7月3日  1928年の本日 アメリカで初めてテレビが発売されたのだそうです

もう百年近くもの昔にアメリカでと言うのはもちろん世界で初めて と言う意味合いなのでしょうが テレビが一般向けに販売された日なのだと思います。私は恥ずかしながら テレビのない生活は相当に苦痛でした。子供の頃から 最初は勿論白黒テレビで 四隅が丸い画面の今考えればとても小さなテレビでしたが 生活の中でテレビはかなり重要な位置を占めていたように思います。

子供ですから 主にアニメーションを中心に見ていたように思いますが 人気のあるアニメを見ていなければ 学校での話題についていけない様であったと思います。あまり良い習慣ではないのでしょうが 晩御飯はいつもテレビを見ながら食べていたように思います。これまでにテレビのない生活は 岐阜大学に通っていた最初の数年間だけだったと思います。岐阜大学は私としては二つ目に入学した大学でしたので 親からの経済的な援助は一切受けないで 生活していましたから 入学時にはテレビを買う余裕がありませんでした。六年間の学生生活のうち 後半の三年間は 卒業する先輩から譲り受けたテレビを見て生活していました。

今のようにインターネットなどは一切存在していない時代ですから テレビがない生活は 外部の情報を得るために 必然的にラジオばかり聴いていました。岐阜は田舎なのでFM放送局も殆どなくて もっぱらAM放送ばかりを聴いていました。新聞を取る余裕もなかったので 図書館に通っては新聞を読んでいました。ラジオや新聞では 映像を伴わない情報ですから 色んな出来事を自分で勝手に想像しながら それはそれで結構楽しい生活だったのかもしれません。

でもやっぱりテレビを手に入れてしまうと 情けないけれども 直ぐにテレビ中心の生活に舞い戻りました。特に一人で暮していると 凄く静かなので 何かしらの音が映像を伴って流れるテレビは 寂しさを紛らわせてくれる とてもありがたい存在でした。一人暮らしは 塩野義に努めているサラリーマン時代に数年経験しましたが 経済的にはかなり恵まれていましたし それなりに友達もいましたから それほど寂しさを感じませんでした。岐阜大学に通っていた時代も 同じ学科に友人はいないこともありませんでしたが 年齢が十くらい違いましたから なかなか心から打ち解けられなくて 寂しい思いをしていました。

現在の様に薄型のテレビが登場してから もうかなりの年月が過ぎますから 若い人たちはブラウン管による凄く奥行きのあるテレビなんかもうご存知ないのかもしれません。今では大型のテレビのある家庭も珍しくありませんが 私が初めて大型のテレビを購入したのは日本でサッカーのワールドカップが開かれた時です。まだ現在のようなプラズマテレビなどの薄型タイプが発売される前の時代に プロジェクション型のテレビで70インチの大きさのものを購入しました。DVDの最新式のデッキやかなり大きめのスピーカーなどをおまけに付けてもらって 確か五十万円以上もかかったように思います。

十六畳ある三階の寝室に置きましたが 階段から搬入できなかったので クレーンで釣り上げて ベランダから運び入れました。画面の美しさは相当なものでしたし 立派なスピーカーから出る音の迫力も凄かったので 映画のDVDを買い集めては 熱中してみていました。その後大型テレビは寿命が来て何度か買い換えましたが 最初にあまり大きなタイプを購入してしまったので 画面の大きさ的には全然感動しませんでした。現在は三十畳ある二階のリビングに置いているテレビを見ていますが60インチなので若干物足りなさを感じています。

本来テレビなどと言う電化製品はなくても生活できるはずですし 本当のお金持のお宅には存在していないケースも多いと聞きます。まあ我々庶民は 庶民らしく低俗かもしれないテレビ番組をみて 喜ぶ生活をしていればよいのかもしれません。情けないけれども やっぱり私はテレビのない生活は出来そうにありません。お任せ録画で自動的にデッキのハードディスクに録画されていくテレビ番組を 見ては消す作業にいそしもうと思います。

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