7月11日 手術で悲しい事故がありました

数日前に始めて来院された猫ちゃんでした。胸から膿が出ている、ということで来院されました。傷口から黴菌が入って膿が溜まっているのかと思いましたが 違いました。乳腺にそこそこ大きな腫瘍ができていて 腫瘍自体が成熟してしまっていて排膿が始まった段階でした。

ここまで来ると手術で除去するか 死ぬまで続く排膿とお付き合いするかしかありません。年齢は十四歳とかなり高齢です。これまでほとんど病気やケガとは無縁で 飼い始めて 初めて動物病院に連れてこられたのだそうです。聴診器を当てた所心音はすごくきれいで若々しく力強いものでした。

年齢相応にくたびれた心音だったら 排膿を続ける腫瘍と上手に付き合う方法を説明するところですが 心臓の状態がすごくよかったので 血液検査をして肝機能、腎機能のチェックを勧めました。了解されたのですぐに採血して検査してみました。予想通りに肝機能、腎機能ともにほぼ正常値であり 手術するのに不安はかなり小さくなりました。

正直なところ十四歳という年齢はかなりの高齢であり 積極的に腫瘍を摘出する手術をお勧めは出来ませんが 肉体的にはすこぶる健康であり心臓、肝臓、腎臓という主要臓器が若々しいので手術に耐えられる可能性がかなり高いことを説明しました。手術さえ無事終われば 十日後に抜糸をすれば ダラダラとエンドレスで続く排膿に悩まされることはなくなります。

勿論若い年齢の猫に比べて手術によるリスクが高いことは否定できませんが 今後の事を考えると手術を選択する道も十分にあると思います と説明しました。この猫は家族には非常になついているが 家の外には絶対に出ないし お客さんが家に来たら隠れてしまって帰るまで姿を見せないぐらいに怖がりな性格あることを心配されていました。

どちらにしても飼い主さんが決定されることなので 三人の飼い主さんが相談されて方針を決定されることを待ちました。結局は手術をすることを選択されました。私としても90パーセント以上の確率で手術が成功すると思っていましたから 手術の日程を決めてその日は一旦お帰りいただきました。

予約された日に朝一番で 絶飲食のじょうたいでつれてこられたので 手術の承諾書を頂いてお預かりしました。お昼に病院を閉めてすぐに手術を始めました。導入麻酔の筋肉注射をして 意識が無くなったところで気管チューブを挿入しました。仰向けに四肢を紐で固定して術野の毛を刈り消毒をしました。手を洗い滅菌した手袋をはめて手術を始めました。術野を細かく観察したところ当初予想していたよりも腫瘍の広がりが大きいので その分大きく切開して除去して縫合するので 当初予定していたよりも時間がかかりそうに思いました。高齢であることや諸々の条件を総合的に考えて やはり手術をすることを決意しました。

腫瘍の手術は数日前に書きましたようにどうしても出血が多くなるので 気の重い手術ですが やると決意した以上は 出来るだけスムーズに終了させることだけを考えて 大胆にけれど丁寧に手術をすすめました。当初予想したよりも出血も少ないし 麻酔状態も安定していましたから 予想したよりも短時間で手術を終えることができました。

麻酔を切りあとは無事に覚醒してくれれば手術は成功です。普通は手術の後30分も過ぎれば麻酔から覚めて起き上がり歩き回るようになります。所がこの猫はいくら待っても麻酔状態から覚醒してくれません。声をかけたり体をゆすったりしても ほとんど意識を取り戻しません。

非常に怖がりな性格の猫と聞いていましたので 私たち知らない人間が声をかけても 余計に意識の扉を固く閉ざしているのかもしれません。そこで飼い主さんの自宅に電話をかけて事情を説明して病院に来てもらうことを考えました。所が何度電話をかけても全く連絡が取れません。電話の指示通りにファックスに事情を書いて送ってみましたがやはり何の反応もありませんでした。

夜中になると呼吸が停止しかけて 人工呼吸をして辛うじて呼吸を呼び覚ますような事態になってしまい 再び飼い主さん宅に電話を掛けましたが 連絡が取れません。朝方になって非常に衰弱してしまい早朝にも何度か電話を掛けましたが やはり連絡が取れません。朝の七時過ぎに何度目かの電話をしたところやっと連絡が付きました。事情をうかがうと 普段から携帯電話しか使用していないので 家の電話が鳴ってもほとんど無視しているのだそうです。あまりしつこくなるのでやっと受話器をとってくれたのだそうです。

事情を話してすぐに来院してもらいましたが 残念ながら間に合いませんでした。電話がつながった直後に呼吸が停止して 頑張って呼吸を呼び戻そうとしましたが 戻ってくれませんでした。

麻酔から覚めてくれなかった原因は残念ながら麻酔がこの猫にはうまく適合しなかったのだと思います。手術は極まれにこのような不幸な結果を招くことがあります。もともと高齢であり 手術をすることがいいのか悪いのか非常に微妙なケースではあったと思います。

私としてもこの猫がなまじっか元気であったために 今後が結構長いことを期待してしまい どちらかというと手術のメリットを強調してしまったのかもしれないと反省しました。ただ手術をせずに今後数年ダラダラと排膿する状態に対処していかなければならない猫ちゃん本人と飼い主さんの負担を考えると手術をお勧めしたことが決して間違いではなかったと思いたいです。但し今回のように飼い主さんと肝心な時に連絡が取れないカルテの作り方は考え直すべきだと思いました。

手術はいつでも死と隣り合わせの 非常に危険な状態での作業ですから 今後もより慎重に取り組み 今回のような残念な結果がなくなるように努力していきたいと考えます。

ブログ一覧