Dr.喜作のブログ

  • 12月27日 高校ラグビー大会が 始まります

    今年は ラグビーワールドカップで 日本チームの予想をはるかに上回る活躍で 非常に盛り上がりましたから それなりに注目されているのかもしれませんが 私は毎年年末年始に繰り広げられます熱戦を とても楽しみにしております大会です。私が中高生のころには 主催している毎日放送が 花園で行われるほとんどすべての試合を放送してくれていましたので 同時期に行われる高校サッカーと同時進行で テレビにくぎ付けになっておりました。今もケーブルテレビなどに 契約すれば 殆ど全試合テレビ観戦ができるようですが 地上波テレビや BS放送も含めて 一般のテレビ放送では 恐らく決勝戦位しか放送されないみたいで とても残念です。
    今年位ラグビー熱が盛り上がっているのですから 流行語大賞でもラグビーにまつわる言葉が 大賞に選ばれたぐらいですから 一回戦から放送しても 結構視聴率は稼げるのではないでしょうか。ラグビーは サッカーに比べて ルールがいくらか複雑です。サッカーに比べて 反則によって試合の進行がストップする回数が多いので 見慣れていない人には 最初は馴染みにくいのかもしれません。基本的のボールを前進させることを目指しているのに 前方向にパスを出すことが反則だなんて ラグビー観戦に慣れておられない方からしたら すごく不思議なルールがあるように思われるかもしれません。もっと頻繁にラグビーの試合が放送されれば 徐々に見る方が最初は感じられるかもしれない違和感から 解放されるように思います。
    ですから 一時的にワールドカップで盛り上がったラグビー熱が 冷めてしまわないうちに 幾らかでもラグビーファンが定着してくれるためには 若くて純粋な高校生が ひたむきにラグビーに取り組んでいる姿を 放送することは ラグビー熱を一時的なもので終わらせないためには 凄く必要なことだと思います。前回のワールドカップで 日本が今回優勝した南アフリカに 歴史的な勝利を挙げて 大ニュースになりました。とは言っても今回のワールドカップの盛り上がりとは比較にもならないぐらいの小さな盛り上がりでした。それでも高校生のラグビー部員数は 減少の一途をたどっていたのが その翌年だけ部員数が増加したのだそうです。
    高校ラグビーが盛り上がれば その卒業生が進学しての大学ラグビーが盛り上がり その卒業生が就職しての社会人ラグビー トップリーグが盛り上がり 全日本チームの対外試合が盛り上がるはずです。ですから 高校ラグビーを盛り上げることが 全日本チームの強化と盛り上がりにもつながると思いますので 是非高校ラグビー大会の地上波テレビでの 放送を増やしてもらいたいと思います。

  • 12月25日 来年の乃木坂のカレンダーが届きました

    十一月に注文して 代金を支払ったきり忘れていましたが 今年は何とか年内に 届きました。昨年は どのような不手際があったのかまでは 知りませんけれど 私の手元に届いたのが 年が明けてから つまり今年になってそこそこの日数だ過ぎてからの事でした。注文したのは 壁掛け型の 大きな紙 それもかなり分厚い上等の紙に乃木坂のメンバーが一人から三人が毎月一枚に写っているカレンダーと 卓上型の個人のカレンダーです。個人の卓上用のカレンダーは 勿論私が乃木坂のファンになってから ずっと一押しのメンバー 高山一実さんを選びました。カズミンは 乃木坂のメンバーの中にいると それ程可愛らしさが秀でているわけではありませんし 美しさでも彼女に勝っていると思うメンバーは少なからずいます。でも彼女の普段の言動から見て 本当にやさしくて思いやりにあふれた女の子だと思ってしまいますので ずっと一押しを続けております。
    壁掛け型のカレンダーは 乃木坂も四期生が加わり 所帯が大きくなってきましたので グループのメンバーを半分に分けて一月から十二月までに適当に割り振っての構成がなされています。勿論私は 一押しのカズミンが入っているグループの方を選択しました。早速巻いた状態で届いたカレンダーを広げてみました。一月を一人で飾っている女の子が 名前も顔も分かりません。私は 長いこと乃木坂の熱心なファンを続けておりますが もう五年以上になりますし ナーちゃんやマイマイ といった特にお気に入りの子が卒業してしまいましたので さすがに飽きてきたのかもしれません。三期生は 特に個性的で可愛らしい子が多かったからか 特に覚えようと努力などしなくても 割と速やかに顔と名前が一致するようになりました。
    所が 四期生になると 十一人それぞれが いかにも乃木坂らしい 大人しくて控えめでありながら 凄く清楚で可愛らしい女の子であるのは 間違いがないのですが みんな同じに見えてしまって 区別がつかなくて 名前も顔も全然覚えられない状態なのです。慌ててネットで 四期生の顔と名前 簡単なプロフィールなどをチェックしたのですが 一月に登場した子がよく分かりません。多分田村真佑ちゃんか柴田柚菜ちゃんのどちらかだと思いますが 正直な所自信がありません。ひょっとしたら別のメンバーなのかもしれませんが 区別がつかないのは どうしょうもございません。もう一人 四期生が単独で写っていますが この子は 多分遠藤さくらちゃんだと思います。この子は 最新のシングルで センターに抜擢された子なので ほぼ間違いないと思います。一月分の子は 四期生で人気ナンバーワンなのが 田村さんなのだそうですから 田村さんである可能性が強いのかもしれません。
    私も 還暦を過ぎて 相変わらずアイドル好きを頑張っておりますが 同年代の人と話すときには 全く興味を持ってもらえなくて イライラすることが多かったのですが 乃木坂四期生の顔と名前が一致しないようでは そろそろ乃木坂ファンを 卒業すべき時期が来ているのかもしれません。まあ一押しのカズミンが 遅かれ早かれ卒業するでしょうから その時が私が乃木坂ときっぱり縁を切るタイミングだと考えております。四期生の子たちを何度も何度も覚えようとして 写真とプロフィールを見直したのですが 遠藤さくらちゃんと筒井あやめちゃん以外は 覚えられませんでしたから 既に乃木坂の方から縁切り状を突きつけられているのかもしれません。筒井あやめちゃんが 四期生の中では一押しですが 還暦を過ぎたジジイが 十四歳 中二の女の子を好きだと言っている時点で 間違いなく変態だという気がします。
    カズミンは 卒業してからも 芸能活動を続けるのでしょうから 応援を続けるつもりですが まあそこそこの年齢に達していますから いい人を見つけて 結婚してくれても嬉しいように思います。衛藤美彩が プロ野球の全日本チームに選抜されるぐらいの選手と結婚して 幸せになっているのでしょうから 大好きなカズミンも 早く幸せなゴールインを迎えてくれても ファンとしては 心から拍手ができると思います。以前は このブログでも かなり頻繁に乃木坂に関連する内容を 恥ずかしげもなくダラダラと書いておりましたが ͡このところめっきり乃木坂ネタがなくなっておりますのは 正直私の関心事が アイドルよりも俳句に向いているからだと思います。まあ俳句作りというのは かなり集中力も求められますから ボケ防止にも有効かもしれませんし 年相応の趣味だと思いますので 当分はこちらの方面で頑張っていこうと思っておりますのでよろしくお願い致します。

  • 12月24日 久しぶりに交野の実家で父と対面しました

    ここの所 数年前に父親と大喧嘩をして以来 ずっと疎遠になっておりましたので 凄く久しぶりに交野にある実家に帰り父と向かい合って割と大事な話をしました。私も父も 相当に意地っ張りな性格なので 一旦啖呵を切って 喧嘩別れしたとなると 互いに歩み寄って仲直りをすることができないままに 数年が経過してしまいました。その間に 母の十何回目だったかの命日に 一族が集まる機会に 父から招集する知らせがありましたので その日は礼服を着用して 参加しました。特にどうという事はなく世間話をしながら 参加して ごく普通に父とも接して別れましたので その日は何も起こらずじまいでした。
    所が父が今年92歳 年が明ければすぐに誕生日が来て93歳になりますので 今の所物忘れがひどいのは 当たり前ですが 特に認知症の兆候は感じられないぐらいに ちゃんと話ができますが 何時ボケるかもしれないし 命にかかわるような事件が発生しても不思議ではない状態なので 父が現金を預けている銀行の担当者が 心配して このような状況の預金者に対応する商品があるので そのためには 預金者と何かあった時にその財産を相続する者に その必要性を説明して 出来たらその商品の手続きをしたいという事で 私と父の仲を取り持ってくれて 本日の対面の場が設定されました。
    現在の法律によると 父が亡くなった場合は 直ぐにすべての預金が凍結されてしまって 遺族であっても 勝手に預金の引き出しができなくなります。まあそれは残った遺族が勝手に遺産を私物化しないために きちんとした手続きを踏まねば 預金を解約して出金することができなくなるのは 必要なことのようにも思います。ただ現在では 法律がより厳しくなり 例え亡くなっていなくても 本人が医者により認知症と診断されてしまうと 死亡した場合と同様に 預金を引き出せなくなってしまうのだそうです。
    死亡する直前には 高度医療による治療を受けた場合 当然多額の治療費が発生するでしょうし もし亡くなったとなると葬式などにも費用が必要となりますので 予め本人が認知症と診断されても 指定された相続人が それなりの手続きをしておけば 一定の金額までは自由に預金を引き出せるような商品があるので その商品の契約をしないか という銀行からのお誘いのための 本日の集まりでした。私は 当初説明を受けた時には 悪い話ではないような印象を持っておりましたが 本日 詳しくその商品について説明を受けて 気持ちが変わりました。
    この商品の手続きは この銀行に預けてある父の預金のうちの一千万円を その枠に移すのだそうですが その手数料として 一千万円当たり 何と十一万円も手数料が発生するのだそうです。銀行のする作業としては 書類を数枚記入するだけのことだと思いますが どうしてそのような簡単な作業をするだけで 手数料を十一万円も支払わなければならないのでしょうか。因みに この銀行に一千万円を定期預金として一年間預けていた場合に 発生する利息は たったの 二百円なのです。一千万円 というそこそこの金額を預けていて支払われる利息がたったの二百円である銀行に ほんのに三分で済むであろう 手続きをしてもらって 一年間につく利息の実に五百倍以上もの手数料を 要求されたのです。
    勿論私も 一応銀行の手を煩わせて 手続きをするのだから なにがしかの手数料が発生するであろうとは思っていましたが 一年につく利息の五百倍以上もの金額を請求されると知って 瞬時にこの商品に手を出すのは 止めておこうと決心しました。まあ本日の集まりをセッティングしてくれた 銀行さんのおかげで 父と直接対面して話ができましたので その場ですぐにこの商品の契約をしないことを伝えるのは申し訳ないので 後日までどうするか考えるという事で その場はお茶を濁しました。
    銀行さんが帰った後 父が近所の役所に用事があるという事でしたので 車で送迎をしてあげました。帰りに 昼食がまだだったので 通り道にある王将に立ち寄り昼ご飯を食べました。以前なら 餃子をつまみながらおいしそうにビールを飲んでいましたが ここの所お酒とは縁の切れた生活なのだそうで 冷水を飲みながらの食事でした。餃子にチャーハン 皿うどんなどを分け合って食べました。食欲も以前と比べて 落ちていますし 何よりも好きなビールをいくら進めても飲もうとしなかったのが 心配ですが もうすぐ93歳の年齢としては 致し方のないことでしょう。
    家まで送って 分かれましたが まだまだ元気だと思っていた父親が 想像以上に弱っていましたので 今後は 意地を張らずに 連絡をこまめにとって 出来る範囲で面倒を見ていこうと思いました。こまめに連絡を取っていれば 今回の銀行に勧められたような 手数料をぼったくられるだけの商品に手を出さなくても済むように思います。食事中に父の気持ちを確認しましたが やはり私と同様に 一年間に発生する利息と 今回の商品の手数料のアンバランスに 納得がいっていなかったので 今後こまめに連絡を取ることで 対応していこうという事になりました。
    銀行にしてみれば 口先三寸で ほんの二三分で済む手続きで 十万円以上の手数料を稼ごうと意図しての 働きかけだったのでしょうが 私と父の関係修復には 役立ちましたが 銀行さんを楽して儲けさせる結末にはなりませんでした。まあ本日の久しぶりの父との対面をセッティングしていただいたことには 大いに感謝したいと思います。本当にどうもありがとうございました。

  • 12月23日 昨年までは 天皇誕生日で祝日でしたが 時代が変わりましたから平日です

    時代の移り変わりを 体験したのは 二度目の事です。三十数年前に 昭和天皇がお亡くなりになられて 上皇となられた平成天皇が即位されました。その時には 昭和天皇がなくなられたことは 悲しくて残念なことなのに 平成天皇が即位されたことはお目出度いことである という不思議な状況に 正直戸惑ってしまったのを覚えています。当たり前かもしれませんが 昭和という生まれて以来ずっと続いていた元号が平成に代替わりしたこと実感するたびに 戸惑っていたことをつい先日の事のように よく覚えています。
    所が 今年の五月に 天皇陛下が生前退位という 昔ならごく当たり前だったのに この百年以上はあり得なかったことが起こりましたので 国民は皆 戸惑いながらも お目出度いことと喜んでいたように思います。平成天皇陛下には 心から お疲れさまでした。残りの人生を 勿論一般人のように何でもできるお立場ではございませんが 少なくとも国民の象徴という立場からは 解放されたのですから のんびりとして 気楽でありかつ有意義な老後を過ごしていただけたら 国民として嬉しく思います。
    結局今年は 天皇誕生日が祝日としては存在しなかったのだそうですが 即位の儀式のための臨時的な祝日などがありましたので 例年よりも祝日が多かったのだそうです。調べてみると 今上天皇のお誕生日は 二月の二十三日なのだそうで 来年のその日はいきなり日曜日にあたるので翌二十四日が振り替え休日になるのみたいで連休になるらしいです。小中学生やサラリーマンにしてみれば 連休は有難いのかもしれませんが あまり行楽には向いていない時期かもしれませんから それ程うれしくもない時期にあたっているのかもしれません。ただ文句を言えば 罰当たりになりますので わざわざ口に出す人はいないのでしょう。
    病院で発行する証明書や 伝票の類の年号は すべて西暦で記入するように統一しましたので 令和という元号を用いたことは ありません。すべて2019年もしくは’19年と記入しております。令和で書く場合 今年は特に令和元年とすべて漢字になり 画数も多いし 堅苦しい雰囲気になりますので あえて使用しないようにしました。現在は 銀行などの書類に年数を記入する所も どちらでも可能な場合が多いように思いますので 極力西暦で記入するようにしていましたので 元号が改まってから 「令和」という新元号を用いたことは 数える位にわずかしかなかったように思います。
    ですから 今年の漢字として「令和」の「令」が選ばれたのは 余りピンときません。まあ他に思い当たるような漢字も特には浮かんできませんから しょうがないのかもしれませんが 台風による被害が関東地方を中心にすごく大きかった年ですから 台風の「台」の字辺りでもよかったのかもしれないようには 思います。関西に住んでいると 数か月前の出来事ですから 既に過ぎ去ったこととして ほとんど忘れ去られていますが 現在もその被害に苦しんでおられる方々がたくさんおられるみたいなので 心配しております。私は大好きなカズミンが 南房総市の出身なので どうしても心配してしまうのですが 一日も早い復興を心よりお祈りしております。
    本日は 別に上皇陛下と立場が変わられたとはいえ お目出度い日ですから 祝日にすればいいのではないかとも思いますが 上皇陛下の 影響力が強まることを懸念されて あえて平日に戻されたのだそうです。昔「院政」と呼ばれる 上皇陛下が実質的な政治を行っていた時代がありましたので そのような政治形態になってしまうことを 懸念したのかもしれませんが 現在の天皇陛下と上皇陛下のご関係は睦まじくて 円滑なる代替わりが進行しましたから そんなつまらない心配をするよりも 上皇陛下への敬意を素直に表現するなら 本日も祝日として残した方が よかったように思いますが あまりこんなことまで考えている人はいないのでしょう。
    私ももう少ししたら 仕事を引退して のんびりと優雅な老後を過ごすつもりですので 子供のころから 常に注目されて 重い責任を背負わされての人生だったでしょうから 代替わりをされて 幾らかでも気楽な立場となられた上皇陛下が 有意義で楽しい日々を送って行かれることを 心から お祈りいたします。

  • 12月22日 忘年会について思う事

    私は ほんのの三年ほどではありましたが 製薬会社で営業職のサラリーマンをしておりましたので 大学病院の医局単位での忘年会や 医者たちの少数グループの忘年会の企画を頼まれたり スポンサーになったりして 苦労しました。私はお酒が当時も勿論苦手でしたが 接待する側としては お付き合いしないわけにもいきませんから 猶更つらい時間外のお仕事でした。忘年会は勿論務めている会社内でも企画されますし 新入社員としては 理由をつけてさぼることなど許されることのない時代でしたから 当然参加しておりました。飲めないことは 予め断っておきましたので 乾杯だけはビールを口にしましたが その後はウーロン茶でお付き合いをしておりました。
    医者相手の 接待のための飲み会は もちろん大事な仕事と位置付けられておりましたから それなりの覚悟をして臨みましたので それ程しんどくはありませんでした。ただ医者という生き物は 大学の医局にいれば 入局した年次により 明確な上下関係はありますが 仕事で接する患者に対しては 基本的に踏ん反り返っている人たちですから 普段からお付き合いをするのに相当苦労しておりましたが それが飲み会の席になると 更にその我儘ぶりがヒートアップしますから 本当に大変でした。
    まあ医者相手の飲み会の領収書を上司に提出すると 私が酒を飲めないこと知っててくれているからか 「頑張ったな」と一言褒めてもらえることが 唯一の救いだったように覚えています。会社内の忘年会は 私のような下っ端社員が お酌をして回らなければならないし お酒や料理の追加注文も気を遣わねばなりませんから 医者相手の接待と 同様にしんどい思いをしますので 苦痛でしかありませんでしたが 当時は下っ端が雑用を引き受けるのが当たり前だし その面倒さを嫌って 欠席したりすると ねちっこい嫌味を言われたりしますから 迂闊にはさぼれませんでした。
    まあ 楽しくはないけれど そんな場でも嫌な顔をしないで 頑張っておけば 先輩に可愛がってもらえたし 仕事でミスをしても 上手くカバーしてもらえたりしましたから 忘年会での下働きも仕事のうちと考えて せっせと頑張っておりました。現在では 忘年会に熱心に参加を促すだけでもパワハラになってしまうのだそうで 住みにくい世界になっているように思います。会社内の忘年会なんて 勿論下っ端のうちは 楽しいことなんて何にもないはずですが 全く興味の湧かない先輩の愚痴を熱心に聞いたり 先輩のグラスが空になりそうになったら 予め好きなお酒の注文を入れておいたりして ご機嫌を取るのも 仕事をスムーズにいかせるための 大切なお仕事だと考えておりましたから 自分が酒の全然飲めないことは勿体ないことをしましたが 自分のためになることだと割り切って 参加しておりました。
    今どきの若者は 彼女や友人との約束を優先して 平気で社内の忘年会を欠席するのが当たり前なのかもしれませんが 頑張って 楽しくないし気を遣うばかりではありますが その後の社内での円滑な人間関係を作るためと 割り切って 参加してみたほうがいいように思いますが こんなことを言うと 話の分からない頑固ジジイと言われてしまうだけで終わるのでしょうから 止めておきましょう。
    私はこの歳になっても お酒のおいしさを知りません。お酒の好きな人から言わせれば 人生の何割か損をしている などとよく言われてしまいますが お酒を飲んでハッピーになっておられる方々を見ると 確かにその通りかもしれないと思います。サラリーマンをしているときには 接待のために 割と頻繁にお酒を口にする日々が続きましたが 幾らかでもお酒が好きになるかと期待しましたが 全然効果はありませんでした。ほぼ間違いなく 私は死ぬまでお酒のおいしさを理解できないまま 人生を終えるのだと思います。お酒が駄目な分 甘いものは好きですが 糖尿病を患っておりますので 普段からなるべく甘いものも控えねばなりません。楽しみの少ない人生かもしれませんが 自分の体質とうまく付き合っていくしかないのでしょう。
    私の父は 今年92歳で 足腰は弱ってきておりますが 頭はしゃんとしていて全然ぼけてはおりません。趣味は 油絵を描くことで 唯一の楽しみは お酒を嗜むことでした。ところが さすがに90歳を超えてからは お酒が美味しく感じなくなってきて 最近は全然飲んでいないのだそうです。私としては お酒が美味しく飲めているうちは 心配ないように思っておりましたが ここ一二年飲めなくなっているので もうそろそろかと 覚悟をしております。先日話した時に申していたのは 最近では 朝食代わりに 餅を焼いて レトルトの善哉を温めて食べるのが美味しいのだそうです。お酒を飲んでいたころには 一切甘いものを口にしなかった父が 甘いものを好むようになったのを 不思議に思いながら 人間何かしら楽しみを見つけるものだと思いました。これまで中元や歳暮には ビールや焼酎ばかりを送っておりましたが これからは和菓子屋さんを回って 簡単に食べられる美味しい善哉を送ってみようと思いました。

  • 12月21日 本日は 冬至なのだそうです

    物理的な意味合いとしては 一年のうちで一番昼間が短い日なのだそうです。まあ感覚的に夏は日が長くて 冬は日が短いものです。明日からは徐々に日が長くなってくれるのでしょうから 私としては有難いような気持ちになります。冬至の習慣としては 母が割とその時期の習慣には 積極的みたいでしたので 子供のころの思い出としては お風呂にゆずが丸ごと幾つか浮かんでいて 所謂ゆず湯に入浴していました。良い香りがして 嬉しかったので よく覚えております。それからカボチャの煮物も多分版ご飯のおかずとして 登場していただろうと思います。私はジャガイモの煮物は 肉がほとんど入っていなくても 大好物でしたが かぼちゃの煮物は 甘いのであまり好みに合いませんでしたので はっきりとは覚えていません。かぼちゃの煮物は 冬至の日だけではなくて 冬場の晩御飯のおかずとして 度々登場していたから 特に印象に残っていないのかもしれません。
    現在も ゆず湯や かぼちゃ料理を冬至に食べる習慣は残っているのでしょうか。クリスマスの鶏肉料理や お正月の御節料理は スーパーでさんざん売り出されていますからいまだにくっきりとその存在感をアピールしていますが 本日 スーパーをのぞいてみても ゆず湯用のゆずや かぼちゃの特売はなされていなかったみたいなので そもそも本日が冬至である事すらあまり認識されていないみたいですから その日に因んだ 習慣そのものの存在感がなくなってしまっているのでしょうか。こんなことを書くと 昔の風習から抜け出せない頑固ジジイが 何をほざいているのかと 笑われそうですが 古来から続く日本の習慣は 大切に踏襲されていくべきものだと思います。
    今では 国民の祝日も ハッピーマンデー法なんていうくだらない法律のために 本来その祝日のいわれとなった故事が 全く疎かにされてしまっていますが やっぱりその祝日がどうして祝日と指定されたのかには 大切な意味合いがあるのですから その意味合いを大切にするためにも 国民がその意味を多少なりとも かみしめて過ごすためにも 本来の祝日のあった日に祝日を戻すべきだと 私は思います。本当に 何にも考えていない役所の愚かな役人が言い出して始まった法律だと思いますから 一刻も早く廃止されてほしいものです。
    そういえば 一昨年位にスタートしたプレミアムフライデーとかいう制度は どこへ行ってしまったのでしょうか。政府にというかアベチャンに尻尾を振りたがる一部のマスコミでは 定着している企業を見つけ出してきて このようにこの政府が言い出した習慣は根付いています 的な報道をしていますが 現実には そんな言葉既に全く耳にしなくなっています。私がこの月末の金曜日はいつもより早く仕事を終えて 有意義な週末を過ごしましょうなんて言うくだらない習慣の言い出しっぺである役所に とあるマスコミが中継車を出して ライブ放送していましたが その言い出しっぺである役所が 初めてのプレミアムフライデーに 全く対応していないことを あざけるような報道をしていましたので 非常に好感を持ちましたし 凄くそのことだけが印象に残っているぐらいのつまらない習慣です。こんな役人が いかにもこんな仕事をしました 的な結果だけを求めての国民への提案が 全く定着しないで消え去っていくことは むしろ私には好ましく思えます。でも 冬至のゆず湯とかぼちゃ料理の習慣は 無くならないでほしいと願います。

  • 12月20日 結石による尿閉の猫の処置を 二ひき続けてやりました

    寒い季節になると 尿に結石ができやすくなるのか 尿結石によるおしっこ詰まりは冬に多い病気です。これまでにも幾度となく 尿結石の処置をこなしてきましたが 一日に二例もやったのは 初めての経験でした。初めの子は これまでにも何度か尿結石による尿閉を経験している猫でした。この病気は ある程度体質的な要因がありますから 一度かかった子は 一旦完治しても 予防的に食事療法を継続しなければ 再発するケースが多いので これまでにも何度も食事療法を続けるようにお願いしているのですが 結局は続かなくて 今回も再発してしまいました。
    病院としては 食事療法を続けていただくよりも 再発して処置料を頂いた方が 効率よく儲かるので あまり熱心に食事療法の重要性を 飼い主さんに説明しない獣医師も結構いるみたいですが この病気は 再発を繰り返していると 結石の詰まった尿道にカテーテルを挿管する処置が難しくなっていきますから 最悪の場合 カテーテルが入らなくて 尿道の出口をお腹に引っ張り出して固定する手術をしなければならなくなるケースもあります。そんなことになってしまうと 猫本人の不自由さも大きいですが 飼い主さんの面倒を見る手間暇も 非常に大変なことになってしまいますから 出来るだけ再発を防ぐために 食事療法を継続していただくことがすごく大切だと 私は思います。今回も飼い主さんに 療法食の継続をお願いしましたが どうなるのかは 飼い主さんのお気持ち次第です。
    軽い麻酔をかけて 鎮静化してから 処置を始めましたが 今回が四回目の処置でしたので 尿道の壁が 本来はすべすべのはずなのですが これまでに結石が詰まったところを強引にカテーテルを通してできた傷がある分 デコボコがあるから詰まり易い状態なので 入り口から膀胱までに 五か所も結石が詰まっていましたので かなりの時間と労力を要しましたが 何とか辛うじて カテーテルを挿管できました。カテーテルから充満していた尿を輩出して 膀胱内を洗浄して カテーテルをおちんちんの包皮に縫合して留置しました。五日間ほど留置しておけば 何とか通常の排尿ができるようになるだろうと思います。あとは飼い主さんが 食事療法を継続してくれるかどうかで 予後が決まるだろうと思います。
    二匹目の猫は まだ二歳と若くて 初めての尿道結石の子でしたので カテーテルの挿管も割とスムーズにできましたし カテーテルを抜いても 自発的に排尿ができそうなので そのままカテーテルを留置しない状態で お返ししました。ただしこの子が再発を繰り返すのかどうかは 飼い主さんの意識次第だと思います。私としては 食事療法の必要性と 重要性を 丁寧にかつ熱心にお話ししたつもりですが 私の気持ちが上手く伝わったかどうかは やっぱり飼い主さん次第です。これまでの経験から申し上げると 食事療法を継続される飼い主さんは 約半数で 残念ながら継続してもらえなくて 再発を繰り返すことになる飼い主さんも半数位いらっしゃいます。
    本日処置した猫ちゃんたちの飼い主さんが 何とか食事療法の大切さを理解していただいて 継続していただけることを 心よりお祈りいたします。

  • 12月18日 スキー場に雪が殆どないのだそうです

    今年は 一応暖冬と言われているのだそうですが 私は今年の冬はほとんど毎日靴下を履いて生活していますし 外出するときに これまで使ったことがなかった手袋をはめておりますから かなり寒さのダメージを受けている生活のように感じております。まあこの時期に 靴下を履いて生活する事なんか 日本の常識かもしれませんから 私のこれまでの年がら年中裸足の生活の方が おかしかったのかもしれません。普通の服装での生活が始まっただけですから 特に気にすることはないのかもしれませんが 個人的には 年を取ったことを実感させられているみたいで 残念には感じております。
    まあ私の個人的な感想は どうでもいいことですけれど スキー場関連のお仕事をなさっている方にとっては 暖冬で雪がないことは 死活問題かもしれません。ある意味 自然の恵みに頼るお仕事と言えるのかもしれませんから 暖冬によって雪が積もらないのは 天に向かって 文句を言うようなものですから ぼやいてもしょうがないのかもしれませんが 各々生活が懸かっておられるのですから われわれの想像以上に大変な思いをされているのだと思います。確か今年は 夏も冷夏で海水浴場に閑古鳥が鳴いたのだそうですから こちらも自然の恩恵にあずかるお仕事は 大変だったのでしょう。
    一般人にとっては 夏がそれほど熱くなくて 冬の寒さも厳しくないのなら その分過ごしやすくてありがたいのかもしれませんが 私の感じる所としては やっぱり夏は凄く暑かったし 冬の寒さもそれなりの厳しさを味わっているつもりです。地球の温暖化が騒がれだしてから もう久しいのかもしれませんが その影響が出ているのなら 冬が暖冬であることは 納得がいきますが 夏が冷夏であったことは どう受け止めればいいのでしょうか。一概に今年の暖冬を地球温暖化の一端としてはとらえられないように思います。
    今年の夏 海水浴関連のお仕事をされていて 辛い思いをされた方々と 現在雪がなくて 途方に暮れておられるであろうスキー場関連のお仕事に携わっておられる方々に 心よりお見舞い申し上げます。ついでに思い出したようで 申し訳ございませんが 台風の被害を受けられて 現在も仮設住宅で暮らされて不自由をなさっておられる方々にも 心底お見舞い申し上げます。そして うちの病院は 患者さんがちらほら鹿お見えになっておりませんが 何とかつぶれずに経営できておりますので 五体満足で仕事ができる事に あらためて感謝しようと思います。
    年号が令和と改まった最初の年でしたが 世の中あまり明るいニュースが少なかったように思います。もうすぐ年が明けますが 今年の残りを精いっぱい努力して 何とか乗り切って 来年こそは いい年になりますよう みんなで頑張っていきましょう。

  • 12月17日 1924年の本日 師走の定番ベートーベンの「第九」が 初演されました

    ベートーベンの第九の日本での初演については 諸説あるみたいで もっと早い年度を記述されている場合もありますが まあ私にとっては この時期に合唱に長年携わってきた人間としては どうしても思い出してしまって また歌いたくなってしまうという気持ちを記したかっただけです。ベートーベンの九つの交響曲には 有名な曲 日本人にとってなじみの深い曲が多いように思います。私がクラシック音楽のうちで一番好きな曲といえば なんか当たり前すぎて笑われてしまうかもしれませんが このブログで何度も申し上げていると思いますが 五番の「運命」です。
    特に好きなメロディーは 第四楽章の冒頭に出てきます。最初の六つの音のつながりを耳にしただけで 真剣に聞き入っている場合 涙がこぼれてきます。この曲は 日本人にクラシック音楽といえば という質問をしたときに ひょっとしたら一番沢山の方がお答えになるぐらいの 有名な交響曲です。但し日本だけで 超有名な曲というわけではありません。昔 第二次世界大戦で日本の同盟国であり 同様に敗戦国となったドイツを代表するオーケストラ ベルリンフィルが 敗戦後戦勝国の許しを得て初めて開いた演奏会の メインプログラムが「運命」なのですから ドイツ人にとっても クラシック音楽の原点として存在しているのかもしれません。
    ベートーベンの交響曲では 他にも大好きな曲がいくつもあります。三番と六番と七番です。三番は「英雄」という表題がついていますが ナポレオンを讃える曲として作曲されましたが 完成後まもなくナポレオンが皇帝に即位し、その知らせに激怒したベートーベンは「奴も俗物に過ぎなかったか」とナポレオンへの献辞を破り捨てた、という逸話が有名です。まあナポレオンはどうでもいいとして 一番 二番は 古典的な交響曲の形式を踏襲していたような感じですが この曲から オーケストレーションも上達しているみたいですし 特にホルンによるメロディーが のびやかで素晴らしいように思います。
    六番は 「田園」という表題がついていますが 私が岐阜大学にいる頃 一時的に混ぜてもらった岐大のオーケストラが 演奏会のメイン曲として演奏しましたので 勿論入ったばかりの私は参加させてもらえませんでしたが 耳にタコができる位に繰り返し 木管パートを身近で聞いておりましたけれども 何度耳にしても飽きることがないくらいに素晴らしいメロディーの連続で 本当に魅力にあふれた交響曲だと思います。
    七番はドラマ「のだめカンタービレ」で 有名になったのかもしれませんが 技術的には ベートーベンの交響曲の中で一番難しいかもしれないのだそうです。私は ほんの少しだけ岐大オケに混ぜてもらって ファゴットをちょっぴりだけ触らせてもらった程度にしか オケに関わっておりませんので 技術的な大変さは よくわかりません。この曲は とにかく冒頭からのメロディーが 大好きです。私は どちらかというと交響曲の後半に登場する メロディーに魅了される場合が多いのですが この曲は 最初から大好きです。一番好きなのは 五番ですが 曲の出来栄えや構成については 七番の方が 優れているような気がします。乃木坂でいうと 一番好きなのはカズミンですが 可愛らしさではヨダッチ 美しさではマイヤンの方が勝っているように思うのと似ているのかもしれません。
    話を 第九に戻しますと 私はこれまでに十回ぐらい 合唱団の一員として ステージに立っているように思います。はっきり言って 「第九」は合唱曲としては 音域がかなり高いことと 歌詞の発音が慣れないうちは 難しいこと以外は それほど大変ではありませんので 歌うのにあまり苦労した覚えは ありませんし¥。曲の暗譜もまだ若い頃でしたので それほど大変な思いをせずに済みました。割と単調な歌なので 一度きちんと暗譜してしまうと 楽譜を見ながら集中的に歌い直せば 短時間で思い出すことができました。出来たら オーケストラの一員として この大曲に取り組めたら嬉しいのですが この年齢になっては 叶わぬ夢のようです。とにかく日本人は 年末になると 第九の演奏会にせっせと通う傾向にあるのは 昔も今もあまり変わらないのかもしれませんが クラシック音楽とどうしてもなじみの薄い国民性がありますから この曲だけでも 日本に根付いてほしいと思います。

  • 12月16日 一つ目の大学時代の 混声合唱団の女性二人とランチしました

    ここの所 六月ごろに 混声合唱団の平方在住のメンバーを中心に 土曜日の昼に集まって昼食会を開く事が 恒例になりつつあります。私が言い出しっぺなので かなり面倒なのですが 毎年集まりの幹事として頑張っております。そちらの方は 十人以上も集まっていただくのでかなり盛り上がっているように思います。ただその時に一人の女性が 秋ごろにもっと少数で 簡単に集まってランチをしようと言い出しました。私も参加したいので 集まるときには 必ず声をかけてほしいと伝えました。先日 秋に少人数でランチをしようと言い出した女性から メールが届いて 秋は忙しいので十二月の半ばにランチするのは如何でしょう という内容でした。年末になるとさすがに忙しくなるので 本日の昼から なら時間が取れるのでその旨返事を出しました。
    集まるのは その女性が宇治の近辺に住んでいるので 自分のご近所さんの女性を一人誘って 承諾をもらっているという事なので 三人で集まろうという計画でした。但し日にちだけは 彼女が決めてくれましたが いつの間にかお店と集合場所 集合時間などは 私に決めてくれと 頼まれてしまいました。結局この少人数の集まりも 私がセッティングする幹事役を引き受けてしまいました。昼なので 予算は2000円位と 言われていましたので 困りました。私としては 女性二人と食事するのですから 当然私がごちそうするつもりで もう少し予算を高めに考えて ゆっくり話ができるように個室のあるお店を 想定していました。
    所が 計画が煮詰まっていくにしたがって 妙な借りを作りたくないので お会計は割り勘にしてくれ 予算は2000円位に設定してくれと 注文がついてしまったので どのお店にしようかと 一から考え直さなければならなくなってしまいました。そこで思いついたのが イタリア料理のチェーン店「ルイジアナママ」でした。個々のランチなら 大体千数百円のランチセットがいくつもあり デザートを付けるとちょうど二千円位に収まりそうなので 予算的にちょうどいいように思いました。但し 駅から遠く離れているので 私のオンボロ往診車で駅まで送迎しなければなりません。普段トリミングの犬たちを沢山のせて運んでいますので 車内がかなり毛だらけなので 丁寧に掃除をしなければなりませんが 何かないとずぼらな私が掃除をしないので いい機会だと前向きに考えました。そして本日の午前中に ボディに付着した泥などを 洗い落としたり 窓ガラスをクリーナーで磨いたり 床に掃除機をかけたりして せっせと掃除をしました。
    午前中の診察が無事二十二時過ぎに終わりましたので 待ち合わせの樟葉駅のロータリーに向かいました。何とか約束の時間ギリギリに モスバーガーの前という指定した場所に 辿り着きました。ちなみに 私の奥様も参加してもらいました。私としては とにかく楽しい時間を過ごすのに 奥様は必要不可欠な存在だし 奥様は昨年の六月の集まりの時に参加していましたので 二人と面識がありましたから 二人とも奥様の参加を快く受け入れてくれました。正直に申し上げると 奥様がいないと 駅までの道や お店までの道筋に 不安があるから同行してもらわないと 道に迷ったりして 惨めな醜態をさらしてしまいそうになる不安があったから誘ったのもありました。
    このお店は 昼間は忙しいので 予約を受けてくれないのですが 事前にお願いしておくと 順番待ちのボードに 早めに名前を書いておいてくれて それ程待たずに済むよう配慮してくれるので有難いのです。一応余裕をもって 一時頃に着く予定だと告げておりましたが 十分以上早くついてしまったがために 若干入り口の所のイスに座って待ちました。勿論そこでも 互いの近況報告などをおしゃべりしていましたので 全然退屈しませんでしたし ものの五分ぐらいで 席が空いたので 案内されました。チーズフォンデューとハンバーグのランチを注文しました。スパゲティとピザが一つずつ付くので 彼女たちに選んでもらいました。
    私たちは 午後も仕事がありますので お酒は飲めませんが 彼女たちはそこそこ酒豪コンピでしたから 取り敢えずグラスワインを注文されました。私はウーロン茶 奥様はオレンジジュースのグラスをもって ワインがテーブルに届いてから 乾杯してにぎやかな食事が始まりました。
    二人の女性のうち 一人は 私と何と同じ出身高校 四条畷高校でも同窓生でした。まあ同じクラスになったことがなかったので 寝屋川出身の彼女とは全く面識がありませんでしたが 練習終わりの帰り道は いつも同じ京阪電車に乗って 帰るので 直ぐに親しくなり 色んなことを喋るようになりました。最近でこそ ちょこちょこランチのお誘いにも 気軽に参加してくれますが 以前は 何故か頑なに合唱団のメンバーの集まりに顔を出してくれないので心配しておりました。その辺りを食事の途中で 私が話すと その頃は ご主人との仲が かなり険悪になっていて 離婚することも考えたぐらいに 家庭崩壊のピンチだったようなことを 話してくれました。それに娘さんが 大きな病気を抱えてしまい そちらへの対応にも 精一杯で とても学生時代の友人と 楽しいひと時を過ごすための 時間的にも 精神的にも余裕がなかったのだそうです。自分の家庭の事情の 裏の部分を 正直に話してくれましたので 嬉しかったし 現在は 何とかその二つのピンチを上手く乗り越えられたらしい と聞いて ホッとしました。
    もう一人の女性は 富山出身で 大学を卒業してすぐに 実家に戻り近所の高校の社会の先生をしていました。私が 卒業して 塩野義製薬に就職して 一年目は金沢で働いておりましたが 三年目から富山に勤務地が変わりましたが 勿論私は富山に知り合いが全然いませんでしたので 彼女と結構頻繁に連絡を取るようになりました。最初のころは 特に寂しさを感じておりましたので 彼女の実家にちょくちょくお邪魔させてもらいました。料理は得意でしたから 結構自炊をしておりましたが いわゆるおふくろの味 一般的な家庭料理に飢えておりましたので 晩御飯を期待して 仕事終わりに度々通ってしまいました。ご両親とも何故か話が弾んでしまって 事あるごとに お誘い頂けたりしておりましたので 遠慮なくお邪魔してお世話になっておりました。現在彼女は 娘の嫁ぎ先が京都にあり その子供たち つまり孫の面倒を見るために 京都で暮らしているのだそうです。ご主人は まだ栃木県にお住まいでお仕事を頑張っておられるみたいですが 私としては孫は可愛いかもしれませんが もっとご主人を大切にして 面倒を見てあげてほしいように思っております。
    そんな彼女たちと 全く連絡を取れていない時期もそこそこありましたが 現在もなんとか 仲良くさせてもらっていますので とても嬉しいです。食事は 結構ボリュームがありましたので みんなおなか一杯になったあたりで三時半を回りましたので お開きにすることにしました。私は 現在の最大関心事である 移住先の話を中心にしましたが 彼女たちは どちらかというと老後は便利な都会で生活したい派でしたので 私の話す田舎暮らしの楽しさをなかなか理解してくれなくて もどかしかったけれど いずれ移住してから 大分県まで遊びに来てくれたら その良さを理解してもらえるのではないかと 思いました。とても楽しかったし この人数だとみんなと満遍なく そして心置きなくおしゃべりできましたので またいつかこのメンバーで集まりたいと思いました。とても楽しくて充実した一日でした。めでたしめでたし。