6月2日 本日は「うらぎりの日」なのだそうです

本能寺の変があった日なので 本日を「うらぎりの日」と言うのだそうです。日本の歴史においてもいろんな裏切りがあったはずですが 本日をわざわざうらぎりの日と呼ぶのですから 明智光秀の織田信長に対する裏切りが 日本の歴史上最大の裏切りと言えるのかもしれません。織田信長と言う人物は その性格があまりに苛烈を極めたので苦手とする人もいらっしゃるかもしれませんが 日本史に登場する人物のうちで一番人気のある方のように思います。

日本の歴史上の人物で男性が憧れる人としては 聖徳太子、中臣鎌足、織田信長、坂本竜馬辺りに人気が集中するのではないでしょうか。中でも信長はずば抜けて人気があるのかもしれません。歴史の話をするときに「もし」「たら」は禁句のはずですが 信長が本能寺の変で命を落とさなかったら日本はその後どのような国になっていたのか と考えたことのない人の方が少ないのではないでしょうか。

私は困った時だけ神頼みをするけれども 普段は無神論者です。ですから信長の目に見えない神の存在をを否定した考え方には凄く共感します。比叡山を焼打ちにした事件も一般的には あまり評判がよろしくありませんが 仏像といえども ただの木であり石であるという解釈に異存はありません。宗教にもいろんな宗派があり その各々で実生活のあり方についてもいろいろな考え方があっていいのかもしれませんが 少なくとも比叡山の僧のように巨大な兵力を持ち その武力を背景に自分たちの考え方をゴリ押しするやり方や 寺の中に少なからぬ女性が存在したことや 獣肉や酒を僧侶なのに食いたい放題 飲みたい放題のものがいたことは 許しがたい事だと思います。

潔癖な性格の信長がそのような僧侶の存在を許せなかったのは 当然のように思います。全てを焼打ちにしたやり方が最善とは思いませんし 殺された僧侶の中には 厳しい修行を積んで 本当に徳のある素晴らしい人格者も少なからずいたのかもしれませんが そのような徳の高い僧侶の存在が かえって僧侶を尊敬し、その言葉を有難く感じさせる下地になったのなら 信長がそのような徳の高い僧侶こと許せなかった気持にも頷けるような気がします。

そんな苛烈な性格の信長をおのれの主人として選んで 勿論忸怩たる気持ちもあったでしょうが 自ら望んで光秀は信長の家来になったのです。信長も光秀の能力を非常に高く評価しましたから 流浪の身分であった光秀を能力相応に高く取り立てました。信長でなくて 家柄やこれまでの経歴を重んじる大名なら 謀反を起こせるほどの兵力も持ち合わせていなかったのかもしれません。

信長は上司としては非常に扱いの難しい存在であったのは間違いないのでしょうが 秀吉のように百姓の身分から成りあがって 見事に信長の後継者となった人物もいますから 光秀が謀反を起こさざるを得なかった気持もほんの少しは理解できないでもありませんが やはりそれまでに取り立ててもらった恩義を考えると 日本史上最大の裏切り者として評価されても致し方がないのかもしれません。

うらぎりなんて約束を破ったり 小さな嘘をついたりしたものも含めると 経験のない人はいないと思います。私の今後の人生においていろいろと裏切ったり裏切られたりするのでしょうが 少なくとも奥様に対しては絶対に裏切りたくないし 勿論裏切られたくもありません。奥様に裏切られなければ ほぼ間違いなく私は今後幸せな人生を送れると信じています。

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