3月9日 突然訃報が舞い込んできました

私は メールチェックをこまめにしておりませんので 時々大事な要件を知るタイミングが遅すぎて 悔しい思いや 残念で地団太踏むことがありますが 今回もそのような事が起こりました。今回の残念な一件は 高校時代の友人の訃報がメールで届いていたのに その事を知るのが遅すぎた事です。私は 高校時代 女子と話したりしたかったのですが 自意識が過剰だったのと 自分の見てくれに対するコンプレックスが強すぎたので 殆どクラスメイトの すぐ隣に机を並べて学んでいた女子に対しても 距離感が大きすぎて 話さえできませんでした。

亡くなられた女性は かなり元気の良い女の子だったので 男子女子関係なく 気さくに喋りかけていましたから 彼女と親しかった級友は少なくなかったと思います。このブログでも報告しましたが 昨年の十月に 高校一年生の時のクラスの同窓会がありました。春に学年全体の同窓会はありましたが 一年生のクラスの友人たちとは 全然話が出来なかったので 参加者の三分の二が女性でしたから 殆ど初対面みたいな感じの集まりになりそうで 浮いてしまって誰にも相手にされないのではないかと言う不安を抱えながらも 思い切って参加してみました。結果としては お互いに爺さん婆さんになっているわけですから 昔を懐かしんで 隣近所に座った人たちとは とても楽しく話が出来ました。

但し 亡くなった彼女とは 高1の時も殆ど話したことがありませんでしたが 同窓会で集まった時も 参加者が二十人以上いましたし くじ引きで席決めをしたのですが 遠く離れていたみたいで 一言も話せませんでした。十月の同窓会で 話せなかったのは 勿論彼女だけではありませんが 参加者のみんなが 老け込み方には個人差がありましたが いずれも元気でシャキシャキしていましたから 五年後か十年後にまた開かれるであろう このクラスの同窓会の時に きっと再会できるであろうから その時までのお楽しみにしておこうと考えておりました。

同窓会の連絡係からの訃報メールには 亡くなった日時と お通夜 お葬式の場所や日程は書いてありましたが 亡くなられた原因などについては 触れられていませんでしたので 不慮の事故にでも遭われたのか 病死なのかも分りません。学年全体の同窓会の時には 還暦で集まったわけですが やはりクラスに一人や二人は亡くなった方がおられました。皆その事には あえて触れないでいたみたいでしたので 高3の時のクラスメイドで亡くなられた人にいったい何があったのか 見当がつきません。

しかしほんの数か月前にあった時には 高校生の頃と同じように とにかく元気で 皆と大きな声でお喋りしている姿を見かけていましたから 一体何があったのか気になります。事前に日程を知っていれば 金曜日がお通夜で 土曜日の昼から告別式だったみたいなので せめてお通夜にでも駆けつけられれば その辺りの事情を伺えたのかもしれませんが 今となっては遅すぎました。

私たちも もはや還暦を通り越した年齢ですから いつ何があっても不思議ではない年齢なのかもしれません。一つ目の大学時代の 集まりに参加しても 誰かしらが 既に亡くなっているという話を 耳にしないでもありませんから 何時そんな不幸が自分の身に降りかかってくるのかもしれません。私は日ごろの行いが 決してよくない方だと自覚しております。凄く太っているので かなり昔から 心臓病と糖尿病を患っております。

「一病息災」と言う言葉があります。勿論「無病息災」に越したことはありませんが 一つぐらい病気を抱えていると かえってその為に体を気遣うので 返って長生きするかもしれない と言った意味合いだと思いますが 私は致命的になりそうな病気を二つも抱え込んでおります。ですから今後いつ死んだって文句は言えない身の上だと自覚しておりますし この二つの病気は 所謂生活習慣病ですから 若い頃にふしだらで不摂生な生活を続けていた ツケを払わされているのだと考えております。

その為に 私はこのブログで何度も何度も書いております様に 老後の資金的なめどがたったら 一日も早く引退してのんびりしようと考えているわけです。人の未来なんて何が起こるのか分ったものではありませんが 確実なのは 何時か間違いなく死ぬ時を迎える事です。その時に あまり悔いが残っていないようであれば 相当に幸せな人生だったと思えるのだと思います。ああすればよかった とか こんなことをしたかった 等と言う邪念を幾つも浮かべながら 最後を迎えるのは 寂しい人生だったのかもしれません。

死は生まれてきた者に 全て平等に訪れるものですから 最後の瞬間をニッコリ笑いながら迎えられるようであったら とても幸福であったのでしょうから 出来たらそんな風になれるように 今更ながら 一日一日を大切に生きていこうと 友人の突然の訃報を受け取って改めて考えました。そして 久し振りに会える機会を得た友人とは 次にまた会えるなんて考えないで しっかりと話をしておこうと 今回の事を教訓にして 思いました。自分が思っている以上に年をとっているという事なのかもしれません。

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