5月30日 1955年の本日 十八代目中村勘三郎さんが 誕生されました

私がこのブログのネタ元としている「今日は何の日カレンダー」では 中村勘九郎さんと表現されていました。私も 勘三郎さんを襲名されたことは 知ってはおりますが やっぱり勘九郎さん の時代が長かったし そのイメージは 勘九郎さんと言うお名前とともに くっきりと印象付けられておりますので 本日のブログでも勘九郎さんとお呼びしようと思います。

私は正直 歌舞伎と言うお芝居に全く興味がありません。従って歌舞伎役者さんについても 殆ど存じあげておりません。所が 勘九郎さんは 子供の頃 確か小学校六年生の時だったと思いますが その年のNHKの大河ドラマ「天と地と」で子ども時代の謙信をまだ中学生であったろう勘九郎さんが 非常に名演されましたので その時から 勘九郎さんのお名前とお顔をはっきりとクッキリと覚えてしまいました。はっきり言って 大人の謙信役であった 石坂浩二さんも一流の役者さんかもしれませんが 勘九郎さんの後を受け継ぐのには 子供ながら物足りなさを感じておりました。それ位勘九郎さんの演技が 光り輝いていたように思いました。

歌舞伎の名門 中村家に生まれて その後順調に役者として 成長されていかれたようです。歌舞伎役者の概念を打ち破られるような ご活躍のニュースを拝見する度に 歌舞伎には全く興味ない私ですが 密かな大ファンなので 拍手を惜しみませんでした。勘九郎さんの言葉で印象的なのは 「一旦昔からの方を 学んでキチンと身につけてから それを破るのが正しい型破りなのだ」と言うものです。私はそもそもの歌舞伎について全く知識がないので 勘九郎さんの歌舞伎役者らしくないご活躍が どの程度の型破りなのかも 正直よく分っておりませんが いい意味での革命児であったのは 間違いないお方だと思っております。

そんな歌舞伎界にとって いい意味でも 革新的な意味でも 今後の活躍を切望されていた 稀代の名役者さんが 57歳と言うあまりにも早い時期に 食道癌でお亡くなりになられて もう六年半ほどになります。歌舞伎について 全く予備知識がございませんので ピンぼけな発言かも知れませんが これからが円熟味の増した役者としての完成形に近づいて行かれる年齢だったのではないでしょうか。

私は 歌舞伎と言う高尚なお芝居とは 全く無縁な貧乏な家に育ちましたので 還暦を過ぎて未だ 歌舞伎と言うお芝居を鑑賞した事がございません。私は 結構クラシック音楽には 関わり合いが深い方だと思っておりますが オペラには 全く興味がございません。歌舞伎にしてもオペラにしても 予めそのストーリーや 登場人物について ある程度の知識が無ければ 楽しめないお芝居だと理解しております。私は 予習をしてからでないと楽しめない 芸術に対して 決してそれを否定する気持ちはございませんが 受け入れたくもありません。その為に この歳になるまで 歌舞伎もオペラも一度も縁のない生活をしてまいりました。

還暦を過ぎて 今更 新しい分野にチャレンジしたいとは 思いませんので 今後もこの二つのお芝居にアプローチすることはないと思いますけれど 勘九郎さんに対するあこがれは とても強いので 結構現代劇などともかかわりを持っておられたみたいですので そちら方面の映像を楽しんでみようかと考えております。

それにしても 落語界では 私が思う所の一番面白かった落語家さんである 桂枝雀さん 桂吉朝さんが あまりにも早くお亡くなりになられてしまいましたが 勘九郎さんも 私よりもお若い年齢で お亡くなりになられて お子さんや お孫さんが役者として活躍されることは 確信しておられたでしょうが まだまだ自分が直接 指導して育て上げたいと 考えておられたでしょうし 勿論ご自分自身がまだまだ役者としての伸び代を感じておられたでしょうから 何とも無念な最期であったろうと 想像致します。お誕生日に申し上げるのも 頓珍漢かもしれませんが 心よりご冥福をお祈りいたします。

 

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