12月10日 本日はノーベルさんの命日にあたりノーベル賞の授与式が行われるのだそうです

今年も一人の日本人の方が 受賞されたみたいです。リチウム電池という現在の生活には 必要不可欠なるものを開発されたのだそうですが 私はスマホとまったく無縁なので 余りピンと来ておりません。ノーベルさんという方が ダイナマイトを発明して 巨万の富を得られたので 遺言として 世界のいろんな分野で大きな功績を建てられた人を表彰して 賞金を与えるような制度が1901年から確立されたのだそうです。ノーベル賞というのは 普通とは異なる 才能に恵まれた方々が 長年にわたって懸命に努力を重ねられた結果を 評価されて受賞されるもので 我々一般人とは全く無縁のものだと思っております。
ただし 私の友人で このブログで何度も紹介しております 永長直人君は 何と小学三年生のころから その受賞を人生の目標として掲げておられました。
当時 私も小学生でしたから ノーベルと科学技術分野における発明・発見や、学術及びスポーツ・芸術文化分野における優れた業績を挙げた方いえば キャンディーで有名な ノーベル製菓ぐらいしか馴染みがありませんでしたから 最初はお菓子にすごく興味があるのかなぐらいにしか 考えておりませんでした。確か小学三年生の二学期だったと思いますが 彼が東京からの転校生としてやってきたのです。見た目は それ程才気ばしった風貌ではなくて どちらかというとおっとりした育ちのいいお坊ちゃんという印象でした。所が授業中になると 彼の人格が変わります。そもそも私たち普通の子どもにしてみれば 教科書に書いてあることや先生の言葉に対して 一切疑問を持つはずがありません。
なのに彼は 教科書に書いてある文章の表現に対して もっとこういう言い方をした方が 適切であるはずだ などと発言します。そして教科書の内容に沿った 恐らく既成の つまり先生の手作りではなかったであろうテストを受けるときの彼の口癖が「ミスプリントや」でした。私たち 鼻水垂らして 頭の中遊びとおやつの事しかないごく普通の子供にしたら 聞いたことがありませんから 勿論発言したこともない言葉です。「ミスプリント」の意味は「印刷物の誤植」という事らしいのですが 彼は問題文のあいまいな部分や 場合によっては異なる意味にとられるかもしれない表現を 的確に見つけて 大声で指摘するのです。普段は授業中でもそこそこ賑やかな小学生の教室が さすがにテストが始まったばかりのころは シーンと静まり返っているときに永長君の甲高い声が響き渡るのです。転向してから一週間ぐらいしたときに彼についたあだ名は「ミスプリントの鬼」そして名字を音読みにして「天才エイチョー」でした。
とにかく まだ小学校の三年生なのに 将来の目標もしっかりと持っていましたから 普通の小学生であった私とは 住んでいる世界が異なることを感じていました。「将来は東大の多分理学部の教授になって 研究に打ち込んで いずれはノーベル賞を取りたい」という立派な目標でした。もし彼が とびぬけて頭脳明晰で かっこよくて運動能力まで高ければ 私は彼を大嫌いになっていたかもしれませんが 実際は おっとりしたお坊ちゃんで そんなに女の子にもてる風貌ではなかったし 走るのもどちらかというと遅かったので 私はそこそこ仲良くさせてもらっていたように覚えています。
そんな彼と再会したのは 四条畷高校に入学した時の事でした。同じクラスには全然なりませんでしたが 彼のとびぬけた秀才ぶりは 自然と耳に入ってきておりました。当時四条畷高校は 私たちの学年から学区改変があり 第四学区のトップ校になりましたので 十段階評価で10と9の子ばかりが集まっていましたが その中でもずば抜けていました。確か三年生になってから 五教科各二百点満点 つまり千点満点の模擬試験が何回か行われました。かなりの秀才ぞろいなのに 平均点が四百点台で 五百点以上取れれば 阪大に 六百点以上取れれば京大に入れるなどと噂されているテストでした。私は恥ずかしながら 四百点を超えるのが精一杯でした。
テスト終了後 各科目や総合した平均点と 総合点の各人の分布を棒グラフにあらわした結果が発表されました。さすがに賢い生徒が少なからずいるみたいで 六百点以上とる子たちがそこそこいました。そして例年は七百点以上取る生徒が存在しなかったからなのでしょうが 棒グラフの上限が七百点になっていたようなのですが 一人だけ毎回九百点前後の点数を取ってしまう人がいたので その人の分が書き足されていたように思います。そんなとんでもない点数を獲得するのは 永長君に間違いないことは 全員周知の事実でしたから 改めて器の大きさの違いを見せつけられるようで 辛かったです。
昨年高校の還暦同窓会がありまして 参加しましたが 数学の先生が言っていました。「彼は毎回毎回満点を取るので 何とか減点してやりたくて 高校生の数学レベルをはるかに超えた難題を出題して やっと満点を阻止できたとき 思わずガッツポーズしました」と。誰についての発言であるのかは 勿論みんな分かっていましたので 先生にそんな思いをさせるぐらいに 彼の秀才ぶりが突出していたのだと 改めてみんな痛感したように思います。
そんなとんでもない秀才の永長君は 子供のころの宣言通り東大理学部物理学科の教授になって 昨年 科学技術分野における発明・発見において優れた業績を挙げた方が頂戴する紫綬褒章なるものを受章されました。天皇陛下から 多分直接手渡されるのだと思いますが 我々一般庶民には 全く無縁の世界の出来事です。でも彼の人生の目標は あくまでノーベル賞を受賞することですから 彼にしてみれば 単なる通過点に過ぎないのだと思います。そして今日も彼は 黙々と研究に取り組んでおあられるのだと思います。
彼の目標がノーベル賞であることは 友人のだれもが知っていることですし 何時かは彼が受賞してくれることを皆信じて疑いません。六十二歳といえば まだ一流といわれる科学者の中では若手の部類でしょうから あと十年ぐらいしたら 本気でノーベル賞受賞者の発表されるときに 彼の名前が呼ばれることをワクワクしながら待つようになると思います。ここの所 日本人の受賞者が相次いでいますので 正直あまりお名前もお顔を 覚えておりませんが 彼が受賞してくれたら 私も小学生のころにそこそこ仲の良かった友人として とても嬉しいので 死ぬまで自慢の種にさせてもらおうと 楽しみにしております。勿論彼は 私の名前も顔も覚えてくれてはいないのでしょうけれど。

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