3月8日 本日忠犬ハチ公が 永眠したのだそうです

当時は ハチ公のような大型犬である秋田犬が 放し飼いで生活していたことが 現在から考えると不思議に思えます。飼い主であった上野さんと言う方は 愛犬家でハチのほかにも大型犬を二匹飼育されていたみたいですが いずれもリードにつながれての 生活していなかったみたいです。上野さんが出かけるときには 必ず家の門のところまで見送りに出ていたのだそうです。それがいつの間にか最寄りの駅である渋谷駅まで見送りに出かけ 帰宅する時間にはやはり駅まで出かけて 迎えるのが習慣になっていったのだそうです。
しかしそんな幸せな生活は 上野さんが脳溢血で急死されるまでの 僅か一年間で終わってしまいます。ハチ公にすれば 勿論上野さんの急死と言う事実は理解できなかったはずですが 上野さんのご家族のただならぬ気配を察して 亡くなられた日から数日は食事を摂らなかったのだそうです。そしてお通夜の日には 他の二匹の犬を引き連れて 渋谷駅まで帰らぬ上野さんを出迎えに出かけたのだそうです。この辺りのエピソードになると 話をドラマティックにするための創作のような気がしないでもありませんが。
上野さんが急死されてからの ハチ公は 一歳から二歳という一番年齢的にやんちゃ盛りだったのと 人懐こい性格が災いしたみたいで 何しろ大型犬が シッポを振りながらとはいえ 初対面の人に積極的に近づこうとしてしまったために 引き取った方たちがかなり苦労されたみたいで たらい回しにされてしまったのだそうです。しかしハチ公は 住む場所や環境はどんどん変化しても 上野さんが渋谷駅に到着する時間を覚えていて 駅からかなり遠い所に飼われていた時も その時刻には渋谷駅に現れて 上野さんの帰宅を待ち続けたのだそうです。
現在なら 大型犬がリードもつけずに 駅前を夕方の混み合う時間帯にうろついていたら 直ぐに保健所にでも通報されて 捕獲されてしまいそうですが その頃にはすでにハチは 忠犬として帰らぬ飼い主さんを待ち続ける渋谷駅の一種の名物になっていたみたいなので その存在がしっかりと勿論いい意味で 認知されていたみたいです。更には その話が広まり マスコミでも報道されましたから ハチがまだ存命のうちから忠犬ハチ公の銅像が渋谷駅の前に設置されて その除幕式にハチ公自身も参加したのだそうです。現在でも渋谷のハチ公の銅像前は待ち合わせの場所として 凄く有名みたいです。
よく「犬は三日間飼われた恩を三年間忘れない」等と言われますが ハチ公は 上野さんと言う飼い主に 他に二匹の先輩犬がいましたが 大切にそして愛情をこめて一年間 面倒見てもらったおかげで 十年間も渋谷駅までのお出迎えを続けたのだそうです。面倒をみてくれた家はあったのかもしれませんが そちらには空腹になった時だけ食事をとりに帰宅して 直ぐに渋谷駅に戻る生活をしているうちに いつの間にか野良犬生活になってしまっていたみたいです。
渋谷駅周辺で生活する人たちには 可愛がられていたみたいで 焼き鳥を餌代わりとして沢山もらっていたみたいです。但し大型犬ですから 十センチ余りの焼き鳥は串ごと丸呑みしてしまっていたみたいで 死後に解剖された時に 胃袋から焼き鳥の串がかなりの数見つかったみたいです。結局十一歳ぐらいの年齢でハチ公は亡くなったみたいですが 直接の死因としては 重篤なフィラリア(犬祇条虫症)により相当量の腹水が貯留していたのだそうです。まあ予防をしてもらっているはずがありませんから フィラリア症にかかっている犬としては 過酷な生活環境の中 頑張って長生きしたのかもしれません。
忠犬ハチ公の物語は テレビドラマや映画にも何度もなりましたから 私たちの年代なら 知らない人はいないと思いますが 若い年代の方には 渋谷のハチ公前が 待ち合わせの場所として知られている 位の認識しかないのかもしれません。古い話が忘れ去られていくのは 必然的な事かもしれませんが ハチ公のとても素敵で悲しい物語は 長く語り継がれていくことを期待してしまいます。

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