卒業後すぐに紹介されましたから 付き合いは相当長いです。書道の先生をしていて 近頃では 書道のイベントの司会進行までこなしているそうなので やはり彼女も同じ年ですが 凄く元気にお仕事を頑張っておられます。彼女のお仕事には 勿論定年なんてありませんから やはりまだまだお仕事を当分続けるみたいです。日本人は勤勉だと言われていますが どうして老後こんなことをして遊びたい とかこんな趣味を初めてみたい 等と楽しそうな私が興味をそそられるような話題が出てこないのでしょう。遊びたい のんびりしたいと思う私の方がやっぱりおかしいのでしょうか。
    私と彼はお互いの仕事の話などで盛り上がっているうちに うちの奥様と彼の奥さんもかなり話が盛り上がっていたみたいでした。後で奥様にどんな話で盛り上がったのか尋ねてみましたが 女同士の秘密よと教えてくれませんでした。奥様同士も勿論初対面ではありませんから これまでもそこそこ仲良かったみたいですが 今回のゆっくり食事をしながらの 話ではさらに盛り上がったみたいで よかったです。そこそこの時間に切り上げて 友人宅でお茶を頂くことになり 移動しました。以前に一回のリビングにお邪魔したことがありましたが 本日は二階の彼の部屋 コンピューターや仕事関係のものもありますが 立派なオーディオのある部屋に通されました。
    彼はモーツアルトが大好きだし オペラにも 造詣が深くて尊敬しています。私もクラシックにはある程度詳しい部分がありますが 彼には到底及ばないと思います。勿論アイドルについては 彼は何にもご存知ないのですが 年齢や立場を踏まえれば 知らない方がまともな事かもしれません。彼の奥さんがとても上手にお茶を入れてくださったので 久し振りに凄く美味しい日本茶をいただきました。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいますので ぎりぎりまでお邪魔して慌てて病院に戻りました。やはり友人との楽しいひと時は何事にも代えがたい大切なものだと思います。友達の少ない私なので これから少しでも友達を増やしていけるように頑張りたいと思っています。

  • 3月25日 足を食いちぎられたカメの手術をしました

    夕方に電話がかかってきて 飼っているカメが恐らくイタチの仕業だと思うのだけれどもシッポと後ろ足を食いちぎられたみたいなのだけれども 治療してもらえるか と言う要件でした。どのような状態なのかおたずねしても 足を甲羅の中に引っ込めているのでよく解からない とのことでした。大きなダメージを受けているわけですから 足を引っ込めているのは 当然の反応でしょうから取り敢えず来院してもらう事にしました。
    来院されましたので カルテを作りました。二十年前にペットショップで購入したゼニガメなのだそうです。カメの平均寿命は小さなゼニガメの場合三十年前後と言われているみたいですから 既に人生半ばは過ぎているのかもしれません。尚体が大きくなるほど寿命は伸びるみたいで ゾウガメの類は百五十年前後生きるのだそうです。さすがに二十歳ですから 体もかなり大きくて体重は1.5キログラムありました。会社の倉庫のような場所に プールのように水をためる設備があるそうで そこに砂利を入れて水場と陸地を作って 飼っているのだそうです。普段は逃げられないためにフェンスを被せるようにおいてあるのだそうですが 昨日朝出勤すると フェンスが取り払われており やっと冬眠から覚めて活動を始めたばかりのカメが恐らく陸地に上がっている所を 運悪く襲われたらしいです。
    頭は体重を量っている間は飛び出していましたが 撫でてやろうとすると 当然かもしれませんが引っ込めてしまいます。食いちぎられたのは左の後ろ足の様です。足を引っ込めても足の裏と爪が 反対側の足には見えていますが 食いちぎられた方はそれらが全然見えませんから 恐らく足首から先を失っているみたいです。飼い主さんから 本日の体調について伺いながら何とか足を伸ばしてくれないかと期待して待っていました。食欲は本日は全然なかったそうですが 例年 冬眠から覚めたら 体調が戻って活発に活動を始めるまでは 数日間食欲も戻らないのだそうで 本日食欲がないのが 怪我によるダメージの為なのかはよく解からないとのことでした。
    しばらく様子を見ましたが 足を延ばしてくれる可能性がないようなので 仕方がないので外から見えている部分で 皮膚が引きちぎられたようになっている所に消毒液をたらして乾いた脱脂綿でふき取り 抗生剤の軟膏を塗ってもらうしか治療の方法がないように判断しました。消毒の仕方を飼い主さんに説明している途中で 消毒薬の刺激に反応したのかもしれませんが 突然食いちぎられた方の足を 思いいきり伸ばしてくれました。
    私は慌てて その足の太ももに当たる部分を捕まえました。太ももの下に膝があり その先の予想していた通り足首の辺りから先を食いちぎられているのが確認できました。皮膚は引きちぎられたように無残な状態でしたし 肉の中から骨がむき出しになって飛び出していました。骨と言う組織は 空気に触れてしまうと組織が崩壊して崩れ落ちるように消失するのです。この状態で足を動かしていれば 骨の突出はさらに大きくなり いずれは消失するでしょうし 引きちぎられた皮膚も再生して肉の部分を覆ってくれるような再生を期待するのは難しい状況の様でした。
    仕方がないので 突出している骨を除去して 引きちぎられた筋肉組織を整形し 皮膚もきちんと再生するためには形を整えて 縫い合わせる手術が必要であると判断して その旨を飼い主さんに説明しました。全身麻酔は 冬眠から覚めたばかりの時期には 不安がありましたので 手術する左後肢に局部麻酔をかけて行う事にしました。その時点で夜の八時を過ぎていましたので いったん預かって 手術の準備ができ次第 手術することにしました。当然一人では無理ですから 奥様を呼び出さなければなりません。
    直ぐに電話をかけて 呼び出して到着を待つ間に手術の準備をしました。奥様が到着して手術を始めようとしましたが こちらの都合だけでは手術が始められません。先ほどの様にカメが左後肢を伸ばしてくれないとそしてその状態で太ももの部分をしっかりと捕まえないと 手術が始められないのです。当然かもしれませんが カメにしたら 初めて会った人間たちに捕まえられているのに 患部の足をなかなか表に出してくれません。患部と同じ左側の前足を捕まえてみましたが 余計に後肢を引っ込められてしまいました。そこで今度は逆に 左前肢を押し込んでみました。すると押し出されるように同じ側の後ろ足が少しだけ外に出てきました。しかしいつまでも前足を奥に引っ込めているとカメが苦しそうに見えたので 辞めたらすぐに後ろ足も元の様に引っ込んでしまいました。
    正直私も亀の体の構造まではよく知りませんでしたが いろいろな部分を触っているうちに徐々に体の反応が分ってきました。どうも前足を押し込むと膝が伸びるような状態になって 後ろ脚が少し外に出てくるみたいなのです。そこで鉗子を三本ほど用意しておいてから 前足を押し込みました後ろ足が少しだけ伸びた時に皮膚のしっかりした部分に鉗子を三本かけました。後は勢いで鉗子をそっと引っ張って後ろ足全体を甲羅から引きずり出しました。まずは私がしっかりと太ももの辺りを捕まえて 足をひっこめられない状態で保定しました。慎重に奥様の手に持ち替えてもらいました。実は奥様は爬虫類が大の苦手なので カメに直接触れるのは怖いとゴム手袋をはめていましたが ゴムによってかえって滑りにくくなり 捕まえやすかったのかもしれません。
    先ずは局部麻酔剤を筋肉注射しました。麻酔が効いて来ればある程度じっとしていてくれるでしょう。さてどうにか術野が確保できましたので 先ずはアルコールをたっぷりとかけて 傷口を出来るだけ消毒しました。次に突出している骨を骨切ばさみで切除しました。ついでグシャグシャに引きちぎられた筋肉組織の形を整形しました。更に垂れ下がったような状態の皮膚も余分な部分を切除して 縫合出来る形に整えました。先ずは骨がまた飛び出してこないように 筋肉組織を吸収糸で何針か縫いました。次に皮膚同士を合わせて五針ナイロンの糸で縫い合わせました。
    私も細かい作業でかなり大変でしたが 奥様が ゴム手袋越しとはいえ苦手なカメのふとももをしっかりとつかまえてくれていましたから それもかなりの時間ですから 相当に大変だったと思います。何とか無事手術が終えられましたので 飼い主さんに電話でお知らせしてその日の仕事が終了しました。時計を見ると十時を回っていましたから 結構疲れた一日でした。

  • 3月23日 日本人メジャーリーガーに愛国心はないのか

    日本がWBC準決勝で アメリカに敗れてしまいました。結果的には2対1と惜敗ですが 試合としては アメリカの方がホームであることにもよりましょうが 全然余裕のある勝利だったように思えます。日本チームが 第一回と第二回に優勝した時には イチローを始めとして メジャーリーガーたちが積極的に参加していたおかげだと思います。所が 前回はメジャーリーガーが一人もいなかったし 今年も青木ただ一人の参加にとどまりました。日本はWBC唯一の複数回優勝国ですから 世界でも有数の野球の本場と言っても 過言ではないように思います。しかし日本のプロ野球で 飛び抜けて活躍した選手は皆 メジャーリーガーになってしまいます。
    野球と言うよりもベースボールと言うスポーツは 諸説ありますが現在のような形態とルールが完成されたのは アメリカの様ですから やはり野球の本場はアメリカと言わざるを得ないのかもしれません。プロ野球のチームも全米で32チームもあり その下部組織として 二軍、三郡、四軍 更にはルーキーリーグなども含めると 百以上もの野球を職業とする人が所属するチームによって アメリカのプロ野球と言う組織は構成されているのです。その頂点に君臨するのがメジャーリーグと言う事になるのです。チーム数に応じてそこに所属する選手数も日本とはけた違いですし、当然かもしれませんがメジャーリーガーたちの受け取る年俸も 日本とは明らかに桁違いです。
    プロ野球選手がそれほど金の亡者だとは言いませんが その実力は結局一年間に受け取る金額で評価されてしまうのです。プロ野球を職業として選べる選手は それなりの才能に恵まれた人たちであり その中でも優秀な成績を収めている人たちは 人並み外れた練習をして頑張っているはずです。そんな頑張っている人たちが 更に高いレベルでの活躍したい そしてそれに見合う高い金額での契約をのぞむのは 致し方の無い事だと私も思います。
    メジャーリーグで活躍する日本人の数は毎年少しずつではありますが 増えているように思います。本場で活躍する日本人が増えることはむしろ喜ばしい事かもしれません。しかし日本のプロ野球でも特に活躍した選手が 抜けてしまう訳ですから 日本のプロ野球全体の実力としては 低下してしまう事は如何ともしがたい事かもしれません。日本のメジャーリーガーがどうしてWBCの大会に参加しなくなってしまったのでしょうか。
    そもそもWBCと言う大会は アメリカが ベースボール発祥の国として その実力が世界一であることを 再認識するために始まったように 私は捉えています。然しその大会が始まったころのアメリカは おごり高ぶっていたので 一流どころではなくて そこそこのメジャーリーガーを出場させれば 簡単に優勝できると勘違いしていたように思います。しかるに過去三回の大会では アメリカは決勝戦にすら一度も進出できていないという 燦燦たる結果でした。
    そこで今度の大会には 監督の人選から力を入れていたし 集めた選手も殆どがオールスターに出場した メジャーリーガーの選りすぐりの選手をかき集めて チームを構成しました。年俸で実力は測れないのかもしれませんが スタメンの選手九人の年俸を合計すると百億円を超えてしまい 日本で一番高年俸の球団ソフトバンクの全選手の年俸の二倍以上にもなるのだそうです。四回目にして アメリカが恥も外聞もなくして ベストメンバーを組んできたのです。
    今回の大会では イスラエルなんて野球と言うスポーツが存在しているのかさえ疑問のような国が 相当に活躍しました。なんでもそのスタメンには メジャーリーグで活躍する選手が 顔をそろえていたからなのだそうです。他の国々も そろって一流とは呼べないのかもしれませんが メジャーリーグの選手をそろえていたのだそうです。日本も頑張って予選は全勝しましたから メジャー級の選手にも勝利を収めました。
    しかしアメリカはそのメジャーリーグの選手 数百人のうちからほぼベストメンバーを揃えてきたのです。なぜ日本人メジャーリーガーがWBCの大会に出場することに消極的になってしまったのかよく解かりませんが 日本人としての誇りと愛国心があるのなら ぜひ日本チームに参加して WBCの大会に出場してほしいと思います。今回の大会だって 前ケンやダルビッシュ マー君辺りがいれば アメリカに勝利して 世界一も夢ではなかったように思います。時期的に そのシーズンと自分の成績だけを考えるのであれば 自分なりのトレーニングと調整のために大切な時期であるのは よく解かりますが 他の国々 そしてアメリカ自体が 本腰を入れて WBCと言う大会に取り組んでいるのに 日本人メジャーリーガーだけが かたくなに背を向けているのは とっても寂しい出来事だと思いますので 次回には出場してくれる選手が もっと増えてくれることを強く望みます。

     

  • 3月22日 暖かくならないので バーベキューをしようと思いましたが 諦めました

    私は先週の旅行で もう少し暖かであればオートキャンプ場を借りて テントを張って バーベキューを楽しもうと楽しみにしておりました。しかし天気予報でキャンプの予定日が特に冷え込むとのことでしたから しょうが無く諦めて 但し神戸の北野ホテルにかなり割安で宿泊できて 世界一と評判の朝食を頂きましたので それはそれで有意義な一泊でした。でも私のバーベキューを楽しみたい と言う欲求は満たされていませんので 本日がもし暖かそうであるのなら 山田池公園のバーベキュー場に繰り出して バーベキューを楽しんでやろうと 密かに期待していました。
    しかるに 本日もずっと肌寒い風が吹いていました。バーベキューをするとき そのコンロの周りはどちらかと言うと汗ばむぐらいに暖かいのですが 椅子に座ってゆっくりと食事を楽しむときに寒々しいと のんびりと食事を楽しむことが難しそうです。雨の降る心配はなさそうですが 寒くてせっかく準備したバーベキューを早じまいしてしまうのでは 勿体無いし 奥様が旅行の疲れが出られたのか 多少風邪気味だったこともあり 諦めました。
    まあ山田池公園はすぐ近所ですから 十分に準備しておけば 午前中の仕事を十二時できっちりと片付けてしまえば 別に水曜日以外の日でもバーベキューは出来るでしょうから もう少し暖かくなるのを待つことにしましょう。それにしても今年の春はなかなかやって来ないように感じます。既に梅の花は殆ど散ってしまっているみたいですから 発が近づいているのは間違いないのかもしれません。今年は梅見に全然出かけませんでした。例年だと暖かそうな水曜日に 京都が多いのですが 梅見物にでかけるのですけれども 今年は旅行が一月ほど後にずれ込んだこともありましたし 暖かくなって春の到来を感じられなかったためか 何となく外出を控えてしまっていました。
    ホームセンターなどでは春になり屋外での活動が始まることを予想して バーベキューやテントなどの商品が目立つ場所に展示してあります。私はバーベキューコンロはそこそこ使い勝手の良いものを所有していますが 消耗品の炭と着火剤は 買い足さなくてはなりません。着火剤は新聞紙を棒状に丸めたものなどでも代用が出来ますが やはり着火剤の方が確実に炭が燃え始めてくれますので つい購入してしまいます。
    二三年前に 私たちがバーベキューをしている隣のエリアに 大学生らしきグループがやってきました。むさくるしい男の子ばかりの集団なので全然興味はなかったのですが いざバーベキューを始めようとしていたみたいですが 何時までたっても火が起こせないで 困っているようでした。奥様が見かねて 火を起こすのを手伝ってあげるように私に指示を出しました。どうもその連中はバーベキューをしたことのある経験者が一人もいないみたいで スミに直接着火マンの火をかざしていました。炭に 火が燃え移り炭自身が燃え始めるのには かなりの時間がかかるのです。結局着火マンをつけっぱなしにしていたので 着火マン自体が燃料切れになったみたいで 全く火を起こせなくなって 困っていたらしいのです。
    全く見ず知らずのお兄ちゃんたちでしたが 困っているのは私も可哀そうに思えてきたので 声をかけて助け船を出しました。うちのコンロに着火するのに持って来ていて 残っていた着火剤と着火マンを持って 隣の兄ちゃんたちのコンロに出かけました。別に炭に火を起こすことは 経験さえあれば難しい事ではありません。まずは着火剤を一番底に並べて その上に炭を立て掛けるようにして並べて後は着火マンで点火するだけです。着火剤が数分間勢いよく燃え続けますから その火の勢いで炭が燃え始めるのです。
    ついでにコンロの中で スミの量で火力が決まるわけだから 右端に炭をたくさん並べて真ん中辺りに中くらい左端を少なめにすれば 火力に差が出来るので 調理がしやすい事も教えてあげました。要は焼き始めは強火でどんどん焼けばいいけれど ある程度焼けたものをそのままにしておくと焦げてしまうので火力の弱い所に移動させれば 冷めずに焦げてしまわずに食べられるのです。若いぴちぴちのお姉ちゃんでもいれば 更に詳しくバーベキューの焼き方について教えてあげたかもしれませんが むさくるしい兄ちゃんだけの集団でしたので そこらへんで切り上げました。
    わたしたちの方が 先に始めたので 先にバーベキューを終了することになりました。消し炭を専用の回収箱に捨ててから コンロをたたんで収納してテーブルやいすも片付けて車に積みました。その頃には隣のお兄ちゃんたちのバーベキューも盛り上がっていましたが 私たちが荷物を片付けて車に積み始めると 全員が起立して 最敬礼をしてお礼を言ってくれました。一寸お節介だったかとも思いましたが 取り敢えず彼らもバーベキューを楽しめたのですから 手伝いに行ってあげてよかったと思いましたし 礼儀正しい若者たちの集団だったので 別にお礼を言われたくて 助け船を出したわけではありませんが キチンを感謝を態度に示してくれたので 久し振りにいい事をしたのかな と自分でも嬉しくなりました。
    知識と経験のない人は 公園などで広いスーペースがあれば 何処でもバーベキューをしていい様に勘違いをしているようですが バーベキューは終了してからも かなり長時間炭が燃え続けますから 専用の回収箱に捨てないと 火災の原因になったりします。ですから 炭専用の回収箱が設置されたバーベキュー場でしかバーベキューを楽しんではいけないのです。よく若い連中が 河原などで勝手にバーベキューを楽しんで コンロをそのまま放置して帰ってしまう馬鹿者がいます。バーベキューコンロ自体がそれほど高価なものではありませんから 使い捨て感覚なのかもしれませんが 同じ日本人として そのような非常識な輩が少なからずいることは 悲しくなってしまいます。まあそんな連中から見れば そんな奴らに常識を求めること自体がナンセンスなのかもしれませんね。

  • 3月21日 石原さんの百条委員会 見ていてガッカリしました

    ここ数日石原さんとその周辺の人物の参考人招致や百条委員会が行われたみたいです。私は政治家だった石原さんが 生理的に嫌いなので 吊し上げられて ひどい目に合えばいいのに と正直期待していました。参考人招致と百条委員会の違いは 要するに百条委員会の方が縛りがきつくて 拒絶もできないし 万一嘘をつけば処罰される と言う事だそうです。逆に参考人招致とは 嫌ならいかなきゃいいし 適当な事を言ってごまかしても 何のお咎めもなくて 質問される極気楽な場なのです。要は学校の帰りの会で 女の子にその日にやらかしたいたずらをうるさ型の女の子にチクられたぐらいの事でしかないようです。
    猪瀬さんや舛添さんが 早く辞めろという周囲の雰囲気を無視して 都知事の椅子にしがみつこうとしたので 「百条委員会に引っ張り出すぞ」と言う伝家の宝刀を振るわれたら 堪らずにあっと言う間に辞職してしまった 位の切れ味がある委員会だと勘違いしていたみたいです。石原さんの「記憶にないのだからしょうがない」の連発で 質問に対する核心をついた答えが全然引き出せないのですから 一旦こんな惨めな百条委員会を認めてしまうと 今後疑惑のある政治家を追い詰めるのに 「百条委員会に引っ張り出すぞ」と言う言葉の効果が半減してしまうのではないかと心配です。
    でも石原さんが都知事を辞めてからの年月を考えれば 致し方の無い事かもしれません。84歳とご高齢ですし 脳の病気を患われたわけですから 数年前の細かな出来事について 覚えていないのはある意味当然かもしれません。私は今年還暦を迎えますが 石原さんから見ればほんの若造です。私は毎年 確定申告をしていますから 年が明けて申告の準備をするときに前年度の出来事を いろいろと振り返ります。ほんの一年足らず前の事でも 恥ずかしながら 私自身は殆ど覚えていません。まあ私には しっかり者の奥様がついていますので 奥様に助けて頂いて この領収書が一体どのような時に どんな場所で 何のために発行されたのかを 辛うじて思い出して伝票に書き込みます。
    石原さんが都知事時代には 凄く沢山のしんどい思いや 嫌な出来事 辛い日々があったはずです。もし私なら都知事を辞めたその次の日には そんな思い出したくもない出来事は きれいさっぱり忘れ去ってしまいます。石原さんが脳の病気を患われた後遺症は その風貌にも表れていました。都知事時代の 傲慢で人を見下したようなまなざしは消え去り ただの衰えたボケ老人にしか見えません。そんな窶れ果てた老人を今更責め立てたって 責任を追及しようとしても 無理がある と言うか意味が無い事の様にも思えます。
    私ががっかりしたとこのブログにも表現したのは 質問する側の準備不足にです。わざわざ百条委員会なんていう大舞台を用意しておいて 勿論石原さんが相当に有能な弁護士辺りから入れ知恵されていたのでしょうが のらりくらりと上手に質問をかわしていったのもあると思います。しかし こんな大舞台に引っ張り出した質問者が 石原さんがやったことの一体どの部分について明らかにしたかったのか どういう点にてついて白状させたかったのか 凄く曖昧で 結局石原さんに上手く乗り切られてしまったのは 明らかに質問をする者の怠慢だと思います。
    よく言われているのが 百条委員会 と言う最も厳しい舞台に石原さんを引っ張り出して見せたことで 来る都議会議員選挙に向けての都民へのアピール 点数稼ぎに過ぎなかった と言う事ですが こんな何の成果も上がらなかった委員会を開いたこと自体が 税金の無駄遣いにすぎず 反って都民をがっかりさせたに過ぎない出来事のように思えてしまいます。結局のところ 築地市場の老朽化による移転問題は 解決に向かって何にも前進していません。
    豊洲が問題があるからといって 今更諦めるのでは あまりに大きすぎる税金の無駄遣いであるわけだし 豊洲がベストではないが 汚染問題が直ちに市場としての機能に問題がないのなら 当然風評被害などは予想されますが 妥協して取り敢えず移転すべきかもしれません。私は大阪人ですから 東京の市場で扱われる食品を口にする可能性が 皆無ですから気楽な発言をしているのかもしれません。しかし本来なら昨年移転していたはずの築地市場の老朽化はもう限界を迎えているはずです。
    これから代替地を探して 交渉して買付して 建物を設計して建設していては あまりに時間がかかりすぎて 現在の築地市場は待ちきれないのではないでしょうか。今更石原さんなんて言うすでに死んだも同然のボケ老人を呼び出して責任の追及をするよりも 小池さんは築地で働く人たちの仕事場と 東京都民の台所の問題を どのように解決していくかに向かってまい進すべきだと私は思います。

  • 3月20日 暖かかったので 屋外でお昼ご飯を食べました

    本日は お天気がよくて風も殆どありませんでした。そこでいつも出かけている津田山手の高台にある公園の展望台に出かけてみました。今年になってからも そこまでは何度もお弁当を持って出かけていましたが 車を停めて外に出ると 高台なので地形的に風が吹きさらしになるのもあって 寒くて直ぐに車に戻ってしまい 結局車中でお昼を頂いていました。所が本日は 風が殆ど吹いていませんでしたし 日差しがポカポカと照りつけていましたので いつもの展望台まで下りてみましたが そんなに寒くありませんでした。
    お弁当と言っても 私がお天気と風邪のないのに気づいて 三十分位で チャチャッと作った ゆでスパゲティにマーガリンをまぶしてレンジで温めたものに レタスやキュウリ、缶詰のコーンなどの野菜と シーチキン、スクランブルエッグを混ぜ合わせて ドレッシングをかけた ボリュームたっぷりのサラダだけです。それだけではちょっと寂しいので近所のスーパーでパック入りのみたらし団子をデザート代わりに購入して 水筒に熱々の日本茶を詰めて 出かけたわけです。
    昨年の確か十一月の中ごろに 「もう寒くて限界だね」と言って展望台での食事を諦めてから 約四か月ぶりの事でしたが 久し振りに屋外での食事は スパゲッティサラダとみたらし団子と言うみすぼらしい内容でしたが とても美味しく そして楽しく頂けました。やっぱり青空の下でいただく食事は 楽しい気分にしてくれますから 屋内で食べたら味もそっけもないようなメニューでも 凄く美味しく感じたのは 不思議に思えました。展望台には 木目調の柄が入っていますが 実は金属製のテーブルとイスが設置してあります。夏場はきつい日差しを浴びて 熱くて触れないぐらいの時もありますが 本日は春の緩やかな日差しを浴びて ほんのりと暖かさが感じられましたので 嬉しかったです。
    奥様とは 寝泊まりしている家こそ 事情があって異なりますが 何もなければ 朝から夜まで ずっと一緒に仕事をしております。まあ恥ずかしながら 暇を持て余している病院なので ずっと一緒にいるからと言って ずっと仕事を一緒にしているわけではありません。有難い事に トリミングの予約は ほぼ毎日隙間なく埋まっておりますので 奥様は毎日せっせとトリミングのお仕事に励んでおられますが 私はたまに来られる患者さんに対応するのと 又たまにはいる手術の予定に対応して 道具の準備や麻酔の用意をします。勿論手術自体は 私がやりますが 奥様の的確なフォローのおかげで スムーズに手術が進む場合が多いです。患者さんを診察している時や 手術をしている時は 顔を突き合わせていますから 当然必要に応じて喋りますが 奥様がトリミングをされている間は ときどき私が退屈して話しかけたくなる時もありますが 奥様の集中力を見ださないように なるべく話しかけないように気を付けています。
    そんなわけで 奥様と私は四六時中お喋りをしているわけではありませんが 普通のご夫婦に比べれば 凄く会話量が多いのだろうと思います。例えば 旅行に出かけている間は 殆どが車での移動ですし 別々に行動するのは トイレの時ぐらいのものですから とにかく一緒にいるときは 勿論遊びに出かけている最中ですから 二人ともテンションが上がり気味ですので それこそ眠っている以外の時間は のべつ幕無しでお喋りを続けているような気がします。奥様とは 一日殆ど一緒にいて 仕事に集中するとき以外は ずっとお喋りしているのに 会話が途切れてしまうことがないのが不思議です。
    本日のお昼のお食事タイムも 二人でそれこそいろんな話題 政治や社会についての問題と言った硬い話題から、スポーツ、芸能界関係の話題勿論乃木坂や欅坂の事を含めて等やわらかいネタまで一時間以上ずっとしゃべり続けていました。
    途中で風が吹いてきましたので 車に避難しようかと話しているうちに 風が止んでくれましたのでそれこそ二時間近く話が続いてしまいました。私たちのいた展望台よりも一段下の位置に もう一か所同じタイプのいすとテーブルのセットがあります。そこに おばちゃんとお婆ちゃんが やはり私たちと同じようにお弁当を持って わたしたちよりも少しあとでやってきました。仲の良さそうなおばちゃんとお婆ちゃんですから 楽しそうな笑い声や喋り声が聞えていましたが 一時間位そこにいて 帰っていかれました。
    わたしたちのいた場所よりも少し離れた芝生の上に 小さな語ども連れのご夫婦が ビニールのシートを広げて お弁当を食べている気配がしていましたが やはり私たちよりも後から来られましたが 先にお帰りになったみたいです。暖かいとはいえ 屋外で二時間もゆっくりするには まだ季節が少し早かったのかもしれませんが 私と奥様は久し振りに屋外で楽しく食事が出来たので ついつい盛り上がってしまって かなり長いしてしまったみたいです。
    展望台について二時間が過ぎたころに さすがに私が引き上げることを提案して その場はお開きになりました。久しぶりにこの展望台にやってきましたが 凄く楽しかったので これからちょくちょくやってくると思います。さすがに真夏の時期は 日差しを遮るものが全く何もない場所なので 気温的にも暑いし テーブルやいす自体が 金属製ですから触ったり 座ったりしているのもつらいぐらいになってしまいますので 今度は暑すぎて利用できなくなってしまいます。そうなるまでに 今年もこの展望台には何度もお世話になると 思います。
    ただ心配なのは 私たちは勿論 常識のある人間なら 当然自分たちもゴミは自分たちで持ち帰り 他の人が使用するときにも 気持ちよく利用できるように なるべく汚さないような使い方をしています。所が 恐らく若い常識をわきまえていない連中が利用した後は 何しろ夜など全く人気が無くなりますから やりたい放題なのだと思いますが 花火で遊んで 一切後片付けをせずに帰ってしまったり ファーストフードを食べ散らかして そのまま放置して帰ったあとが時々見受けられます。誰も見ていなくても 自分たちが次に来た時にゴミだらけなら 不愉快な思いをすることぐらいは よほどの子供でなければ 想像がつくことだと思います。まあいまどきの若いものに最低限度の礼儀やモラルを求めること自体が 時代遅れなのかもしれませんが 残念な事です。
    せっかく楽しく食事をしたのに 暗い話題では終わりたくありません。欅坂の四枚目のシングルのPVを見ました。それほど印象に残るような曲ではありませんでしたが ユイポンが非常に可愛かったのでやっぱり予約して何枚か購入するつもりです。とにかくユイポンは可愛い。ナーチャンに負けないぐらいに可愛いです。おしまい