6月15日 手術での危機一髪

今日は、生後7か月のすごく若くて元気な柴犬の避妊の手術の予約が入っていました。ここ最近、麻酔をかけた動物がどれも高齢者で、病気持ちで麻酔がまともにかけられるか かなり心配な子たちばかりでした。幸いなことに、どの子も無事に手術なり処置なりが 上手くできてほっとしていました。勿論、そのような動物を預かる場合は事前に慎重に肝機能や腎機能を検査をして、いざという時の十分な準備をして 更に飼い主さんにある程度の危険性の告知をしてから、麻酔をかけます。
 ところが本日の患者は若くて 当たり前ですがすごく元気だったので 事前にそのような検査は一切していませんでした。正直なところ、緊急事態になることを全く想定していませんでした。
 まず診察室で導入麻酔薬を静脈注射しました。ほんの数秒で意識がなくなり 患者を手術室に運び マスクを当ててガス麻酔を吸わせながら 血管留置針を挿入して、テープで固定しました。そんな作業をしている間に麻酔が安定してきたので、次に開口機を使って気管チューブを挿入しました。完全に脱力状態になって呼吸も安定していたので、四肢をひもで手術台に括って患者の体を固定しました。
 この後、腹部の毛をバリカンで刈って、手術する部分を清潔な状態に処置します。
いつもこの段階からは看護婦士さんに任せて 私は帽子をかぶりマスクをして手を洗い、手術着を着て 手術用の手袋をはめます。
 手袋をはめようとしていると看護士さんが緊急事態であることを知らせました。突然それまで安定していた呼吸が止まり、胸の触診から心臓の停止の可能性を示唆していました。私はあわてて聴診器で心音を確認しましたところ、確かに心停止していました。四肢を括っていたひもをほどいて心臓を圧迫しながらマッサージをしました。約30秒で心臓が動きだして、呼吸を再開してくれました。しかし、すぐに呼吸が再び停止したので呼吸促進剤を血管留置針から投与して、やっとしっかりした呼吸を再開してくれました。
 とりあえず、心停止の原因が予測できないので 本日の手術実施を半ば諦めて、とりあえず 留置針から採血して血液検査と失禁した時に採取した尿の検査をしました。尿には何の異常も見られませんでしたが、血液検査の結果、肝機能の数値が全て正常値の10倍前後でした。
 この肝機能の異常が、先天的なものなのか、一時的なものなのかと 本日の心停止との関わりについて 現在の段階では判断しかねると思いましたので 手術を完全に断念して、飼い主さんに電話をして、経過と検査の結果を口頭で簡単に説明して、手術を見送り、ひとまずは肝臓の治療をして、肝機能が正常に戻れば、再び手術を試みる、ということでご了解を頂きました。
 私たち獣医師は治療や処置のために種々の薬を用います。麻酔をかける処置も麻酔薬を投与することです。大部分の薬が 肝臓で代謝、分解されて、腎臓から尿とともに排泄されます。従って、手術で麻酔をかける場合には命に関わることが多いので 腎機能と肝機能のチェックの必要性を再認識しました。
 去勢や避妊の手術は基本的に健康体に実施するわけで 年間100件ぐらいは行いますから、手技としては慣れた作業の繰り返しで さほど緊張を伴うわけではありませんし、割と短時間で高額の料金を頂けるので、病院としては有難いことなのですが、常に死と隣り合わせな危険な作業であることを 今日改めて思い知らされたきがします。
 若くて健康な患者でも 予期せぬ異常を抱えている可能性があり 何時どのような状況になるか分からないことを今日の患者さんが教えてくれたので、今後の手術に臨むときの気持ちを引き締める良い切っ掛けにさせて頂こうと思いました。 

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