Dr.喜作のブログ

2020年8月 の記事一覧

  • 8月4日 本日は語呂合わせで 箸の日なのだそうです

    日本人なら お箸を手にしない日は あまりないように思います。食いしん坊の私は 一日に何度もお箸を手にしてしまいます。お箸の握り方は 大抵幼稚園ぐらい 小学校に上がる前に 最初は勿論親に教えてもらって覚えるのだと思います。正しいお箸の持ち方は下に位置するお箸を薬指の爪の付け根辺りと 親指の付け根の辺りで固定します。上に位置する箸を鉛筆を握るように持って親指を支点にするようにして人差し指と中指で箸先をコントロールすれば 細かいものでもちゃんと挟めるのだそうです。覚え始めのころに きちんと教わって 正しい箸の持ち方をきちんと身につけておけばよかったのですが 還暦を過ぎた今でも 正しい握り方ができていません。お恥ずかしいことこの上もございません。
    私の場合 下にある箸を固定するのに 中指まで使ってしまっているのです。ですから上にある箸をコントロールするのが 親指を支点にして人差し指だけで動かしていますので 箸先を上手くコントロールできないのです。子供のころは 正しい箸の持ち方をしていても 覚えたてですから 細かいものを挟み辛かったりするかもしれませんが 私の場合 間違ったちぎり方をしているにも拘らず 人差し指が割と器用に動いてくれていましたので 明らかに間違った握り方をしているにも拘らず 子供としてはそれ程不自由を感じなかったことが 不幸の始まりでした。その時 箸を持ち始めて日が浅いうちに その不便さを痛感したら その時点で箸の持ち方を正しく修正できていたのかもしれません。
    所が 子供にしては 誤った握り方をしているにも拘らず そこそこ無難に箸が使えていると勘違いしてしまったがために 自分が箸の持ち方が明らかに間違っていると気づいたのは 二十歳前後の事でした。それ以来正しい箸の持ち方を教わり 何とかその持ち方に直そうと努力は何度も何度もしましたが 一旦しみついてしまった習慣というのは恐ろしいもので 意識した時には 正しい持ち方が出来ないことはありませんが 長年間違った握り方で それ程不自由なく 食事ができていましたので 意識しないとついつい長年続けてきた握り方に戻ってしまうのです。
    スポーツ選手などが 自己流で練習していて 何か悪い癖がついてしまっているとき 優秀なコーチなどからその欠点を指摘されて 直そうと努力するのだけれど 体に染みついてしまった悪い癖を きちんと取り除くことに 凄く苦労されているのをテレビなどで見かけますが 私の間違った箸の持ち方も 恐らく死ぬまで修正できないのであろうと思います。勿論今後も 何とか正しいお箸の持ち方が身につくよう努力はしていくだろうと思いますが これまで事あるごとに直そうとしてうまくいきませんから しょうがありません。でもお箸とのおつきあいは 恐らく終生続くのでしょうから 諦めないで頑張ろうとは思っております。
    一人前の日本人のつもりなら 箸ぐらい正しく持って 正しく扱えなければ 恥ずかしいはずですが 日本人でもお若い方の場合 正しい日本語で喋ることができていない方々が 少なからずいらっしゃいます。但し言語というのは 習慣ですから 誤った使い方をする人の方が主流派になってしまうと いつの間にかそちらの方が正しい使い方になってしまう事が しばしばあるみたいです。私は 趣味として俳句作りを頑張っておりますので日本語の美しさや品格を大事にしていきたいと考えております。ですから 幾ら間違った使い方をする人が増えたって 間違いは間違いとして きちんと正して古き良き時代の格調ある日本語を守っていく方が良いように思いますが こんなことを考えること自体が 年を取ってきて 世の中の変化に柔軟に対応できなくなっていることを自覚すべき出来事なのかもしれません。

  • 8月3日 夏風邪って 症状が新型コロナ感染症と症状が似ているので 厄介です

    7月~9月に流行する感染症のうち「手足口病」「ヘルパンギーナ」「プール熱」が三大夏風邪と言われています。普通の風邪やインフルエンザと言えば 冬の寒い時期の病気だと思われがちですが インフルエンザについては 一月から三月の患者数と七月から九月の患者数はほぼ同じなので暑いからといって安心していてはいけません。夏風邪と言われるこれらの病気は 勿論夏を中心に流行しますが 秋冬にも頻繁に見られますし その症状が新型コロナ感染症と似通っているので 判別が医師でもつきにくいので 非常に厄介な問題が起こっています。
    「手口足病」の症状は 名の如く手、足、口に発疹や潰瘍ができる病気です。急に38度台の発熱があり、口の痛み、手足やおしりに発疹が見られるようになります。口の痛みが特徴的ですが この時期に高熱を出して苦しみだすと どうしても今の時期だとコロナ感染症を心配してしまいます。「ヘルパンギーナ」は喉の中に長く居座るウイルスが原因なので、口の中に似たような発疹ができ、下痢などおなかの症状が出る場合もあります。突然38度以上の高熱が出て喉の奥が赤くなり、特異的な発疹や潰瘍ができ、痛みも酷くなります。「プール熱」は正式な病名は、咽頭結膜熱ですが、プールの水を介して感染しやすいことから「プール熱」と呼ばれています。感染力が強く、高熱、のどの発疹、充血や、目やになど目の炎症を起こします。39度~40度の熱が4日前後続きますが それ程痛み苦しみは伴わないと言われています。
    総じて 高熱を発するし 口内に発疹などが出来て 味覚異常になるので 症状が 新型コロナ感染症と類似しています。そのうえ夏風邪は 暑い時期にかかるので 冬場と違ってしっかりと温まることが難しい どうしても汗をかくと冷房をつけてしまうので 治るのに時間がかかりますから かなり面倒な病気です。そして夏風邪を起こすウィルスたちに対する特効薬がありませんから 対症療法で痛みや辛さを取り除いていくしか治療法がありませんから 一旦かかってしまうと 患者に負担が大きな病気なのです。
    ただでさえ厄介な夏風邪が 現在新型コロナ感染症が蔓延っている社会では 凄く困ってしまう病気なのです。世界から 日本の検査体制の貧弱さを散々指摘されていますが 未だにそれらしい症状があっても 本人がいくら希望しても 精度の高い検査は受けられないのが現状だそうです。現在感染経路が辿れない患者が急増していますから 無症状の患者を徹底的に焙りだして 隔離するなりの適切な処置を取っていかなければ 感染確認人数を減らすことなどできるはずがないのに 一向にそちらの方向に向かっての努力をしない アベチャンは何を考えているのでしょうか。そして毎日感染確認人数が増大し続けているこの緊急事態に アベチャンが表に出てきて 何故非常事態宣言を再び発令しないのか 何故このタイミングで ゴートゥーキャンペーンを強行したのか 等説明しなければならないはずなのに どのような理由で逃げ隠れしているのか きちんと説明するべきだと思います。出来ないのなら 一刻も早く総理大臣の椅子からおりてください。

  • 8月2日 子供たちが夏休みに入りましたが 旅行やプールなどの楽しみも少なそうです

    全ては 新型コロナ感染症が災いして せっかくゴートゥートラベルキャンペーンが実施されていますが 感染者が急増している大阪から 旅行に出かけてもいいのでしょうか。観光地へ自家用車ならいいけど 電車は混みあうかもしれませんから 感染が心配されます。但し車で移動する場合の 高速料金やガソリン代は キャンペーンの対象外になってしまいます。観光地としては 頑張って訪れてもらえたお客さんを大歓迎するのでしょうが 大阪からやってきたとなると 心底喜んでもらえているのかどうか疑問です。大阪の感染確認人数の増大ぶりも東京と五十歩百歩なのかもしれません。大阪人ですらそう思うのですから 感染確認人数の少ない地方から見たら 凄く警戒されるのは 致し方のないことのようにも思います。例年なら お盆には ご両親の故郷へ帰省される方々が多いのでしょうが 今年に限っては 歓迎されないどころか拒否されてしまうかもしれませんから お墓参りも大事だけれど よく考えて行動しなければならないように思います。
    子供にしてみれば お盆に帰省できなくても せめて観光地への泊りがけの旅行にぐらいは連れて行ってもらいたいところかもしれませんが 今年は近場に一泊してすぐに帰宅するような小旅行が増えるのかもしれません。例年だと お盆は皆さんお出かけになる予定を早めにたてておられて そろそろペットホテルの予約も入り始める時期なのですが 今年は 先日の四連休もそうでしたが 犬舎は閑古鳥が鳴いておりました。無理して旅行して もし誰かが病気を貰ってしまったり 訪問先で広めてしまったりしたら 大変なことになりますので 今年のお盆は 私も寂しく過ごす覚悟をしておきましょう。
    今年は 学校のプールの授業も軒並み中止になっていたのだそうです。プール自体は屋外にありますが 更衣室が狭いし密閉されていますから いわゆる三密状態が懸念されたからなのだそうです。学校のプールが禁止されるのに対して 民間のプールは何とか頑張って営業するみたいですが 感染症対策のために 仕方がないのかもしれませんが ソーシャルディスタンスなどを かなり煩い位に制約されるらしいので 楽しく遊べるのかどうかは分からないようです。海水浴場も 閉鎖されている所が多いみたいだから オープンしている所は猶更混みあってしまって 更衣室での 感染の心配も高まるし 心置きなく楽しめないのかもしれません。
    今年も八月に入ってからは 割としっかり暑くなりそうですから 子供たちが河川など水辺で遊んでの事故が増えてしまわないかと 心配する声も上がっています。私が子供のころ 九州の親せきの家に出かけた時には 毎日のように川へ泳ぎに出かけていました。今でも田舎では 子供は川で元気に泳いでいるのでしょうか。田舎で自然と仲良くすることは素晴らしいことだと思いますが くれぐれも事故には気を付けていただきたいです。今年は子供たちの夏休みの期間も短いし 宿題は割としっかり出されているみたいなので まあ春先から休みたくもないのに うんざりするぐらいに休んでいたわけですし 今年の夏は 文句を言わずに辛抱しなければならないのだと思います。
    感染確認人数が 増大の一途を辿っておりますが どうして政府が二回目の緊急事態宣言が発令しないのか不思議で仕方がありません。初めての時と同様に 外出と休業の極端な自粛を求めても どっちみち一時的に感染確認人数が減少するだけの事であることは 誰しも分かってしまいましたから 二回目の宣言が出されても 前回ほどの国民の自粛は期待できないでしょうから 感染確認人数の劇的な減少も短期間では起こらないでしょう。だとしたら 宣言の解除もなかなかできないままの状態が長引くと思われます。
    飲食業や観光業の不振ばかりが 取りざたされすぎているように私としては考えてしまいます。日本の産業はそれ以外の業種が沢山ありますし そちらに携わっている方の人数の方が 圧倒的に多いのですから 飲食業と観光業の業績回復を目指すあまりに 感染症確認人数の増加を抑える方向への努力が明らかに足りていないように思います。飲食業や観光業は 私にとっても身近であり とっても大切なお仕事だとは思いますが そのほかの産業の事も大切に考えて 政策をたてていただきたいと私は思います。
    こんな時代に とても貴重な子供時代を過ごさねばならない 現在の小学生や中学生に心から同情いたしますとともに 心よりお見舞い申し上げます。この感染症騒ぎが収まるのには まだ当分かかるのでしょうから 窮屈な思いを沢山するのでしょうが ある意味凄く特異であり貴重な体験ができている と言えるのかもしれません。大雨による水害で 仕事や家を失くされた方も少なからずいらっしゃいます。今現在辛い思いをしているのは 子供たちだけではないのです。この感染症もいわば 天災みたいなものだと考えて 少しでも自分の人生にとってプラスにしようという方向で頑張るしかありません。私も残りの人生を有意義にするために 懸命に頑張りますので 幼い方々も 天からの災いに文句を言ったって始まりませんから 元気に明るく前向きに生きていきましょう。

  • 8月1日 1590年の本日 家康が江戸城に入ったのだそうです

    全国統一を目指す豊臣秀吉にとって 最後に残った巨大勢力であった小田原の北条氏を倒したときに その戦の恩賞として 秀吉が家康に関東一円を領土として与えたことが切っ掛けなのだそうです。家康にしてみれば 先祖代々受け継いだ三河の土地や せっせと周辺から切り取った駿河 遠江、、甲斐、信濃などを取り上げられましたから 手放しでは喜べなかったのは 当然でしょうが 広さと禄高としては 膨大な領土でしたから ましてや日本統一を成し遂げた秀吉の絶頂期ですから 嫌とは言えずに 関東への移動命令に 従わざるを得なかったのでしょう。
    ましてや 当時の関東地方は 日本の中心である京都から 遥かに離れていましたから とんでもない遠方に左遷させられてしまった と言えるのかもしれません。秀吉にしてみれば 自分の主君であった信長の盟友である家康ですから その能力や人格、人望の厚さなどから 謀反を心配して 遠く関東に追いやり その手前の東海道筋には 絶対に自分を裏切らない大名を並べて配置して 安心したかったのだと思われます。但し 京都からは遠いけれど 非常に広くて将来性のある関東地方を丸々与えてしまいましたので ある意味トラを野に放ったようなものですから 家康がどっかりと関東に根を下ろして 馴染みのない土地柄ではあったのでしょうが 領土支配に邁進しましたから その後江戸で幕府を開いて 江戸即ち東京が日本の中心地になりました。
    家康が入城したのは 室町時代の武将 太田道灌が築城した砦に毛が生えた程度の 貧相な城だったようですが その後将軍の後継者たちが 改築 増築工事 を繰り返しましたので 日本ではとびぬけて大きくて壮大な城になっていったと言われています。時代劇で登場する江戸城は 凄く美してく立派ですが 改築 増築が完成したのちの姿だと思った方がいいらしくて 家康が入城したころの江戸城は かなりみすぼらしかったとらしいと思っていた方がいいようです。もし家康が関東に移どうさせられていなければ 愛知県や静岡県辺りで領土を広げてもらっていたとしたら ひょっとしたら名古屋辺りが日本の中心地になっていたのかもしれません。
    家康にしてみれば 先祖伝来の地である三河から離れねばなりませんから 相当に不満や不安があったであろうと 予想されますが 家康の英断があればこそ 天皇陛下は京都で暮らしておられるにもかかわらず 政治とやがては経済の中心が 江戸になりましたから 素晴らしい決断だったと言えるでしょう。私も老後は大分県杵築市で過ごすと決定しましたが なかなか仕事が引退できなくて もどかしいのですが 父が元気なうちは 長男としてそばで面倒を見るしかないと決意しておりますので 今後の事は成り行きに任せざるを得ません。